小説『考えろよ。・第2部[頭隠して他丸出し編](完結)』
作者:回収屋()

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[解決に限りなく近い何かと淀む聖夜]

「んん〜〜〜〜〜〜〜〜、ん? 君は…………ダレだい?」
 目を細めた氷上が小さく首を傾げた。
(『サキ』? やはり聞き覚えはないし、こんな顔に見覚えはない……)
 だが、自分と同じ『元住人』である柏木茜と同行しているということは、エリジアムと何だかの関係があるハズなのだが。
「……ま、いいっかあ〜〜♪」
 彼は細かい事象は無視し、パチンッと指を鳴らして茜のもとに駆け寄ると、彼女の耳元に口を近づけた。
「あのトナカイはもう役に立たないよ〜〜、んふッ★ 飼い主の手で屠殺しちゃいなよ〜〜」
 不吉な命令が囁かれた。
「うッ……くぅ!」
 氷上の声が持つ魔力は尋常ではなかった。茜の麻痺した脳に天空の神が念を送りつけてきたかのように、動かなかった四肢がぎこちなく上下し始めた。今、茜の脳内では、手にした自動小銃(オートマチック)でトナカイを銃殺する映像が何度も反芻されていて、現実か幻か……それを判断する意識までもが朦朧としている。
(ああ……いいよッ、その切ない瞳と苦悶に満ちた表情ッ!)
 氷上はすっかり自分の趣味の世界に浸かっていた。
「さあッ、トナカイくんはもっと近くにッ!」
 トントントンッ
 今度は軽く足を踏み鳴らして咲を呼んだ。
「おッ、おにょれッ……!」
 彼女もまた見えない糸で引っ張られたように歩み寄って来る。その表情はあからさまに悔しがってはいるが、どうにもならない。
「さて、これでよし。では、まず……そうだねぇ〜〜、速攻で頭をブチ抜いちゃってよ」
 と、アゴに手を添えながら余裕の様子で呟く。
(お元気ですか?)
(はい、元気で殺ってますぅ♪)
 咲と茜の間で交わされる一瞬のアイコンタクト。その直後──

 ────パシュッ!!

 発砲。
 ドサッ……
 床におびただしい量の血と頭蓋の中身をブチまけ、咲の肉体が崩れ落ちた。
「まずは一人ぃ〜〜♪」
 汐華咲は絶命した。彼女は9パラで側頭部を超至近距離から撃たれ、自らの脳漿と血液の入り混じった水溜りに顔をうずめて動かなくなった。
「不確定要素の削除は確認しました。さて、後は柏木茜(クイーン)……アナタだけ。こうやって他の『称号者』も次々と────んふッ★」
 氷上は茜から自動小銃(オートマチック)をいとも容易く奪い取り、その銃口を彼女のポッテリとした唇に押し当てた。
 グイッ……
 銃口を茜の口の中に無理矢理押し込む。その表情はとてもサディスティックで、とても愉快そうで、とっても狂っていた。
「何か言い遺すコトは〜〜?」

 ──────── グウぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜 ────────

(――――――――――――え?)
 銃口で口を塞がれた茜からは返事は無い。その代わり、彼のすぐ近く……足元から何かが不意に聞こえた。

 ──────── グウぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜 ────────

 まただ。コレは…………腹の音?
「ん?」
 一度の瞬き。氷上の体感としておそらくはコンマ1秒あったかなかったか。が、その刹那、彼の視界に――

 ――── 咲が立っていた 咲が立っていた 咲が立っていた 咲が立っていた 咲が立っていた 咲が立っていた サキガタッテイタ ――──

 彼女は片方の頬を歪め、さりげなく北叟笑んでい――

 グシュゥゥゥゥゥ……!!

