小説『考えろよ。・第2部[頭隠して他丸出し編](完結)』
作者:回収屋()

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[場末の秘密工作とフィクサーの実力]

 街は連日のクリスマスソングと煌びやかなネオンに包まれ、道行く人々はその雰囲気を享受しながらプレゼントの準備に忙しい。巨大な街頭モニターからは、相変わらずテロ事件の模様が生放送されているが、一般大衆は直接的被害を受けない限り特に反応したりしない。それこそが群衆の特性であり、その特性故に今、彼等のすぐ近くで発生している『不確定要素』にも気がつかない。

 ザッザッザッ――――

 大通りから少し離れた狭くて寂れた商店街を、一列になった集団が駆け抜けていく。すっかり酔っ払ったスーツのオヤジ共や、やたら子供が喚く核家族達の隙間を縫うようにして、その集団――防弾ジャケットを纏い、セミオートのショットガンで武装した一個中隊が、薄闇に身を潜めた野良猫みたいに走っている。顔面を真っ黒にペイントした集団が、ダレ一人として一言も発することなく、通行人の視線を避けるようにして脇道の陰に隠れ、目的地めがけて突き進んでいるのだ。
「おいおいッ、何だ……!?」
「何かしらねえ? 警察呼んだ方がいいんじゃない?」
 この行軍に気付いた店舗の店主や通行人が、ただならぬ状況を察知して近くの人間と言葉を交わすが、所詮は他人同士……他人が何か行動するまで自分は決して動こうとはしない。つまり、静かなる一個中隊は何の支障もなく進んでいく。やがて――
「こちら『チーム・Ω』、目標まで1ブロックの地点に到着」
 部隊の先頭に立つリーダーと思しき男が通信機を手に取り、報告を入れた。現在、彼等は繁華街の隅っこに位置する、こぢんまりとした中華レストランを少し離れた所から眺めていた。外壁や店の名前が描かれた大きな看板は薄汚れ、回収されずに残った生ゴミが辺りに散乱している。時々、周辺から酔っ払いの喚き声やチンピラ共の怒声が聞こえてきて、治安はあまり良さそうにない。
<了解、Ω。衛星で確認した。ターゲットは地下の調理場に潜んでいると思われる。北と南の出入り口を塞いだ後、突入して素早く身柄を拘束しろ>
 通信機から杜若室長の声が返ってくる。
「室長、今回の作戦……我々はターゲットに関し詳細な情報を頂いていないのですが、法律的には合法と考えてよいのでしょうか?」
 チームリーダーが声を小さくして問う。
<問題は無い。先方の素性は内務庁で裏をとっている。我が国でテロ集団と違法な関わりを持ち、違法な行為を間接的に指示した。オマエに渡した逮捕令状に不備は無い>
「あくまで目的は拘束。戦闘は極力避けろと聞いていますが」
<そうだ。ターゲットは国際的に微妙な立場にある。万が一、我が国の領土内で命を落とすような事になると、水面下での外交に問題が生じかねん。必ず生け捕れ>
「敵が武装していた場合の発砲は?」
 チームリーダーが厳然とした声で聞く。
<改めて言うが、生け捕りが大前提の作戦だ。発砲は最終手段……撃つ場合は脚を狙って撃て>
「……了解しました。これより作戦に移ります」
 リーダーはやはり納得できない表情で通信を切り、後ろに控える部下達に手で合図を送る。

 ザザッ、ザッ――

 彼等は昼間の?隠れ家襲撃?の一件で数人の負傷者を出したため、急遽、軍部から都市部強襲に特化した特殊部隊要員を借り、部隊を再編していた。付け焼き刃な再編ではあったが、結果として人数が増え、部隊としての制圧能力は上がっている。それだけ今回の作戦に内務庁が力を入れているということだ。普段なら、最高責任者である錦木庁長が軍部の人間を使う事を許可することはないからだ。
 ザワザワ、ザワザワ……!
 近辺をウロついていた酔っ払いやホームレス達が、明らかな騒動の兆しを感じ取って色めき立つ。チームから二名が北側の裏口に回り、本隊は正面入り口の前に堂々と移動し、老朽化の激しい雑居ビルを仰ぎ見た。制圧対象はビル一階のレストランと地下の調理場……クリスマスイヴの夜、この国の状勢を左右する作戦が実行に移された。

 ────────────ドンッ!!

