小説『考えろよ。・第2部[頭隠して他丸出し編](完結)』
作者:回収屋()

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[必然的な惨状とテロの切り札]

「こちらテロ・Y。トラブル発生。人質交渉者一行が反撃に出ました」
 他のメンバーと違ってある程度の訓練を受けていたのか、テロ・Yだけは蜘蛛の子を散らす人質達に混じって、寄宿舎の陰に素早く隠れていた。
<結構。予想よりタイミングが早いが、こちらの望む結果だな>
 通信機からコンダクターの落ち着いた声が返ってくる。
「本当にいいんですか? 『スポンサー』にバレたら……それこそ産廃処理されますよ」
 テロ・Yの声が少々上ずっている。
<目標の物件を確保でき次第、この『ポイント32』を島ごと沈める。これは『スポンサー』からの注文だ。そして、そのための?手段?を我々は与えられているが、何事も本番前のリハーサルは大事だ。従って、沖に停泊させてある艦の連中も合流した頃合いを見計らい、オレの方で?手段?を実行に移す>
「了解です。で、自分はどうすれば?」
<ガキだけはどうしても必要になる。なんとしてでも奪え。最深部のシェルターロックが解除でき次第、オレも向かう>
「無茶ですよ……身体検査すらまともに出来ないド素人共です。適当に装備はさせてありますが、連中の心臓はウサギ並です。いつ暴走するかも分かりません」
 テロ・Yは制圧されてしまった仲間のメンバー達を盗み見ながら言う。
<構わん。状況次第でメンバーの体にセットしてある爆薬をキル・スイッチで起爆しろ。ガキさえ生きていれば問題ない>
「し、しかし、ガキが爆発に巻き込まれでもしたら……」
<腕の一本でも拾ってこい。死体でもロック解除できれば御の字。不可能であれば『スポンサー』に泣きつくまでだ>
「……なるほど」
 テロ・Yは大きく溜息をつき、通信を切る。彼は付けていた仮面を取った。そして、肩から提げていた銃を近くにあったゴミ箱に捨て、一緒に来ていた防寒着も脱ぎ捨てた。
(仕方ねえ……やるか)
 わずか10秒でテロリストから人質の一人に変身した。
「こちらハープや。前進洋上兵站艦(FFD)、聞こえるかあ?」
 中央エリアの解放を確認した交渉人一行は、人質達を迅速に艦へと送り届ける準備に乗り出していた。
<こちらビオラ。何だい? もう一本の腕までもげちまったかい?>
 バカにするような応答が通信機に届く。
「じゃかあしいわ、筋肉脳みそがッ。人質の解放に成功したンや。今から艦に帰還するでえ」
<お〜〜ッし、了解。じゃあ、あたい達は西エリアを制圧して、逃げ道の安全を確保すりゃいいワケだね?>
「確認した限りではテロの連中、どうも素人やで。血気盛んで反政府意識だけムダに高揚しとる。メディアでしか戦争を知らんアホ共や。制圧に苦労はせんハズやで」
<そいつは妙だね……やたらと大がかりなテロを展開した割に、構成メンバーが使い捨てみたいな連中となると>
 ビオラの声のトーンが落ちる。
「確かに気がかりやけど、詮索は准将と合流できてからやな」
<合流? 一緒じゃないのかい?>
「准将だけ別エリアに連行されてもうとるンや」
<……よく分かんないけど、あたい達の知らないトコで下らない事が起きてるみたいだね>
「せやな」
 ハープはそう言って渋い表情で通信を切り、ふと後ろを振り返る――と。
「うおっと! な、何や!?」
 真後ろに相田杜仲が仁王立ちしていて、彼女の視界で鬼のような形相になっている。
「今の話……『准将』と言ってましたが、アナタ方は軍部の人間なんですか?」
 彼のメガネが鈍く光っている。
「せや。うち等は『沈丁花』っちゅう占拠・制圧専門の特殊部隊や。ダリア准将傘下のな」
「――――ッ、やはり!」
「な、何がや?」
 相田が怒りで口元を歪めている。
「俺は艦には乗りません。ここで政府からの救助を待たせてもらいます」
「はあッ!? な、何言うてン!?」
 またしても面倒なコトを言い始めた。
「まさか?彼女?の差し金だったとは……そうと分かったからにはアナタ達の指示には従えません!」
 何が気に食わないのか、彼は断固拒否の態度をとってしまった。
「この期に及んでワガママぬかすなッ! アンタを最優先で確保せえと准将に厳命されとンのやッ! ええからさっさとこっちへ――」
 と、相田の腕を掴んで無理矢理引っ張って行こうとする。

 スパァァァァァ――――――――ッッッン!