(あ、ああ……アレレ……?)
 呆然と立ち尽くしていた氷上の足元から、ビチャビチャと気持ちの悪い音がする。同時に全身からフゥッと力が抜けていく。

 グッチャグッチャ……グッチャグッチャ……

 咲が両目をつぶって何かを咀嚼している。しかも、頭部の銃創からは乳白色の物体が垂れ下がったままだ。
 ドッ……
 氷上が両膝を落として崩れた。自分の膝を自分の体から流れ出した生温かい血溜りに浸し、ソッと首筋を手で触れた。
(アハっ、アハハハハ…………首の肉が無いじゃん)
 ────ドサッ
 己の絶望的な状態を理解し、氷上は両手を大きく広げて仰向けに倒れた。
 ゴクッ――
 咲が喉を鳴らして『肉』を飲み込んだ。同時に、両目を開いて倒れた氷上を冷たい目つきで見下ろす。
「……ったくよぉ〜〜、いくら?リセット?できたとはいえ、テメーの頭をブチ抜かれるのは気分悪いよなぁ〜〜。やたらと腹も減るしね」
 自分の身に降りかかった死因を無視するかのように、咲は腹を手で撫でながら不満そうな声を漏らす。
(と、とんでもないですねぇ〜〜……三半規管と脳の破壊で幻覚から逃げるとは……んふッ★ とんでもないですよ〜〜……)
 少しずつ薄れゆく意識の中で氷上は咲の方に視線をやった。
「ぺッ、ああ……マズぅ」
 咲は氷上の血で汚れた口元を拭いながら、食べた相手のすぐ傍でしゃがみこんだ。
「さて、何か言い遺すコトは?」
 彼女は瀕死の氷上に慈しむような声で囁いた。
(…………)
 任務に失敗した上、人生が終了しようとしている。聞きたい事は山程あったが、消えかけている意識を最早保てそうにない。だから、彼は一番に核心を突けそうな質問をした。
「……ひ、氷上は……君を知らない……。君は『エリジアム』の……何だい?」
「何でもありはしない。あたしは『エリジアム』とは何の関係もありはしない」
 冷淡な声。訪れる────沈黙。
「そ、そうなんだ……けどね、柏木茜(クイーン)と……ハァハァ…………柏木茜(クイーン)と一緒にいる限り、必然的に……ゼェゼェ…………『称号者』は君等を狙うよ〜〜……んふッ★」
 氷上は死を迎える臭いを纏いつつ、意味有り気に鼻で笑った。そして、静かに……あまりにも静かにゆっくりと息を引き取っ――――――――――た。
「ふんッ。よしなに」
 咲は不敵に鼻で笑い返した。
「それはそうと、咲チャ〜〜ン……こっちはどうするぅ?」
 少し困った様子で茜が呼びかけてくる。
「ま、別にあたし等が確保したところでどーにかできたワケでもないけど、得体の知れん輩に先を越されたのは気持ち悪いねえ」
 咲が茜と共にシェルターの中へと踏み込む。