「内務庁特別捜査班だッ! 全員そこから動くんじゃないッ!」
 荒々しくドアを全開し、チームリーダーが店内中に響く大声で警告した。
 ザワザワッ! ザワザワッ!
 いきなりの突入に、店内で普通に食事を楽しんでいた客達は目を丸くし、何事かとキョロキョロしている。
「申し訳ないが静粛に願おうッ! この店に国家の安全に関わる人物が潜伏しているとの情報が入り、今より強制捜査を始めさせてもらうッ!」
 そう言ってリーダーは正面入り口にも二名残し、先頭に立ってズカズカと奥へと進む。
「ちょ、ちょっと一体……何事だい!?」
 店主と思われるコックのオヤジが現れ、前に立ち塞がった。
「捜査令状だッ! そこをどいてもらおうッ!」
 リーダーは店主に令状を突き出しつつ、肩をつかんで強引にどかしてしまう。そして、店主の背後に現れた地下へと続く階段を発見。
「銃器の安全装置を確認、発砲は極力控えろッ! 下へ向かうぞッ!」

 ダッダッダッダッ――

 螺旋階段を駆け足で下りて行くと、食用油が熱せられる香ばしい匂いが漂い、数人の料理人が手際の良い音をたてていた。
「作業を直ちに中止せよッ! これより地下一帯の強制捜査を行うッ!」
 ショットガンを抱えた顔面真っ黒な集団が突如出現し、コックの皆さんは言葉を失って呆け顔で立ち尽くす。
「室長、地下の調理場まで到着。これより捜索を開始します」
<了解、Ω。各員の小型カメラをオンにしろ>
 言われてリーダーが、部下達にカメラの操作を手振りで指示する。これにより、リアルタイムの映像が内務庁に送信される。
<よし、感動良好。速やかにターゲットを……!>
 室長の言葉が急に途切れた。何故なら、リーダーの小型カメラが既にその?ターゲット?をとらえていたから。
「何事だね? 神聖な調理場で暴れるなど……恥を知りたまえよ」
 調理場の隅の方で簡易テーブルに料理を並べ、折りたたみ式の椅子に腰かけて食事中の人物が一人居た。その男はレンゲで炒飯をすくいながら、こっちを睨みつけている。
「……ッ、室長、発見しました」
 リーダーが小声で呟く。
<ああ、こちらも映像で確認した。間違いない……アノ男が『立案者(プランナー)』だ>
 なんともあっけなく発見された。しかし、妙だ。今更だがこの男……テロ事件の黒幕というのなら、どうしてわざわざこの国に入国している? 外国から指示を出せばずっと安全に事を進められるのに。
「我々は内務庁特別捜査班だ。我が国において違法な武力行為に加担した容疑、及び人員の斡旋と兵器・資金の援助をした容疑により、オマエを拘束した後、強制送還する」
 リーダーを中心に相手の男を取り囲むようにして、物々しい屈強な男共が立ち並ぶ。

 グビグビグビッ――

「……げふッ。おっと、これは失礼。夕飯の途中でね。食べ終わるまで少し待ってもらえるかな?」
 立案者(プランナー)はペットボトルの炭酸水を飲みながら、澄ました声でそう言った。
「我々はガキのつかいではない……さあ、立てッ!」
 激昂するリーダーが装備したショットガンの銃口で威嚇しつつ、怒声を浴びせる。
「フザけてはいないさ。いつだって私は真面目に仕事をし、生活し、遊んでいる。だから、日々の食事も栄養とバランスを考えて摂っている。さて、肉野菜炒めはまだかな?」
 男は全く平常心を崩すことなく言い返し、調理場でまだ料理をしているコックを呼んだ。
「おい、オマエ! 手を止めろ! 捜査中だ、従業員は全員上へ――」
 部隊のメンバーの一人が近づいて、中華鍋を激しく振っているコックの肩を掴む。コックはハッとして調理する手を止めると、被っていたバンダナ帽を脱ぎ、肩を掴む部隊員に何か小声でボソボソと囁き始めた。
(…………何だ?)
 リーダーが目を細めて訝る。その直後――
 ガシャッ!
「なッ――――!?」
 乾いた金属音がして、捜査班に対しショットガンの銃口が向けられた。次の瞬間――

 ドオオオォォォォォ――――――────────ッッッン!!

 発砲。
「うおッ!?」
「があッ!?」
 12番ゲージが火を吹き、密集していた部隊員達にその攻撃力を放った。
(くッ……!?)
 コックに話しかけた隊員の異常をいち早く察知したリーダーは、物陰に隠れて回避したが、他の隊員達は伏せるヒマすらなく餌食となる。防弾スーツを着用してはいるが、カナリの至近距離だったため重傷。しばらくは激痛で動けそうにない。
(バカなッ……内通者でも紛れこんでいたのか!?)
 隊員は何の警告もせず発砲してきた。まるで、呼吸をするかのごとく自然にだ。
「おいおい、勘弁しろよ。食事中に他人の血は見たくない」
「んふッ★ 申し訳ありませ〜〜ん」
「で、肉野菜の炒め物はまだかね?」
「はいは〜〜い、もうちょい御待ちを」
 立案者(プランナー)とコックは何事も無かったかのように会話し、床の上で苦悶する数人の部隊員を無視している。コックの男は中華鍋を振るいながら、発砲した隊員を呼びつけると、また耳元で何か小声で囁きだした。
 コクッ……
 隊員は何も言わず首を縦に振って螺旋階段を上っていく。そして……

 ドオオオォォォォォ――――――────────ッッッン!!

