小説『考えろよ。・第2部[頭隠して他丸出し編](完結)』
作者:回収屋()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

[作戦開始と元同僚達]

<室長、配置につきました>
 杜若室長のインカムから部隊長の声が聞こえる。
「中の様子は確認できるか?」
<……ええ、はい……一応>
「ん? どうかしたか?」
<現在、南からリビングの中を双眼鏡で見ていますが……>
「で、何だ? 何が見えるんだ?」
<あぁ〜〜……えぇ〜〜……ゴスロリが一人立っています>
「――はあ?」
<つ、つまりですね……ゴスロリ姿の少女が傘を差してですね、スキップしています>
 部隊長の声がうわずっている。
「第二班、中の様子を確認できるか?」
 妙な状況に不安を覚えた室長が呼びかける。
<いえ、北側に窓は無く、勝手口は閉まっています。衛星からの映像ではダレか一人、ドアのすぐ向こう側に立っているようですが>
 隊員達のPDAに送信されている映像は、あくまで赤外線を使った内部の映像のため、その人影が何者なのかは確認できない。
「仕方ない。これより突入作戦を開始する……撃ち込めッ!」
 制圧作戦開始。

 ――ドシュッ! ――ドシュッ! ――ドシュッ!

 第一班が装備したランチャーから一斉に催涙弾が発射され、窓ガラスを破ってリビングの中を真っ白なガスで満たす。
「よし、突入しろッ!」
 室長の号令が下されて家の周囲を取り囲むコンクリ塀を乗り越え、ガスマスクを装着した第一班の隊員達が突っ込んでいく。と、同時に――
<おぐッ!?>
<げえッ!?>
<あがッ!?>

 ――ポイッ ――ポイッ ――――ポポ〜〜ッイ!

 隊員達がゴミ屑みたいに吹っ飛ばされて、コンクリ塀を越えて戻ってきた。
「おいッ、どうした!? どうなっている!?」
 赤外線映像で見た限りでは、リビングの人影が動いて突入してきた隊員達に何かしたように見えたが、インカムから聞こえてきた呻き声が尋常ではない。

 パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――ッッッン!!

「なッ――!?」
 インカムから炸裂音が聞こえ、室長は思わずトラックの荷台から跳び降りて辺りを慌てて見回した。が、煙が立ち上っている様子は無い。
<こ、こちら……第二班ッ! 迎撃を受けましたッ!>
 インカムから苦痛の混じった隊員の声がする。
「どうしたんだ!? 爆発物か!?」
<……は、はいッ、おそらく指向性の対人地雷です! ハァハァ……おいッ、しっかりしろ! 早く救護班を!>
 作戦現場が早くも混沌としはじめた。状況がハッキリしない。迎撃されたということは、こちら側の動きが察知されていたのか?
「ビオラ、状況は?」
 混乱する室長を他所に、准将は通信機で冷静に問う。
<ちょいとマズイ事が分かったよ>
「何だ?」
<コントラの嗅覚によると、目標のガキは間違いなく家ん中に居るみたいだけど、蒼神博士のモノともSPのモノとも違う臭いが四つ……どうもおかしいね>
「で、“監視役”を担った大層な連中は?」
<理不尽につまみ出されて腰が抜けてるよ。部隊長は負傷した二班の隊員を抱えて退散。顔を真っ赤にしちゃってね>
「ならば出番だ。ビオラ、ホルン、先に突入しろ。ファゴットとハープを連れてワタシも現場に向かう」
<うっしゃッ!>
 准将は通信機を切ると、背後に控える男女に一瞥をくれる。刃渡り20センチくらいの黒塗りのナイフを手にした、30才前後くらいの無精ヒゲを生やした男。左の肘から先の無い隻腕の20代前半くらいの女。男はその短い黒髪をポリポリとかきながら軽く溜息をつき、女は水色に染めたロングヘアを紐でキュッと束ねて鼻で笑った。
「聞こえた通りだ。オモチャの兵隊共はやはり役に立たん。行くぞ」
「へ〜〜い」
「了解や」
 本丸が動いた。そして、同じ頃――