 ポワアアアァァァァァァァァァァァァァ――――――

 闇の広がる巨大な空間の所々に淡い灯が次々と生まれ、全体を囲む金属壁と、ひしめき合う循環装置や制御盤を映し出した。そして、空間の中央には小学校のプール程の大きさがある巨大水槽が佇み、ゲル状の透明の物体が満ちている。
「あ、咲チャン。監視モニターがまだ生きてるみたい」
 そう言って茜がコンソールを操作すると、手近のモニターに数時間前の映像が映し出された。
「こんにゃろめッ、あたし等が地上でデク人形の相手してる間にか」
 モニターには防護服を着た連中が数人と、テロメンバーの一人と思しき仮面の男が映っていた。彼等は巨大な水槽の中から一体の『人間』を引き上げ、台車に乗せた小型の水槽に移し替えている。
「……パパ」
 目を細めた茜がポツリと呟いた。その声にはわずかに悲哀のようなモノが滲んでいた。
「しゃあない、行くか」
「うん、今回は諦めるよ」
 二人は静かに溜息をつき、踵を返した。シェルターを後にして長い廊下を歩き出したその時……
 ガコォォォォォ――――――――
 突き当たりのエレベーターの扉が開き、中には一人の青年が。
「…………」
 彼は無言のまま二人に歩み寄る。そして、彼女達のすぐ近くで倒れ絶命している二人のテロメンバーと、首根っこを抉られて果てた一人の見知らぬ男性を発見する。
「咲さん、茜さん……アナタ達は何をしようとしているんですか?」
 青年――蒼神博士は凄惨な現場に立ち、少し両脚が震えていた。トナカイやサンタのコスプレしたフザケた未成年が、何食わぬ顔して立っていられる状況ではない。つまり、現場の異常性と同じレベル……もしくはそれ以上のレベルを持った二人の少女ということ。そんな二人の一連の行動。蒼神博士のような科学者でなくとも興味は湧く。
「博士、ゴメン。あたし達……もう行くね」
 咲はペロッと舌を出しておどけてみせたが、彼女は常人には計り知れない?世界の仕組み?に抵抗している──そんな気がした。地上での理不尽な戦闘然り、この地下に漂う死臭と見慣れぬ設備然りだ。
 スッ――
 咲と茜は街の歩道ですれ違うただの通行人のごとく、彼の脇を通り過ぎる。
「今回こそボクは自分の意志を……正義を貫けた! その上でボクはこうして生きています。コレこそが?運命を切り拓く?という事ですよね!?」
 蒼神博士は二人の背中に向かって懇願するかのように問う。
「ううん、違うよ。無限に存在してる結果の一つがたまたま該当しただけ。その結果を自分の力で手に入れた運命と感じるのは、ソレが本人にとって口当たりの良い満足できる現実だったからに過ぎない。要は単なる?好き嫌い?……本人が望まぬ結果が用意されれば、<そんなのは運命じゃない!>と抵抗し、あたかも自分の意志が勧善懲悪を成したかのような錯覚を覚えた時、人は<運命を切り拓いた!>と勘違いするんだよね」
「うッ……!」
 咲は博士に背中を向けたまま淡々と回答した。博士は心根にあったモヤモヤを鋭く抉られたような気がして、何も言い返せなかった。彼の表情に陰が落ち、顔が少し俯き加減になったその瞬間――
 ダダッ!!
 いきなり方向転換した咲がトナカイの衣装のまま跳びかかってきて、賢者モードに入りかけていた博士に四肢を絡めるようにして抱きついた。

「ええッ、ちょッ……!?」
「いっただっきまあァァァァァァァァァ――――ッす!!」
 ぶっチュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ〜〜〜〜〜〜★★★

 ♪ラン、ランララランランラン、ラン、ランラララン〜〜♪ (このシーンは作者が不適切な描写と判断したため、自主規制しました)♪ランラン、ランララランランラン、ララララランランラ〜〜♪ (実際の行為は法律に抵触する恐れがあります)♪ランランランラン、ララ〜〜ララ〜〜、ランランランラン、ララ〜〜〜ララ〜〜♪ (しばらく御待ちください)

