小説『考えろよ。・第2部[頭隠して他丸出し編](完結)』
作者:回収屋()

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[不審な情報と航空事故]

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ――――

 エンジン音を纏いながら小型輸送機が高度1万m上空を飛んでいた。そして、コクピットで操縦桿を握るエンプレスが渋い顔をしている。その原因は……
「あの〜〜、どういう意図でしょうか……?」
 貨物室に持ち込んだ折りたたみタイプのイスに腰かけた蒼神博士が、向かい側にそろって座るエージェント二名に問う。
「真冬に北方の島に行くんスから、防寒準備は完璧にっス」
「わったし寒いトコ苦手ヨッ。だからたっぷり温かくするヨッ」
 堂々とした返事が返ってきた。簡単に説明する。

●ラヴァーズ=ブ厚いスキーウェア・黒のゴーグル・片手に抱えたスノーボード。
●ハイエロファント=ベージュのダッフルコート・防寒キャップ・背中に背負ったソリ。

 ……コイツ等、遊ぶ気だ。
「何で新しいスーツを買ってこないのよッ!? 戦地に向かってんのッ! 雪山へレジャーにでかけてんじゃないのッ!」
 操縦室から怒号が届く。
「それにしても……不思議なものですね、世の中は」
 蒼神博士が苦笑いしながら呟く。
「何がっスか?」
 ラヴァーズが小さく首を傾げた。
「本来の職場では殆ど交流のなかった我々が、一般社会に放り出された途端にこうして巡り合い、一つの目的のために共に動いている……変な話です」
「ま、そうっスね」
「これは赤い糸ヨ〜〜! わったし達は真っ赤な糸でがんじがらめヨ〜〜!」
 愛用のハンマー片手にハイエロファントが雄叫びを上げる。
「けど、それを言うならもっと?不可思議?なモンがあるっスよ」
 ラヴァーズがその細い目を更に細めて言う。
「……と言うと?」
「飛行場で落ち合う前に、エンプレスから電話で聞いたっス。『アノ二人』と再会したそうっスね」
 彼の声が微妙に強張っていた。
「ええ、本当に偶然って言うか奇跡と言うか……」
「いや、偶然でも奇跡でもないっスよ。多分」
「え?」
「以前、エンプレスが二人の素性を調べるため住所を特定しようとしたっスけど、何も無いアパートの一室に、交換機が1台置いてただけって言ってたっス」
「ええ、それはボクも聞きました。けど、ダレにだって個人的な秘密はあると思うし、結果的にボクは彼女達に助けられましたし」
「まあ、直接的な危害を加えてくるとは思えないっスけど、連中が一体、何を目的として動いているのか……その点は知っておく必要があるっスね」
 ラヴァーズの人間性云々はともかくとして、一応、SPらしい危機感は持ち合わせているようだ。
(確かに気にはなる。けど……)
 科学者の探究心がくすぐられる事象は幾つかある。汐華咲の肉体構造と異常なポテンシャル。咲と茜にまとわりつく『エリジアム』というワード。ダリア准将が知る彼女達に関する情報……だが、今は目の前の大事に集中しなくてはならない。そんな時――
「あっ……」
 上着のポケットに入れてあったPDAが点滅した。メールだ。血液サンプルの分析を頼んだ友達からだ。
(…………ッ)
 ボタンを押そうとした指が止まる。何かマズイ結果を目の当たりにするような気がして、躊躇してしまった。
「博士どうしたヨ? 迷惑メールか? スパムか?」
「あ、いえ……個人的な用件でちょっと……」
「ラヴァーズ、大変ヨッ! 博士が秘密の花園からテンプテーションだヨッ!」
「意味不明っスよ、ハイエロファント」
 スッ――
 博士はおもむろに立ち上がり、操縦室に移動する。そして、操縦をしているエンプレスの隣に静かに座った。
「どうかされましたか?」
 エンプレスが博士の微妙な異変に気付いた。
「本土を離れる前に分析に出した血液サンプル……アレの分析結果がメールで届いたみたいです」
「……そうですか」
 空気が妙に重い。怖い物見たさとはまた違う衝動が、この二人にまとわりついてくる。今回もそうだが、人類が持つキャパを完全に逸脱した汐華咲の能力。ここで真相がハッキリするかどうかで、以後の対応が決まる。場合によっては?敵?とみなさなくてはならなくなるかもしれない。だから――緊張する。
「では、見ます」
 ポチッ――
 ボタンを押して添付ファイルを開いた。