 郊外にある国内線専用飛行場。その整備場の片隅にて。
「今回は御協力感謝します。御二人とも元気そうですね」
 蒼神博士が差し出した手を黒のスーツを着た青年が軽く握り返す。
「いやァ〜〜、SPやめてからずっとヒマしてたんで。ギャラさえはずんでもらえりゃ問題無いっスよ」
 年の頃は博士と同じくらいで、少しやつれた感じの顔つきをした痩せ型の男。白髪のボウズ頭で調子者っぽい笑みを浮かべている。で、その隣には……
「いくらッ!? いくらッ!? お仕事するヨ〜〜、お金いっぱいもらうヨ〜〜!」
 変な片言で喋る女が片手を出して物乞いみたいに手を揺らしている。これまた博士と同じくらいの若い女性だが、クリッとした大きな青い瞳にプラチナブロンドの髪をシニヨンにして、剥き出したオデコが少々テカってたりする。
「ラヴァーズ、ハイエロファント……二人とも装備は?」
 小型輸送機の内部を点検していたエンプレスが降りてきて、元同僚の両名に話しかける。
「オレっちが銃器の類いを扱えないのは知ってるっスよね? ま、不器用なもんで」
 本当にやる気があるのだろうか。ラヴァーズは申し訳無さそうに苦笑いを浮かべる。
「わったしは武器持ってきたヨッ。子供の頃から愛用してるコイツで、テロもリストもみ〜〜んなブッ潰しますヨ〜〜!」
 ゴンッ……
 鈍重な音。ハイエロファントの手には、柄の長さが1メートル程ある両口ハンマーが握られている。地面に降ろした時の音からして、頭部の重さは10キロ近くありそうだ。
「アンタ等ねぇ……私達はこれから武装集団が占拠した島に潜入すんのよッ! ライフルの一丁も持参すんのが常識でしょうがッ!」
 エンプレスのオ姉サンは元同僚のグダグダ感にとっても御立腹だ。
「んなコト言ったってさぁ……オレっちSPやめてから合法的な収入がゼロになっちまって。ほとんどホームレスみたいな生活っスよ」
「右に同じヨッ! わったし達、“社会不適合者”って言われてるヨッ! 道端でガキ共が指差してくるヨ〜〜!」
 今更だが、どうやら人として充分にダメっぽいのを応援として雇ってしまったようだ。
「ボク等の目的はなるべく武力に頼らず、人質になった人々を安全に解放する事です。報酬の件は確約しますが、各自の身の安全は保障できません。いいですね?」
 いつになく真剣な表情で蒼神博士が確認をとる。
「ま、何でもイイっスよ。高架線下で汚いジジイ達と安酒飲むのも飽きたっス」
「お金沢山もらうヨッ。そしたら良い服買って、美味い物食って、雨風がしのげる家を借りるヨッ!」
 二人ともSPの時に着用していたスーツを着てはいるが、妙に薄汚れてて微妙に臭う。
「アンタ達、離陸の準備はこっちで整えとくから、空港の簡易シャワーでも使ってきなさい。で、売店で新しい服を買ってらっしゃい」
 エンプレスが世話を焼く姉みたいに現金を渡す。
「さすがっス! すぐ戻ってくるっスよ!」
「おおッ、紙幣だヨッ! 久しぶりに紙幣に触ったヨッ!」
 バカ丸出しで空港の方に走っていく。
「……大丈夫でしょうか?」
 蒼神博士が心配そうにポツリと呟く。
「いや、まあ……なんとも言えませんが」
 アノ二人を雇う予定など全く無かった。ただ、現状で連絡のとれる元同僚達は、皆新しい仕事に就いたり監視員がついていたりで、こんな危険な騒動に巻き込める状態ではなかった。エンプレスが内務庁に出頭する前、たまたま通りがかった公園で浮浪者に混じっているのを発見したのだが、管理してくれる者がいなくなった途端に生活力を失う……典型的な例を見てしまった。一応は同じ職場にいたよしみで声をかけてみたのだが。
「ところで博士」
 エンプレスが少し声のトーンを落とす。
「はい、何でしょう?」
「何故、こんな事を?」
 今更ながら彼女は質問してみた。ここまで関わっておきながら、聞くタイミングをうかがっていたのだが、どうにも触れてはならないモノを感じていた。博士は4ヶ月前、自身の息子を失った。母親の狂気の犠牲となって死んでしまった。
「人を救うのに理由はいりません」
 彼はエンプレスから目を逸らしてそう答えた。
「博士、柊沙那は……」
「ええ、そうです。ボクの息子じゃありません。けど、それとこれとは関係ありません。変な幻想にとらわれたりはしていませんよ」
 エンプレスの言いたい事は博士も察していた。失った大切な存在を代用品で賄おうとしているのでは……そんな衝動に駆られて危険地帯に向かおうとしているのでは。
「相手は島一つ迅速に占拠・制圧できるほどの武力を行使しています。交渉の道具も無しに対峙すれば、否応なしに殺されますよ」
 エンプレスの懸念は当然だった。テロリストの行動は死を前提にしているケースが多い。自分達の大義名分を世界中に知らしめて果てるか、目的を達成して利を得るか。つまり、彼等にとって“利”となる柊沙那が交渉の場にいなければ、ケツの青い青年一人の説得など無に等しい。と言うより、相手をムダに激昂させるだけだ。
「おそらくは……けど、これがボクです。出来る可能性がわずかでもあれば、正しいと判断した道を歩きたいんです」
 博士の口調には相変わらず躊躇が無い。単純で浅はかで前後の見境なく喧騒に飛び入る。が、確かなのは、結局はダレかが行動せねばならない。ダレかがバカをみなければならない。ダレかが犠牲にならねばならない。一国家の政府が容易にテロの脅威に屈し、いたいけな男の子一人を差し出そうとしている。ダレかが守らねばならない。
(博士、アナタは正しい。けど、人の社会は往々にして“間違い”で成り立っているんです)
 勇敢な面持ちで輸送機に乗り込む博士を、エンプレスは慈しむような瞳で見つめる。ダレかが“間違い”を正さねばならない――例え、さりげない死に終わろうとも。

-11-
Copyright ©回収屋 All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える