小説『考えろよ。・第2部[頭隠して他丸出し編](完結)』
作者:回収屋()

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[機密と熟女]

{軍上層部・外部記憶装置より抜粋}

 『エリジアム掃討作戦』=今から2年半程前、日ノ本の本土からそう遠くない沖合に存在し、軍部が管轄する施設にて実行された秘密工作の一種。無人島に大規模な改造を施し、電気・ガス・水道等のライフラインが完備され、表向きには民間の産廃施設として稼働していたが、その地下には刑務所に似た特別な研究施設が建造されており、世界中から“ある種の人類”が回収され、施設にて投獄されていた。その数は500人余りにも上り、彼等はその研究施設――『エリジアム』にて一生を送る事となる。施設でどのような研究が進められ、何を最終目的としているのかは不明だが、施設の建造と人間の拉致を指示した中心人物は、現在、軍部における実権を掌握する立場にあり、どれだけ老獪な将校も『彼女』の発言や意向を無視することはできないという。そして、掃討作戦を立案し現場で指揮をとったのも『彼女』であり、この作戦でエリジアムにて研究対象となっていた者達の殆どが排除され、わずかな個人情報の欠片も残さず消された。作戦が実行された理由に関しては指揮官である『彼女』と、当時、雇われていた数人の傭兵しかその真相は把握しておらず、防衛本庁内部で相当な問題事項として指摘された。尚、この作戦はおおむね成功したが、数人の傭兵達とは別に編成されていた正規の軍人による特殊部隊一個中隊が、壊滅。陸・海・空から選りすぐりの精鋭を抜擢し、『彼女』が直接訓練を施したメンバーで編成。あらゆる事態を想定した重武装で展開したが、“予定”とはあくまで“予定”であり……“決定”ではなかった。一個中隊は抵抗するエリジアムの住人達を次々と抹殺していったが、指揮官である『彼女』ですら想定していなかった不確定要素に出会い…………<これより先の情報は人為的に削除されており、バックアップも消されているため、復元は不可能です>

 『エリジアムの住人』=エリジアムの建造と並行して、世界中から拉致・拘束されて来た者達。諸外国の軍部とは『彼女』との密約が成立しており、拉致・拘束等の秘密工作が黙認されている。彼等はいわゆる『DNA異常者』――遺伝情報に何だかの欠損・異常が先天的・後天的に生じており、それが原因で通常人類とは異なる性質や機能を有する。彼等はエリジアムに設けられた管理施設にて一日を送り、研究サンプルとして一生を過ごす事となる。性別・年齢・人種・社会的地位を問わず、様々な人間が集められ、基本的には4つのランクに分別された。

 ●ランク?・【五体異常者(ミステーク)】=頭部・首・胸部・手・脚のいずれか、あるいは複数の箇所がゲノム異常により異常発達したり、変形したりした者達。それが原因で生命維持機能自体に障害がもたらされているパターンもあるが、筋肉や神経の発達が尋常でない腕力や脚力を発現させる場合も。

 ●ランク?・【異化作用者(カタボリズム)】=生体構成物質や生体内貯蔵物を分解して、簡単な物体に変化させる機能が異常を示す者達。本来なら摂取・吸収できない物質を外部から取り込み、肉体の一部として活用できる。一例として……人体にとって有害な重金属や化学薬品等。

 ●ランク?・【D・B(デザイナー・ベビー)】=人為的に形質(性別・知能・性格)を選択、または付与させて誕生させた子供。特に、遺伝子操作による場合をさす。本来は国家レベルの教育プロジェクトや、軍事作戦で活躍できる人材を量産する目的で産み出されていたが、国連から人権侵害の指摘を受けて中止される。公的な活躍の場を失ったD・Bは政府の管理下を離れ、そのIQの高さからテロ組織に雇われたり、単独の犯罪者に成り下がる例が増加した。

 ●ランク?・【物理干渉者(トランセンデンタル)】=一定の物理法則に対し、機械的なバックアップ無しで単独で干渉できる者達。その生体機能は未知数な者が多く、共通して脳髄の一部、あるいは全体に異常が確認されている。一般に『超能力』と呼称される現象を発生させ、科学の飛躍的な発展に役立つであろうと政府の情報機関から期待されるが、『彼女』の強引な隔離政策により、尽くエリジアムに収容されてしまう。