 またしても発砲。
「うッ、うわああああああああああッッッ!!」
「ななッ、何だあああッ!?」
 上の店内から客達の慌てふためく声が聞こえてきた。
「さて、?特別なんちゃら?のリーダー殿。どうしたものかな?」
 立案者(プランナー)は相変わらずの澄まし顔で、できたての肉野菜炒めを箸でつつく。
「き、貴様ッ……こんな事をしてタダで済むと思ってるのかッ!?」
 物陰からショットガンを構えて大声をあげる。
「私は御覧の通り何もしてないぞ。ただ、中華料理屋で食事しているだけだ。君達に向けて発砲したのは、そちらのメンバーだと思うのだがね」
 そう言って彼はわずかに口元を歪めてバカにするように微笑んだ。
「……何をした? うちの隊員に何をしたんだッ!?」
 明らかに不審なコックと立案者(プランナー)へ交互に銃口を向けながら、ゆっくりと近づく。
「何をしたかって? んふッ★ そ〜〜だよね〜〜、どう説明すれば分かりやすいかな? ああ、そうだ!」
 コックはリーダーにその顔を向け、しっかりと凝視する。男は30代半ばくらいで、白髪のショートヘアにはカブト虫を模した大きなブローチを付けている。そして、凝視してくるその目はとても大きな三白眼で、相手の心底を抉ってきそうな威圧感をこめていた。
 クイッ――
 コックは左手をスッと差し出し、人差し指をクルクルと回しだした。
「明日の仕込みを手伝ってもらおっかな〜〜。じゃあ、そこにある中華包丁をしっかり握ってくださいね」
 コックがそう指示する。三白眼から発せられる不吉な眼光と、百戦錬磨の軍人の眼力がぶつかり合うが、勝負はすぐについてしまった。
 グッ……
(な、なにッ……!?)
 リーダーの意志に反し、彼の右手は目の前の調理台に置かれていたデカイ包丁を掴んでいた。
「ささ、どうぞ」
 コックが新しい中華鍋をリーダーの前に差し出す。
「くッ……どうなっている!?」
 体の自由が利かない。脳が別の生物に変化したみたいに、コックの命令に素直に従ってしまう。
「彼の『声』は特別製だ。現状、君はいわゆる『アイソレーション・タンク』にブチこまれたのさ。人間が浮かぶ程度の比重を持つ液体が満ちたタンクの中、視覚・聴覚・温覚を完全に、更には重力により発生する上下感覚までも遮断されているんだよ」
 肉野菜炒めを味わいながら立案者(プランナー)が淡々と述べた。
「さて、元気良く切り落としてみよっか。明日は【勇敢な男の頭部唐揚げ】を客に出せるよね〜〜、んふッ★」
 ググッ……
 包丁の刃が首のつけ根に当たる。リーダーは恐怖で顔面の筋肉を振るわせ、噴き出す汗が包丁を濡らした。
<よ、よせッ! 待つんだッ!>
 リーダーの腰につけていた通信機から室長の慌てる声が聞こえてきた。
「ふむ……ようやく役人の御登場だ。この国の公僕は危機感が薄くて困る。平和ボケは国を滅ぼす一番の毒だね」
 立案者(プランナー)は口元を紙ナプキンで拭きながら、すぐ近くに倒れている隊員の小型カメラに顔を近づけた。
<何故だ……どうして『ポイント32』を占拠したんだ?>
 通信機から杜若室長の落胆ぶりがうかがえる声が届く。
「何故? 愚問だな、公僕くん。私の居所をこうも迅速に突き止めた手腕は認めるが、やはり君等は……世の中のどうしようもない仕組みをいまいち理解できていない」
<何の事だ?>
「私は『戦争屋』だ。戦争をしたい国に武器を売り、戦争をふっかけられた側にも同時に売る。西も東も関係なく、大義名分にも左右されず、金さえ頂ければ売り続ける。その内、私は世界を?二色?で塗り分けて考えるようになった。つまり、『白』か『黒』か」
<平和を維持する我が国の姿勢が『白』、戦争の火種を作り、オマエ等のような死の商人から兵器を買い取る国が『黒』……そう言いたいのか?>
「正解だ。よし、御褒美にこの無粋なオモチャの兵隊共は生かして返そう。後で勝手に拾っておいてくれ。では」
<お、おいッ、ちょっと待ッ――>
 バキャッ!
 リーダーが通信機を包丁の柄で叩き割った。
「さて、今回の『CM』はここまでだ。この国の政府には充分に伝わったハズ。この国はこれから変わっていかねばならん。で、私は変わりゆく経済大国が吐き出す、人の血でできた蜜を美味しく頂こう」
