小説『考えろよ。・第2部[頭隠して他丸出し編](完結)』
作者:回収屋()

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[予定変更とまたしてもアイツ]

 ザッザッザッ……
 沈丁花が撤収する。住宅街の周囲に敷かれた検問も瞬く間に撤去され、何事も無かったかのように日常の静寂が戻った。そして、隠れ家で発生した“非日常”の残骸――気絶して壁に寄りかかった茜と、血まみれで凄絶な死を遂げてしまった咲。
「あ……ああッ……ど、どうしよう……スター?」
「……分からない……分からないわ、デビル」
 瞳を潤ませながら2階から下りてきた双子が、リビングの二人を発見して立ち尽くしている。守るべき男の子をあっさりと奪われ、死者まで出てしまった。こうなってしまったからには、早急に蒼神博士へ連絡しないと。スターは汗で濡れた手を小刻みに震わせながら、傍にある固定電話の受話器を手に――

 ピピピピピッ! ピピピピピッ!

「わッ……!?」
 双子がそろってビクついた。電話がかかってきて鳴りだしたのだ。
 ガチャ……
 電話が留守番モードに切り換わる。

<もしもし、オレオレ。田中だけどさぁ、ケータイにつながらないから教えてもらった番号に電話してんだけどよ。さっきオマエが持ってきた血液サンプル、早速分析に回して結果が出たんだけど。あの、さぁ……オマエ、どうして『死体の血液』なんか調べさせたんだ? 警察機関かドコかに頼まれたのか? まあ、とにかく……血液中におびただしい量のガン細胞が発見されてさ。こりゃ明らかに“末期ガンで死んだ人間”から採取したモンだな。まだ詳細な分析はこれからだけどよ。これといって特徴は無いし……一体、オマエ何を調べようと――>

 ――――バキャ!!
 固定電話が破壊された。血まみれの拳で。
「ハァハァ…………かはッ!」
 汐華咲が――立ち上がっていた。血ヘドを吐きながらフラついている。そして、自分の首に貫通しているナイフの柄を掴む。
 ザシュッ……
 一気に引き抜いた。
(寄ってたかって……くそッ)
 咲は砕けた左胸を押さえながらヨタヨタと歩き出し、テーブルの上にドカッと腰を下ろした。
「…………ッ」
「…………ッ」
 一連の様子を静観する双子からは言葉が出ない。ダレの目から見ても絶命しているハズの少女の体が起き上がり、刺さったナイフを自力で引き抜き、テーブルの上で呼吸を整え始めたのだから。
「ちょい、そこの双子達」
「……えッ、あ……うん……?」
 喉に風穴の開いた咲がしわがれた声で呼びかけ、双子はそろって目をパチクリさせる。
「そこの隅っこで気絶しとるミス・人生オンチを起してくんない?」
「あ、うん……分かったよ(汗)」
 不吉なドキドキ感が止まらないまま、デビルは一人がけのソファをうんしょうんしょと引っ張ってどかし、茜の体を揺り動かした。
「起きてッ……ねえ、起きてよッ……ねえったら!」
 頭でも強く打ったのか、返事は無く目は覚めない。
「ど、どうしよう……スター?」
 デビルが弱々しい声で姉に問う。
「わ、分からないわ……デビル」
 姉の方も冷静に状況を把握できる余裕は無い。
「……ふぅ、仕方ない。ええっと……デビルだっけ? 今からあたしが言う通りにやりなさい。いいかね?」
「う、うん……」
 まるで爆弾処理をいきなり任せられた新兵みたいな表情でデビルが頷く。
「まずは後ろからギュッと抱き締める」
「う、うん……」
 ギュッ〜〜☆
「そして、耳元に吐息を優しく吹きかける」
「う、うん……」
 ふぅ〜〜☆
「更に、唇を頬にあてがい、その感触を断続的に与える」
「う、うん……」
 プニッ、プニッ、プニッ☆
「で、最後に自分の人差し指を茜の口に突っ込み、舌をイヤラしく弄る」
「う…………って、えッ!?」
 ――――パクッ!
 思わず差し出してしまった指に魚みたいに茜が食らいついてきた。
「おお〜〜ッう、デぇリぃシゃスぅ〜〜★」
 チュバチュバチュバッ!!
「うひゃあああああああああ――――ッッッ!!」
 茜、覚醒。デビル、悶絶。
(ちっくしょ……まんまと奪われたか)
 咲はテーブルに腰かけたまま目を閉じ、何か考え込みだした。
「ねぇ、咲チャン……さすがにマズイよ。沙那君が連れてかれちゃったよ」
 茜がオロオロしながら小さな声で呟いた。
「あたしはイヤだ。“アソコ”には行かない。二度と……」
 咲は目を閉じたまま不愉快さを訴えるような声を漏らす。
「それはわたしもだよォ……けど、これじゃあ蒼神博士に合わせる顔が無いし。それに、やっぱり可哀想だよォ」
 茜が陳情するように言う。
「……行かない」
 咲は首を横に小さく振ってあくまで拒否する。その様子を双子はハラハラしながら見つめるばかり。で、仕方ないんで茜はテレビのリモコンを手に取り、ボタンを押した。