 ……ランクの数字が大きくなるほど、ランクに該当する人間の数は少なくなる。中には間違って精神異常者が拉致されてくる場合もあり、彼等のようなこれといって特化した能力も無く、管理に手間取る連中は『ランク外』とし、薬物注射により処刑され無残に廃棄処分される。また、ランク?〜?の中でも特に『彼女』の目を引いた異常者は、最重要の研究対象として抜擢され、ランク?・【称号者】として管理された。ランク?はその超人的な性質・機能から“非人類”・“8番目の大罪”・“ロスト・ジーン”――などと研究者達から呼称されることもあり、この巨大なプロジェクトの根幹を担うハズだった。が…………<これより先の情報は人為的に削除されており、バックアップも消されているため、復元は不可能です>

 8月末――首相官邸にて査問会が設けられていた。円卓に座るのは首相と主席補佐官、内務庁最高責任者・錦木(にしきぎ)庁長と国家調査室の杜若(かきつばた)室長。防衛本庁長官と外交特務庁の芙蓉(ふよう)大臣……の6名。そして、査問の対象となっているのが『彼女』。つまり――
「では、まずは私から質問させてもらおう。『ストレー・シープ・ダリア准将』」
 恰幅のいいスーツ姿の錦木庁長が口火を切る。彼は人差し指で卓上をトントンと叩きながら、相手の顔を睨みつけた。
「今回の一件、首相が決定した中止命令を確認しておきながら、何故、作戦を強行したのだね?」
「…………」
 彼の質問に准将は無表情で口を噤んでいる。
「准将、これは査問会だ。君に黙秘権は無いぞ」
 防衛本庁長官がイラつきのこもった面持ちで呟く。
「…………」
 だが、彼女に返答は無い。
「ダリア准将、アナタは今年で何歳になる?」
 突然、首相が明らかに場違いな質問をする。
「一体、何を……?」
「首相ッ」
 他の者達は当惑して隣の相手と顔を見合わせる。
「そんな事を聞いてどうするのですかな、首相?」
 准将が口を開いた。
「たまに噂で耳にするんだが……そう、いわゆる都市伝説的なヤツだよ。なんでもアナタは不老不死で、有史以前から生きているらしいじゃないか。本当かね?」
 首相が好奇心を抑えられない子供みたいな口調で問う。
「バカな。ワタシは今年で43になりました。猿人から産まれたワケではない」
 准将は少々苦笑しながら答える。
「なるほど。常識的に考えれば……ね。しかし、私は昔から疑問は完璧に氷解させないと我慢できないタチでね。個人で色々と調べてみたんだよ」
 首相はそう言って隣の主席補佐官に目で合図する。
「皆さん、こちらの資料を御覧下さい」
 補佐官がコンソールを操作すると、天井から大型のモニターが下りてくる。そして、そこに映し出されたのは一見して年代を感じさせる映像。諸外国の歴代首相の就任式典や、軍部が開発した大量破壊兵器のテストの様子。まだ印刷技術すら確立されていなかった時代に書かれた書物。その中に描かれた人物の絵と、人物に関する文献。
「……ふんッ」
 コレを目にした准将は少し呆れた感じで鼻で笑った。
「内務庁のメインサーバーで管理されている映像データです。デジタル処理を施してなんとか画質を向上させました。実際のところ、首相の指示で私がアーカイブを開くまで、ダレもアクセスした形跡が無いくらい古く、関知されていない情報でした」
「で、コレが一体、何だと言うんです?」
 芙蓉大臣が卓上に肘をついて怪訝な顔をする。
「拡大します」
 補佐官がコンソールのキーを打つと、それぞれの映像が静止し、問題の箇所にマークが付く。
「……んッ? コレは……!」
 錦木庁長と杜若室長が腰を浮かしてモニターを凝視した。マークの付いた箇所全てに同じ『人物』が映っている。身長が180cm前後はある長身の女で、軍服やフォーマルスーツを綺麗に着こなし、骨太なガタイをしている。オールバックにした銀髪が非常に特徴的だ。