 ―――――――――――――――― 事後 ――――――――――――――――

「ふぅ〜〜、御・馳・走・様でした〜〜♪」
 口元のヨダレを拭いながら頬をピンクに染める咲。
「お、犯された……(泣)」
 彼女のすぐ傍で顔中をキスマークだらけにした蒼神博士が倒れてる。
「んん〜〜、良い画が撮れたよォ」
 例によって茜はハンディーカムで撮影中。
 ガコォォォォォ――――――――
 エレベーターの扉が開く。
「なッ……なななッ!? ちょッ、アンタ達何やってんのよッ!?」
 自動小銃(オートマチック)を構えたエンプレスが現れて、素っ頓狂な声でツッコんだ。
「むッ、こりゃイカン! 現行犯で逮捕などされては尻ソムリエの名がすたるッ!」
 そんな職業はありません。
 ダダダッッッ!!
 同時に駆け出す咲と茜。逆レイプされたような蒼神博士の状態に気を取られ、エンプレスは二人とも取り逃がしてしまう。
「んじゃッ、博士ぇぇぇ! あたし達まだやんなきゃいけないコトがあるからさッ。また会えたら続きしようねぇぇぇ〜〜!」
 何の続きかはあまり考えたくはないが、咲は満面の笑顔を浮かべて手を振った。
「ギャラは例によって郵便振り込みでお願いしまぁ〜〜す☆」
 茜もまた爽やかに報酬を要求して手を振った。
 ガコンッ……
 エレベーターが二人の『不確定要素』を乗せ、上昇して行った。
「……行っちゃいましたね」
 蒼神博士が少し寂しそうに呟く。
「悔しいですが、またしても連中が全てを制圧しました。PFRSの件然り、今回のテロ事件然り」
 エンプレスは自動小銃(オートマチック)をホルスターに納めると、腕組みをして軽く溜息をついた。
「我々はどうしましょうか?」
 テロ勢力は完全に無力化された。が、事が綺麗に解決しきったワケではない。
「まずは、この地下施設に政府の調査が入るハズです。その際にアドバイザーとして採用される方向なら御の字。運が悪ければ、柏木沙那を誘拐して政府の作戦を著しく混乱させた罪で懲役……でしょうね」
 エンプレスは額のバンダナを外し、廊下の壁にはしっている何本もの循環パイプの一つにくくりつけた。
「何を……?」
 博士が小さく首を傾げる。
「一応、物的証拠を残しておくんです。我々がこの場所に実際にやって来たという」
 正直なところ、現状の政府は泥をかぶる者を必要としているだろう。国内世論に対しても対外的にも、人々の憎しみや怒りや鬱憤を一身に受ける人身御供を一般メディアにさらさなければならない。テロメンバーが全滅してしまった今、蒼神博士とその関係者達こそが人身御供のトップにあげられる。
「ダレの目から見ても正しい事をしたハズなんですが……人生っていつまでも考えさせられるんですね」
 蒼神はそう言って立ち上がり、スッと手を差し出した。
「え? あの……博士?」
 少々戸惑うエンプレス。
「さあ、帰りましょう。ボク等には帰るべき家も、待ってくれてる仲間もいます」
 彼は変わった。死地に身を置き、何かが成長していた。
「ふふッ、そうですね。ええ、帰りましょう」
 彼女は気づいた。守るべき相手が、ただ守られるだけではなくなった事実に。そして、差し出されたその手をギュッと握り返した。

 ゴオゥゥゥゥゥゥゥ―――――――――――ン……
 上昇していくエレベーターの中。どっかのスーパーみたいに、とても緩やかで小音量のBGMが流れてて――
「……………………(汗)」
「……………………(汗)」
 咲と茜は両手を前で重ねて、何だかものすごく居心地が悪そうに立っていた。何故なら、彼女達の真後ろに吉田さんが突っ立ってるから。いつの間にかは全く分からんが、現に無言で直立してて、更にどういうワケだか……全裸。目出し帽のみ被ってて、その他全て丸出し。
「あ、あの〜〜……何階ですか?」
「…………」
 咲が申し訳なさそうに聞いたが、このエレベーターは地上と地下をつなぐ直通のため、途中で降りたりはできない。で、吉田さんから返答は無い。

 ―――――――――― ヤベぇよ、コイツ……早くなんとかしないと ――――――――――

 チ〜〜〜〜ン♪
 地上へ到着。咲と茜の両名は軽く会釈しながら降りる。で、少し距離をとった所で後ろをチラッと振り返ってみると、吉田さんはまだエレベーターの中に立っていて、何気なく自分の下半身に視線をやった。

「あ…………………………………………………………………………靴履くの忘れてた」
「そこじゃねえええええええええええええええええええ――――――――ッッッ!!」

 咲の雄叫びが聖夜の星空へと木霊した。  

(完)
                  