<こちら事件現場です。我々は彼等の声明を世界中に放送することを条件に、取材を許可されました。こちらを御覧ください――>

 リポーターが『ポイント32』の内部の模様を伝え始めた。取材班のカメラが、仮面を装着して銃器で武装したテロリスト達の姿をとらえ、一ヶ所に集められて地面に座らされた人質達の姿も確認できた。
「咲チャン……人質交換で200人の人命が助かるって、本気で思っちゃいないよね?」
 茜が意味有り気に問う。
「別にいいじゃん。博士とSPは現地に向かったんでしょ? なら、あっちサイドでなんとかしてくれるでしょ」
 咲にヤル気は無い。あくまで『ポイント32』との関わりを拒絶している。その表情にはドス黒い憎悪のようなモノすら漂っていた。

<我等は私利私欲を目的とした集まりではないッ! 現政府が要求通りに対応すれば、人質全員を輸送機に乗せ、安全に送り届ける事を約束しようッ!>

 テロリスト達のリーダーと思しき男が力説する。彼等にはダレ一人として軍服姿の者はおらず、他国の民族衣装を纏っているワケでもない。まるで、近所の社会人や学生みたいな格好をした連中だ。適当に集まって、適当に行動しているような……統一性の無さを感じる。唯一共通しているのは、全員が同じ仮面を着用しているということ。安物のライフルや敗戦国から流出したようなマシンガンを手に、ムダに意気込んでいる。

<皆様、御覧いただけますでしょうか? 人質となったNPOメンバーと解体業者、合わせて約200名……中央エリアの資材置き場に集合させられています。その表情からは疲労と不安の色が如実に見てとれます>

 カメラが人質達にズームアップされる。彼等に抵抗できるような様子は無く、心は折られ、完膚無きまでに制圧されている。皆が頭を垂れ、一言も喋らず、ジッと座って怯えている。
(……下らんね)
 モニターを見つめる咲に浮かんだ感情は――『イラだち』。何もせず、何もできず、忍耐のみを頼りに助けを待つ人質への。
「――――ん?」
 モニターに映る人質を見つめていた咲の視線が止まる。人質の集まりの一番隅っこに……“異物”を発見したから。
「んんッ? …………ん〜〜?」
 咲はモニターにググッと顔を近づけ、何度か瞬きしてみた。“異物”=他の人質と同様に両膝を折って地面に座ってはいるが、何故だか一人だけ作業者用の白衣を着ていて、目と口の部分が丸く開いた目出し帽を被っている。が、テロリストのメンバーではない。だって……産まれたての小鹿みたいにものすごく震えてて、怯えまくってるから。

「――――――――ッ、吉田ああああああああああああああああああッッッ!?」

 咲はカッと目を見開き、その名を声を大にして叫んだ。
「えッ……な、何(汗)?」
「な、何だろう(汗)?」
 いきなりのハイテンションに双子がビクつく。
「茜ぇぇぇぇぇ! 早速、出発準備にとりかかるべしッ!」
「あいあいさァァァァァ〜〜!」
 バタバタ、ドタドタ……
 咲と茜がついさっきまでの落ち込みようを払拭するかのように、テキパキと動きだした。
「あ、あの〜〜……どうかしたの?」
 スターが申し訳なさそうな声で問う。
「どうかしたのッ! アイツめがッ、このあたしを差し置いて国家レベルでウケを取ろうなんて……許すまじッ!」
 全くもって話が読めない。
「と、とりあえず……『ポイント32』ってトコへ行くみたいだね、スター」
「え、ええ……そのようね、デビル」
 冷蔵庫の中身を全て風呂敷に包んで持ち去ろうとする咲や、バカでかいスーツケースを引っ張り出してくる茜。そんな二人の様子をリビングの隅で静観する双子は思った。

 ―――――― よく分かんないけど、なんとかなりそうな気がする ――――――

 で、準備にとりかかった咲と茜の様子をまるで直接見ていたかのように、テレビモニターの隅で吉田さんが――

<……………………………………………………………………もうちょい急げよ>
 ――ボソッと呟いた。
 

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