「式典の映像は40年前の物。兵器試験場の映像に至っては、50年以上昔の物だ。准将、女性の年齢を詮索するのは趣味ではないが、この映像に改ざんの形跡は無かった。つまり、アナタが43歳だと言うのなら、この『人物』は母親か親戚かね? それとも、本当に猿人から産まれたのかね?」
 首相は真剣だった。あるいは、何か重要な情報を得ているのか……その目は相手の深層をえぐり出そうとするような鋭い眼光を放っていた。
「何も申し上げる事はありませんな」
 彼女は全く動揺する様子も無く毅然と言い放った。
「首相、本題に関する質問をして宜しいでしょうか?」
 芙蓉大臣が小さく挙手し、首相が小さく頷く。
「では長官、アナタにお聞きします。今回の件で、同盟国の戦術核兵器が使用されたという未確認の情報が入っておりますが……事実ですか?」
「いいえ、身に覚えがありませんな」
「しかし、PFRS(パフリス)の本部施設から数km離れた沖合の海水を検査したところ、通常の自然環境からは発生しようのない放射性降下物が検出されています」
「PFRSの排水設備が故障でもしたのでは? とにかく、私には関わりの無い事だ」
 長官は大臣と目を合わそうとはせず、突っぱねた。
「諸君、どうやら本件は単純にダリア准将を査問して、処遇を検討するだけでは収まりがつきそうにないようだ。情報の真偽を今一度確認し直した後、再度審議の場を設けるとしよう」
 首相はそう言って主席補佐官と共に席を立ち、円卓会議室から出て行った。次に防衛本庁長官が立ち上がり、准将の傍に歩み寄る。
「お互い突っ込んだ話が必要なようだ。後で私のオフィスに来い」
 長官は彼女の耳元で小声で囁き、逃げるように早足で退室した。会議室に残る後の3名……杜若室長が錦木庁長に記録メディアを手渡し、その様子を芙蓉大臣が睥睨する。
「そういえば室長、アナタは今回の一件で短時間ではありますが、PFRS側に拘束されていたそうですね」
「……ええ、まあ」
「この場に集まった人間の中で、唯一現場で状況を観察したワケです。是非とも私もアナタのレポートを拝見したいものですが」
「大臣、申し訳ないが、彼は内務庁での雑務が山積みになってましてな。壊滅した機動部隊メンバーの遺族に対する補償問題も抱えている。話なら上司である自分が承ろう」
 錦木庁長が攻撃的な口調で返答した。
「……結構」
 大臣は空気を読んでか、席を立つと軽く会釈しながら退室して行った。
「さて、まずは本件における人身御供をそろえんとな」
 錦木庁長が卓上脇の水差しでコップに水を注ぐ。
「人身御供? ダリア准将が全ての泥を被れば……」
 室長が訝しがる。
「事はそう単純ではない。海上で発生した超自然現象は、軌道上の軍部の監視衛星が逐一記録していたハズ。そして、そのデータはPFRS側の衛星と並列化していた。PFRSが物理的にも壊滅した現状、その衛星は制御を失い漂流している。放置しておけば、他国の情報機関や特A級ハッカーにハッキングされ、この国のスキャンダルが公然の秘密と化してしまう」
「それは……確かにマズイですね。特に防衛本庁にとっては」
「長官は今すぐにでも大陸間弾道弾(ICBM )で衛星を撃ち落としたいハズだ。しかし、自ら実行に移せば、首相や他の閣僚に対して“戦術核兵器の密約”を立証することになる」
「なるほど。まさに窮地ですな」
「室長、機動部隊の再編成にどれだけかかる?」
 庁長はゆっくりと立ち上がりながら、室長から渡された記録メヂィアをスーツのポケットにしまう。
「頭数は揃っていますので、個人データの微調整が終わり次第組み込めますが」
「宜しい。すぐに現場運用できるよう、訓練を怠りなくな」
「……は? 実動の予定は何も……」
 室長が慌てて席を立つ。
「この国の醜聞を垂れ流されるワケにはいかんのだよ」
 庁長は額の汗をハンカチで拭いながら、ポツリと静かに呟いた。そして――

 ――――――――――― 数ヶ月の時が経過した ―――――――――――
 

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