小説『考えろよ。・第2部[頭隠して他丸出し編](完結)』
作者:回収屋()

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 ズダンッ――――!!
 デスペアの片足が地を力強く蹴り、陸上選手みたいに跳び出した。
「うッ、うおおおッッッ!?」
 ラヴァーズの脳髄が鋭い戦慄で痺れる。本格的に稼働したデスペアは左右の脚を機敏に使い分け、進攻する先の障害物……人間を次々と薙ぎ払っていく。

 ――グシャッ! ――ドンッ! ――メキッ!

「な、なんて事を……!」
 蒼神博士の目に映る人体の舞い。この狂った戦場から解放されるハズだった人質達が真っ先にターゲットになる。密集し、皆が同じ方向に連なって逃げていれば、当然敵は潰しやすい相手と判断する。四肢を振るわせ、高速で移動するデスペアに衝突し、骨を砕かれ……肉を裂かれ……内臓を飛び散らせる。
「調子に乗るんじゃないよォォォォォォォ――――ッッッ!」
 寄宿舎の瓦礫から引き抜いてきた鉄筋を両手で抱きかかえ、ビオラがデスペアめがけて水平に薙ぎ払う。

 ゴウゥゥゥゥゥ――――ン!!

「はぐぅ――ッ!?」
 デスペアの拳に素早く迎撃され、鉄筋の先の方が緩やかなカーブを描いて曲がってしまう。
「結構ッ、わずかでも動きさえ止まれば――――!」
 ズンッ!!
 デスペアの背後からファゴットが跳躍して襲いかかる。彼は頸部にまとわりつき、ブ厚い手袋をはめた手を首のつけ根と胸部の間にある隙間に突き入れた。
(ほう、考えたな……だがッ)
 高みの見物で余裕なコンダクターが不敵に口元を歪める。
「――――ちッ、油断しやしたッ」
 胸部にある攻性ナノマシンの『巣』を直接破壊しようとしたが、すぐに異変に気づいて手を引き抜いた。
 ボロッ……
 はめていた手袋が化学薬品で焼かれたみたいに破れている。
「今回ナノマシンに入力したコマンドは?金属?だったが、『巣』に物理的な干渉をもたらせば、自己防衛機能が働き、無差別に対象を食らう。気をつけたまえ」
「……死角無しってヤツですかい」
「ああ、やっと理解できたか。無能な元部下の諸君」
 ブオゥンッ!!
 両腕を大きく広げたデスペアが姿勢を低くして回転。
「うごッ!!」
「ぐうッ!!」
 回転に巻き込まれたビオラとファゴットが、小石みたいに弾かれた。力の差は歴然だ。
「ハァハァ…………カハッ……ど、どうやら……ここまでみたいだね……!」
「所詮は近代兵器あっての特殊部隊……生身のオレ達なんぞ……ブペッ…………まさに原始人の他愛無い足掻き……!」
 地面に片膝をつき、呼吸を荒くするビオラ。尻もちをつき、血と唾液が混じったモノを吐き出すファゴット。どちらも全身に裂傷や打撲傷を負い、己の流した血で薄汚れ、満身創痍を絵に描いたような姿だ。
「ひ、ヒドイ……よくもこんな……アナタには人間らしい情が無いのかあッ!?」
 デスペアの進行に巻き込まれ、塵芥のごとく踏みにじられた人質達。重傷を負ってその場から動けなくなった沈丁花のメンバー。血の臭いと土煙りをその身に纏い、相田杜仲は叫んだ。
「小僧、オマエは『卑怯者』だな」
 コンダクターが冷たい目つきで言い放った。
「オレが卑怯者……!?」
 相田が愕然として1歩後退した。
「さっきから世界平和の実現云々を口走っているが、オマエは自分の理想実現のために何かしたのか?」
 コンダクターが毅然とした態度で問う。
「オレは……『ポイント32』の解体作業に従事して、これから世界規模でボランティア活動を実施し――」
「なるほど。第三世界の慢性的な飢餓から人々を救い、核兵器の廃絶を高らかに唱え、環境破壊者共をその拳で殴りつけるワケか。結構。実にもって結構だ」
「何が言いたいんだッ!?」
「理想や予定を語るだけならサルでもできる。オマエはテレビやネット上で理論のみを語り、実行と結果を伴わない愚かな評論家と変わらん」
「バカなッ! そんな連中と一緒にするな。オレは……オレには確立した意志がある! ダレにも干渉されない、どんな力にも左右されない意志が!」
 相田は自分の頭を拳で叩きながら力強く言い切った。
「ほう、ならば聞こう。オマエが言うところの『世界平和』とは一体、何だ? 何をもって平和と定義するのだ? 実現のためには何を必要とするのだ?」
 コンダクターの表情におどけた様子は無い。
「世界平和とはダレもが悲しまず、他人を憎まず、天寿を全うできる幸福な世界! そのためには、先進各国のリーダーが率先して軍縮・軍の解体を行い、世界規模で拡大する環境汚染の歯止めに資金を回し、内紛や戦争で難民となった人々を本格的に支援する機関を設立する……人には他人を思いやる気持ちがダレにだってある。出来ない事は決して無い!」
 相田の熱弁は凄惨たる現場の空気によく響いた。
「素晴らしいッ! 若いのに実に見事な思慮っぷりだッ! 世界中の人間が尽くオマエと同じ思考回路をもっていたならば、あるいは世界平和とやらも実現できたのかもしれん。いや、正しく言えば……?オマエだけの世界平和?だがな」
 コンダクターが意味有り気に口元を歪めた。