 チャララッ♪ チャララッ♪ チャッラァァァァァ〜〜〜〜♪

「……はい?」
 えらくサスペンスなBGMが流れてきて、博士とエンプレスが呆ける。
<やあ、『心の友』と書いて心友の蒼神槐。田中だ。今回オマエに頼まれて分析した血液サンプルの詳細なデータがそろったんで、発表するぞ。まずは紹介しよう。分析データを優しく且つ楽しく説明してくれる小粋なアバター、医学界の船越英○郎こと『ミニ・田中』君だッ!>
 そんな紹介があってPDAのモニターに出現する、とっても愉快な3Dキャラ。首をプルプルと動かしながら、教鞭を手にした白衣姿のミニサイズ田中が講義を始めた。
「……とてもおもしろい御友人ですね、博士」
 リアクションに困ったエンプレスがとりあえず呟く。
「ええ、まあ……」
 蒼神にとっても予想外というか、この状況下では失笑するしかないというか。
<やあ皆さんッ、はじめまして! ボクの名前はミニ・田中! 刺身と可愛い女子中学生が大好きなナイス・ガイさ★>
 サラッと性癖を紹介された。
<今回の講義はとっても重要だから、しっかり聞いて欲しい。まず最初に……皆さんは『ガン細胞』についてどれだけ知ってるかな?>
 モニターにDNA分子の二重螺旋構造が現れる。
<ボク達人間の体は約60兆個の細胞からなり、毎日1%程の細胞が死んでいる。そのためDNAを毎日数千億回コピーし、減った細胞を補う必要がある。が、どんな生命体も完璧じゃあ無い。だから『コピーミス』を起こすことがある。これが遺伝子の『突然変異』だ>
 二重螺旋構造の一部がミニ・田中の教鞭で叩かれ、ほどけてしまう。
<主な原因は化学物質や自然に存在する放射線等で、長い時間をかけてDNAにキズが蓄積されていくんだ。変異を起こした細胞は通常生きてはいけないけど、ある遺伝子に変異が起こると細胞が死ねなくなり、止めどもなく分裂を繰り返し始めるんだ。この?死なない細胞?こそが――ガン細胞なんだ>
 二重螺旋構造の陰から悪人面した細胞のアバターが幾つも現れ、正常な細胞をチクチクと攻撃してる。
<で、問題の血液サンプルを分析したところ、ガン細胞の巣窟と化していたんだ。全身にガンが転移してしまい、治療のしようがない末期患者……その遺体から採取したとしか思えない状態だったんだよ>
「……えッ?」
 蒼神博士とエンプレスが顔を見合わせて小さく驚愕する。
<最初は何かの悪フザケかと思ったんだけど、精度を上げて分析したところ、妙な事が分かったんだ>
 ミニ・田中がガン細胞のアバターを教鞭で叩くと、悪人面が変化して『?』の面になった。
<このガン細胞……いや、コレは?ガン細胞に似たモノ?だったんだ。つまり、ガン細胞と分子構造が酷似した細胞……どこの医学機関や科学施設でも発見されていない未知の細胞だったのさ。やった☆ やった☆ これでオフィシャルな研究予算を請求できるぞ!>
 ミニ・田中が喜び勇んで跳びはねている。
「そんなッ、バカな……!」
 PDAを掴む博士の手が小刻みに震える。事の重大性に気付き、顔色を変えた。
「つまり、その〜〜……どういう事ですか?」
 いまいちピンとこないエンプレスが簡単な説明を求める。
「よ、要するにですね……」
 と、博士が言葉に詰まりながら言及しようとした……その時!

 ピイイイイイイイ――――――ッッッ!!

「なッ!?」
 けたたましく鳴り響くアラーム。
「ま、マズイ――――!」
 レーダーに映った点滅を確認し、エンプレスが慌てて操縦桿を大きく傾けた。が――

 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――ッッッン!!

 轟音。機体がビリビリッと振動し、警告音が発せられる。
「左の翼を大破ッ! おそらく対空ミサイルですッ!」
「えッ……でも、『ポイント32』はまだ100キロ近く先ですよ!」
 何の警告も無く攻撃してきたということは、明らかに敵意を持った無差別な攻撃であり、現状では『ポイント32』を占拠した連中からの攻撃としか考えられない。
「大変ヨッ、大変ヨッ! このままじゃ真っ逆さまに墜落ヨ〜〜!」
「緊急着水するしかないっスね」
 貨物室の二人がバタバタと駆けつける。
「くそッ、完全に射程範囲外なのに……ドコから撃ってきたワケ!?」
 エンプレスが着水の準備をしながら叫ぶ。
「おそらく、『ポイント32』を中心に周辺の無人島に武装を施したっスね。どの方向から敵が攻めてきても確実に対応できるよう」
「ちょっと、それって……!」
 以前に軍部に属していたエンプレスが慄く。それはつまり……敵は大義名分を掲げて自爆して終わるような単純なテロリストではないという事。周辺100キロ以内の島々に警戒システムを敷き、迎撃用の武装を施すとなると、莫大な資金を要する。連中のバックに資金と武器を支援する者がいるという事実につながる。
「とにかく、今はなんとか無事に着水しないと……」
 グッ――
(…………ッ)
 操縦桿を掴むエンプレスの手を、不意に博士が握り締めた。その手は汗で湿り、熱く、唐突過ぎる事態に震えている。SPとして人を守り救う使命感が湧き上がり、彼女は少しの間忘れかけていた生き甲斐を感じた。PFRSと恩人であった支配人はもういない。なら、私はこの青年を守ろう……彼が進む道に立ち塞がるあらゆる障害から。そして――

 ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――ッッッ!!

 輸送機、着水。そして……派手に大破した。

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