―――――――――――――― <CAST> ――――――――――――――

             【声の出演(作者の脳内補正)】
             ●汐華咲・・・・・・・・<平野綾>

             ●柏木茜・・・・・・・・<釘宮理恵>

             ●蒼神槐・・・・・・・・<浪川大輔>

             ●エンプレス・・・・・・<緒方恵美>

             ●ダリア准将・・・・・・<三石琴乃>

             ●立案者・・・・・・・・<大塚明夫>

             ●コンダクター・・・・・<若本規夫>

             ●仲介人・・・・・・・・<桑島法子>

             ●相田杜仲・・・・・・・<上田祐司>

             ●ハープ・・・・・・・・<林原めぐみ>

             ●コントラ・・・・・・・<高山みなみ>

             ●ファゴット・・・・・・<山寺宏一>

             ●ビオラ・・・・・・・・<高野麗>

             ●ホルン・・・・・・・・<飛田展男>

             ●氷上御形・・・・・・・<石田彰>

             ●柏木沙那・・・・・・・<大谷育江>

             ●杜若室長・・・・・・・<松本保典>
 
             ●錦木庁長・・・・・・・<青野武>

             ●芙蓉大臣・・・・・・・<折笠愛>

             ●スター・・・・・・・・<西原久美子>

             ●デビル・・・・・・・・<伊倉一恵>

             ●ラヴァーズ・・・・・・<優希比呂>

             ●ハイエロファント・・・<宮村優子>

             ●吉田さん・・・・・・・<???>

             【監督】・・・・・・・・回収屋

             【脚本】・・・・・・・・回収屋

             【演出】・・・・・・・・回収屋

             【原案】・・・・・・・・回収屋

             【提供】・・・・・・・・この作品を読んでくださった皆様

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「回収は?」
 立案者(プランナー)が衛星電話で問う。彼は今、24時間営業の大型量販店に居た。深夜と早朝の間の時間……客はさすがに殆どいない。目の前には値引きされるのを待つ、クリスマスプレゼント用のオモチャが並んでいる。
<恙無く>
 無線から例の女の声で奪取の成功が伝えられる。
「氷上はどうした? 連絡がつながらん」
<申し訳ありません。こちらもまだ確認できていません>
「……潰されたか」
 彼は神妙な面持ちで組み立て式ブロックのオモチャを手に取り、ボソっと呟いた。
<可能性としては。コンダクターの言動から『柏木茜』が現場に現れたと推測されますし、同行している『汐華咲』という人物の詳細も未だに不明ですので>
 女の声から明らかにその慎重さがうかがえる。
「……まあ、いい。今回は充分な成果を得られた。後はゆっくりと聖夜の名残を楽しむとしよう」
 そう言って彼は口元に軽く笑みを浮かべ、電話を切った。

 コッコッコッコッ――

 足音がする。少し冷たい感じの凜とした足音が聞こえてきた。
 コッ……
 足音は立案者(プランナー)の真横で止まり、その人物もオモチャを手にとった。女性だ。やたらと派手で高級そうな毛皮を身に纏い、ワインレッドのピンヒールを履いている。
「さて、期せずして実戦データが記録できたワケだが。?量産体制?の構築には役立ったかね?」
 立案者(プランナー)は隣に立つ女性には顔を向けず、独り言のように問う。
「ええ、申し分ありません。素敵なプレゼントでしたわ」
 毛皮の女は房状の後れ髪を揺らし、床につきそうなくらい長い髪を振り乱した。
「……楽しそうだな」
「当然です。伝説のハッカーが自らの肉体を使って創り出した、世界で一台だけの有機PC。 全地球的情報システム (GIS )を一人占めし、世界各国のネットワークを管轄できる……まさに神の所業」
 女はフォックスタイプの赤縁メガネを中指でクイっと押し上げ、小さく興奮していた。彼女には顔面の右半分から首にかけて痛々しい火傷の痕があった。ソレは放射線熱傷独特の火傷痕で、皮膚がグロテスクにただれている。
「で、量産機の御披露目はいつ頃になるのかね……『アンスリューム博士』?」
 立案者(プランナー)が女を睥睨する。
「来年の春までには必ず」
 その女――アンスリューム博士は不敵に微笑み、手に取っていた人形の首を……

 ────メキッ!

 へし折った。

                      【考えろよ。】・第3部へと続く

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