「はぶしッ!?」
 今度は反対側の頬を思いっきりビンタされ、またしても間抜けな声を漏らしてしまう。
(こ、こんクソガキゃあああ〜〜!!)
 ビンタのあまりの強烈さに、ハープは上半身を傾けつつ思わず涙が出ちゃう。だって、女の子なんだもん☆
「と、とにかく……オイラ達で人質の皆を艦に誘導しないと」
 相田の突拍子もない暴力にビクつきながら、コントラが蒼神の方に視線をやった。
「よし、完全に予定外でしたが……エンプレスさん、周囲の警戒を彼等と共に頼みます」
「はい、引き受けました」
「オジチャン、どうなったの? ボクはもうどっかに行かなくいいの?」
 傍に寄り添う沙那が不安の色を顔ににじませつつ問う。
「ああ、もう心配ないからね。明日にはママの所に帰れるからね」
 蒼神博士はそう言ってその場にしゃがみ、沙那を慈しむように抱き締めた。三人の瞳に希望の光が輝きだす。多少のゴリ押し感は否めないが、200名の人質と沙那の無事こそが目的。今まさに、沈丁花というかつての敵性因子が協力者に変わり、『個人』の意志が『組織』の意識となった。
(ボクの行動は間違っていない。やっと証明できたんだッ)
 博士は沙那を抱き締めながら心の中で叫んだ。そして、その様子をエンプレスは慈愛に満ちた瞳で見つめてい――――

 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッッッン!!

「――――――――――――――――ッ!?」
 大爆発。彼等を見守るようにして建ち並んでいた寄宿舎の一部が、内側から赤黒い火炎と衝撃波を吐き出して派手に崩壊した。
「うッ、うわあああああああああああああああああああああああッッッ!?」
「いやああああああああああああああああああああああああああッッッ!?」
 近くにいた人質の何人かが巻き込まれ、成す術なく宙を舞い、アスファルトの地面に転がる。
「な、なんという事だッ……待ってろッ! 今助けるからな――――ッ!」
 悲劇を目の当たりにした相田が、考えるよりも早く体が動いて走り出した。
「あッ、この……待たんかいッ、このボケがあああああああッ!」
 戦略のプロであるハープ達は空気の質の変化にいち早く気づいたが、猪突猛進する保護
対象を追って、行ってはいけない方向に行かざるを得なかった。
「博士ッ、先に行ってください! 後で落ち合います!」
 エンプレスも状況の変化に感化され、テロメンバーから奪った銃を構えて爆発現場に走り出す。
「わ、分かりましたッ、ボクは沙那を安全な所へ――」
 ドカッ!
「はぐッ!?」
 いきなり殴られた。自分達と同じ方向に走っていた人質の一人に。
「えッ、いやだッ! 放してよォォォォォ!」
 沙那の悲痛な声が響く。
(し、しまった――――!)
 人質に紛れこんだテロ・Yが沙那を抱きかかえ、まんまと奪い取ってしまう。
「なッ……ま、待てッ!」
 人質達の喧騒に混じった沙那の声を聞き分け、エンプレスが足を止めて引き返してくる。
「コンダクター、目標を確保ッ!」
 テロ・Yは通信機を片手に全速力だ。
<よし、よくやった。地下施設へ急げ>
「追っ手です。銃を持ってる」
 子供を抱えている分、テロ・Yの方が明らかに足が遅い。
<タイミングを計ってキル・スイッチを使え。ガキの身柄が確保できたのだ、気にせずブチかませッ>
「致し方なしですね」
 テロ・Yは通信機のパネルを外し、チラッと後ろを振り返る。猛スピードで追いかけてくる蒼神とエンプレスの姿。彼は南エリアに向かって走りつつ、ほんの一瞬だけ目を閉じて通信機のスイッチを押した。

 ドンッ! ドンッ! ドドドドドドッッッ、ドオォォォォォォ――――――ン!!