「……ッ?」
 相田がまた1歩後退する。
「オマエのような人種が一生かかっても理解できぬ現実を答えよう。?世界は常に平和?なのだ。厳密に言えば、人間社会が著しい崩壊にみまわれず、均衡を維持している状態……これこそが『平和』なのだ」
「な、何を言っている!? 現に世界には貧困にあえぎ、幼い子供達が犯罪に手をそめ、内紛に巻き込まれて罪の無い人々が死んでいる国が幾つもある。そんな国を持つ世界が平和と言えるのか!?」
「我々が口にする『世界』とは大抵の場合『地球』という一個の存在を指す。そして、よくメディアで目にするだろう? <限りある資源を大切にしよう>……と。そう、地球はこの世に一個だけ。デジタルの産物のようにコピーはできん。つまり、我々人類は地球というたった一個のリンゴを切り分け、それをかじって生きている。そこには大きな問題がある。リンゴは増やせない。が、それを食べようとする人類は際限なく増え続けている。ならば、切り分けられ与えられる量に不平等が生じるのは当然。ダレしもがより多くのリンゴを食べたいからな。今の生活水準を下げ、電気もガスも水道も使われない時代に戻すというのなら、確かにリンゴの減るスピードを遅らせられるが、それは同時に『戦争』の発生を助長する」
「フザけるな! 貧困が戦争を生み出すと言うのか!?」
「学校に通った事が無いのか? 人類の歴史を勉強したのなら分かるだろう。人は有史以前から戦いをやめられない生物なのだ。他人より金持ちでありたい、他人より高い地位に就きたい、他人より楽をしたい……そういう煩悩が技術の進歩に繋がり、生活水準を高めていった。よ〜〜く考えてみろ。近所に幾つものコンビニがひしめき合い、賞味期限が切れた弁当が簡単に廃棄される国で戦争は起きるか? 福祉事業が充実し、老後の人生を保障された国で戦争は起きているか?」
「うッ……!」
 相田が更に1歩後退する。
「現実は美談で済まされる程甘くはないのだ。金の無い社会や国に平和は訪れない。そして、貧困と飢餓で苦しむ国と高い生活水準を享受する国……その二種が微妙な均衡をとっている状態を『平和』と呼称し、『戦争』は『平和』を勝ち取るための国家的手段。『平和』と『戦争』は対義語ではないのだよ」
「そんな……それじゃあ、世界中の人々が国境をなくし、ともに幸福には絶対なれない……そう言いたいのか!?」
「?なれない?のではない。?なってはいけない?のだ。均衡が崩壊した人間社会は『偏り』を生み出す。『偏り』は進化の道を阻害し、一方的な破滅をもたらす。地球規模で部分的に生命が淘汰されるのは動物社会然り、人間社会然りだ。世界のドコかでダレかが餓死していく一方で、別のダレかが美酒をあおって飽食の時代を謳歌する。そこで初めて均衡は保たれ、平和は根付く。全ての人間が餓死する世界……あるいは、全ての人間が満ち足りた世界に未来は無い。この世に善悪の区別など存在せんが、オレに言わせれば『偏り』こそ悪だ」
「……くぅ!」
 相田の後退は止まらない。コンダクターの言い分に納得したワケでもないのに、何か自分が気づいていない摂理を諭されたような感覚に陥り、遂には言葉の応酬もできなくなっていた。
「ま、自分の信念に基づき挑戦する姿勢は良いが、必ずしも己が望む結果が伴うとは限らん。オレも同様……一生、傭兵として適当に敵兵をブチ殺し、スポンサーからチョロく稼いでいきたかったが、片目と片脚を失った。つまり、理想や夢……声を大にして語る信念だけではどうにもならんコトが多過ぎるのだよ」
 ピッ――
 コンダクターがコントローラーを操作する。
 ドッ、ドッ、ドッ……
 迫りくる鈍重な足音。
「うぅぅ、あぁぁ……!!」
 相田の目と鼻の先にデスペアの威容が立ち塞がった。
「青年よ。オマエがこのまま肉塊にされて死ねば、オレの今までの言葉は正しいと立証される。だが、あくまで稚拙な世界平和にこだわるというのなら……生き抜いてみせろ」

 フゥゥゥ――――――…………

 血の気が引く音がした。頭の中が軽くなり、足元がおぼつかなくなり、コンダクターの言葉は最後の方が聞こえていなかった。テロメンバーにアサルトライフルで銃殺されそうになった時は、果敢に死を覚悟して自分の信念とともに身を投げ出したというのに……今の相田は違った。固く信じてやまなかった己の意志と世界との繋がり。その根本を干渉され、抉られ、けなされた。
(オレは間違ってなんか……間違って……なんか……)
 相田の意識の糸が――――――――――――プッ
 切れた。
 グオッ!
 振り上げられるデスペアの拳。確かにその凶器は相田の視界に入っていたが、彼に反応は無く、次の瞬間、自分がどうなっているか考えるコトも無く、その凶器は機械的に振り下ろされ――
 グンッ――!!
 相田の体が後ろへ急に引っ張られて軽く海老反り、鼻先をデスペアの拳がかすめた。
「何を呆けとンねんッ、ドアホがあああああああああ――――――ッッッ!!」
 相田の腰のベルトを掴んだままで、ハープが喚いた。

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