 立案者(プランナー)は気分の良さそうな面持ちで、手に持っていた炭酸水を一気に飲み干した。その時。
 ピピッ、ピピッ、ピピッ――
 簡易テーブルの上に乗せていた衛星電話が鳴った。
「何だ?」
<『デスペア』の起動を確認。入力コードはコンダクターのモノです>
 いつもの女の声が届く。
「予定より随分と早いな」
 彼は腕時計で時間を確かめながら怪訝な顔をする。
<『ポイント32』の破壊ではありません。ヤツは対人シーケンスに設定を変更しています>
「ちッ、アノ男……やはり血迷ったか」
<相手はおそらくダリア准将配下の特殊部隊と、かつてPFRSに配属されていたSPが数人。そして、200名に及ぶ一般人。理論値から察するに『デスペア』が敗北する要因はありませんが>
「そんな事は問題ではない。今回のテロ事件で他国の監視衛星がいくつも注目しているさなかだぞ。私の?商品?が勝手に人の目にさらされ、どこぞの軍部に解析なんかされてみろ……本業に多大な支障をきたしかねん」
<了解です。では、今すぐコンダクターのキル・スイッチを――>
「……いや、待て。もしかすると良いCMになるかもしれん。ヤツの好きにやらせろ」
<し、しかし……>
「構造解析に成功したとしても、デスペアを一から造るための素材は容易には開発できん。所詮は大事の前の小事。先進各国への特別サービスだ。覗きたい連中には覗かせておけ」
 彼は毅然とした様子でそう言い切った。
<承知しました。あと……別件ですが、マイクロ・ブラックボックスの音声ファイルが修復できました>
「で、中身は?」
<『サン』と『ムーン』が惨殺死体になるまでの過程が記録されていました>
「使える情報は?」
<サンとムーンを殺害した者……一人は『アカネ』と呼ばれ、もう一人は『サキ』と呼ばれていました。しかも、この連中はサンとムーンを『異化作用者(ランク?)』と呼んでいました。これは、つまり……>
「面倒だな……『エリジアムの元住人』か」
 立案者(プランナー)はあからさまにイヤな顔をする。衛星電話を切り、空になったペットボトルを身動きできず立ち尽くしているリーダーに投げつけた。
 ポコンッ……
 頭に命中してマヌケな音がする。
「氷上、さっきの名前……聞き覚えは?」
 中華鍋を洗剤で洗っているコックに問う。
「いやァ〜〜、厄介なのが出てきちゃいましたよね〜〜。エリジアムの関係者で『アカネ』といえば、おそらく『柏木沙羅(かしわぎ しゃら)』の一人娘のコトかと」
 『氷上(ひかみ)』と呼ばれたコックの男はエプロンを脱ぎながら、何故か自嘲気味に笑った。
「柏木沙羅……確か、2年半前に起きた掃討作戦に対し、決起した住人達の頭領を務めたと記憶するが」
「ええ、その通りで。で、沙羅がエリジアムでもうけたのが柏木茜」
「なるほど。ダリア准将が半端な仕事をしてくれたおかげで、私がいらぬ不確定要素に煩わされるワケか。で、ヤバイ女か?」
「エリジアムの住人の中からダリア准将が直に選別した六名……特に危険で社会的な制御が困難なゲノムを有した『称号者』の一人ですよね〜〜。彼女は生身でありながら、生まれつき視力が8.5もありまして、動体視力・瞬間視・眼球運動・周辺視野・眼と手の協応動作……その全てが通常人類の平均値を大幅に、んふッ★ 超えてまして〜〜」
「掃討作戦のどさくさに紛れ、『称号者』は六名全員が逃亡に成功したという噂は耳にしていたが……厄介だな。ところで、『サキ』というのは?」
「んん〜〜……残念ながら、聞き覚えはありませんよね〜〜。まあ、アソコには500人くらい収容されてましたから、その内の一人とは思いますけど」
 氷上は特に気にとめることもなく言った。
「まあ、いい。とにかく今夜は御開きだ。後続部隊が攻めてくる前に移動する」
 24日・深夜――立案者(プランナー)とそのボディガード・氷上は内務庁の秘密工作を回避し、闇と雑踏の中に消えて行った。

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