 連続して発生する爆発。攻撃を受けたワケではなく、銃器を破壊されて抵抗力を失ったテロメンバー達が一斉に爆発したのだ。
「なッ、なんて事をッ……!!」
「博士ッ、早く下がってください! ここは危険です!」
 呆然とする蒼神の腕を掴み、必死でエンプレスが引っ張る。が、彼はまたしても足がすくんで動けなくなった。沙那を追わねばならないのに、目の前にできてしまった光景の魔力で地面に足を縫い付けられてしまった。
(こいつは迂闊ッ……テロ連中が着とるジャケットを遠隔操作で爆破しよった!)
 爆発の衝撃で吹き飛ばされたハープが、痛む体を起して相田の様子をうかがう。自分と同様に地に伏せて倒れ、メガネを汚しているが怪我はないようだ。だが、沢山の人質が移動しているさなか、何もできぬまま立ち尽くしていたテロメンバー達の傍を通過した瞬間の出来事……皆が無事に済むワケはなく。
「おいおいッ……こりゃ何事だいッ!?」
「ひでぇな。この臭い……第三世界の腐敗臭と同じですぜ」
 連絡を受けて沖合の艦から全速力でやってきたビオラとファゴット。彼等の面前に広がる光景に次の一歩が踏み込めないでいた。鼻をつくコゲ臭さと、アスファルトの地面を赤黒く染めていく鮮血。ついさっきまで生きていた人達。やっと解放され、助かったと安堵する人達。彼等が死んでいった。一度に数十人……人体が幾つも宙を舞い、地面に落下して折り重なった。男も女も、老いも若きも、等しく物言わぬ肉塊に変えられた。爆発に巻き込まれながらもまだ生きている者達。友を家族を恋人を一瞬で失い、自分の手脚がもげて泣き叫ぶ者も。
「?地獄絵図?ってのはよく言ったものっスね」
「わったしこの空気嫌いヨッ。吐き気がしてくるヨッ」
 事態を重く見たビオラ達が解放したのか、ラヴァーズとハイエロファントも駆けつけ、夕日に照らし出される凄惨な光景に息を呑んだ。
「こ、コレは…………何だ!?」
 爆発した寄宿舎に駆けつけた相田が最初に目にしたのは、血まみれで倒れ伏して微動だにしない数人の人質達と、彼等を見下ろすかのように佇む立方体の巨大なコンテナ。寄宿舎の中に隠してあったのか、その表面は爆炎で多少焦げてはいるが全く損傷した様子は無く、非常に不自然な雰囲気を漂わせている。
 ユラッ――
(ん? ダレや?)
 西日をバックにし、寄宿舎から巻き上がる炎の陰に何者かが立った。そして、その人物はたった今出現したコンテナに近づく。
「ごきげんよう、諸君。最も醜く腐った戦場へようこそッ!」
 明らかにテロメンバー達とは違う服装をした中年の男が一人、不遜きわまりない態度で声を大にして言った。
「出てきよったかァァァ〜〜、この裏切りモンがあ〜〜!」
 ハープが相手の中年男を殺気のこもった瞳で睨みつける。
「裏切るぅ? はッ、沈丁花は所詮クズの集まり。ダリア准将という絶対の権威のもと、利害の一致した連中がたまたま行動を共にしていたに過ぎん。PFRS本部では、オレにとって最も出会ってはならない不確定要素が絡んでしまった……故に逃亡させてもらった」
 中年男――コンダクターに反省も後悔もありはしない。そして、くたびれた軍服のポケットから小型のコントローラーを取り出し、自分の脇に佇むコンテナを睥睨する。
「レディース&ジェントルマン! この度の戦場を彩る一輪の華を御紹介しよう。半自律式人型生体兵器・『デスペア』だ」

 ピッ…………プシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――

 手にしていたコントローラーのスイッチを押す。コンテナのロックが解除され、気圧制御装置から白いガスが噴き出した。ハッチが開き、中身がその威容を出現させた。

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