小説『考えろよ。・第2部[頭隠して他丸出し編](完結)』
作者:回収屋()

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[トナカイとサンタ]

<番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします。先程入りました情報によると、本日未明、東方海洋区『ポイント32』が正体不明のテロ集団により占拠されました。『ポイント32』は20年近く、特殊な産業廃棄物の処理場として稼働しておりましたが、設備の老朽化に伴い、今年の初め頃より国連から派遣されたNPOによって、解体作業が進められていました。現在、テロ集団からの明確な要求や宣言はありませんが、派遣されているNPOには、我が国の作業員も含まれているとの情報もあり、政府は軍部と連携して『ポイント32』周辺の特別戦略措置の実施を閣議で決定。人質となっているNPOのメンバーの安否が気づかわれ、迅速な対応が求められる中、汎用護衛艦や上陸用舟艇による包囲作戦が展開されるのでは……との軍事評論家からのコメントもあります。尚、政府の広報からは――>

 シャンシャン〜〜シャンシャン〜〜☆ シャンシャン〜〜シャンシャン〜〜☆

 12月23日――夜の街はもうすぐやってくるクリスマスの空気で満たされ、道行く人々は皆がウキウキしていた。ファミリーもカップルも一人身もホームレスも、同様に独特の雰囲気に包まれて街を歩く。

 チャッチャラチャチャチャラ〜〜♪ チャラチャラチャッチャラ〜〜♪

 毎年耳にするいつものBGMなのに、どうしても浮かれずにはいられなくなる。街路樹にネオンが飾られ、大通りではセクシィーなサンタ衣装を着たオ姉サン達がチラシを配ったりしていて、ダレも街頭モニターのニュースを観たりはしていない。

 ホッホッホッホッ〜〜☆ スノーメ〜〜ン! スノーメ〜〜ン!

 オモチャ屋も洋菓子屋もコンビニも、一様にサンタクロースと雪ダルマで彩られ、水面下で起きている事件に関しては、どっかの第三世界で発生した紛争ぐらいにしか感じていないようだ。が……

 グゥオオオオオォォォォォォォォォォォ――――

 世俗に生きるからには、全ての事象がドコかで絡み合う。街の片隅をただ歩くだけの人間にすら、その余波は容赦なく迫ってくる。

 キキィィィィィィィィィィィィィィ――――――――ッッッ!!

「うおッ、何だッ!?」
「ちょ、ちょっと、何よッ!?」
 大通りの横断歩道を渡ろうとしていた通行人達が叫ぶ。

 プップゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――――ッッッ!!

 車のクラクションがあっちこっちからけたたましく鳴り響き、細雪の降る夜の帳に喧騒を生む。

 ――――グゥオンッ! ――――グゥオンッ! 

 エンジンの重低音を辺りに撒き散らしながら、大通りを爆走する車が三台。先頭を走るのは、中古なら20万以内で買えそうな貧相な軽自動車。で、その後ろを追うのは二台の重厚なジープ。軍用にカスタマイズされた防弾仕様で、一般市民がおいそれと運転出来る代物ではない。しかも、雪道仕様にタイヤも改良されていて、結構なスピードにもかかわらず、カーブを楽に曲がってくる。
 ゴンッ! ドンッ! ガタタッ!
 それに引き換え、軽の方はヒドイ有り様。ガードレールや建物の角にボディをぶつけまくり、このまま廃車場まで急行しても違和感無しだ。
「ダメだッ、脇道に入らないとすぐに追いつかれちゃいます!」
 軽の助手席に座る若い青年が叫ぶ。
「くッ……!」
 運転する若い女はハンドルを握る手に汗を滲ませ、必死でアクセルとブレーキを使い分けて車の貧相な性能をなんとか補っている。
「こ、怖いよ……!」
 後部座席から怯える小さな声が。そこにはシートベルトを小さな手で握り締め、目をつぶって俯く男の子が。
「大丈夫、大丈夫だよ……」
 青年が後ろを振り返って、男の子を慰めるみたいに言葉をかける。

 キキキィィィィィィィィィィ! キィィィィィ――――――――――ッッッ!!

 軽がスリップしかけながら脇道に入ったが、そこは一方通行の商店街。完全に道路交通法を無視って走る。追跡するジープも、もちろん突っ込んでくる。その少々こぢんまりとした商店街では、大通りと同様にクリスマス一色で賑わっているワケだが、とある個人経営のオモチャ屋の前にトナカイさんとサンタさんが立っていて、通行人達に精一杯の愛想を振る舞っている。サンタさんは背中に背負った大きな袋からしょぼい御菓子を取り出し、御両親と一緒に道行く子供へ配っている。トナカイさんは何故か、カップルを見つけては空き缶を投げつけてる。配るべきチラシのバイトを完全にさぼって。
「あッ、危ないッ!!」
 軽の青年が声を上げる。
 キキッッッ!!
 カップルへの冷やかしに夢中になってたトナカイさんは、爆走して来る軽に気付いておらず、運転手の絶妙なハンドル捌きで衝突を回避した。が、次の瞬間――

 ――――――――ドォンッッッ! ――――――――ぐしゃ……

 激突。軽を追跡するジープに見事なまでに轢かれ、着ぐるみのアルバイトは空中に舞い散り、数秒後……細雪でしっかりと冷え切った地面に落下した。轢いたジープは事故など我関せずみたいな様子で、一切スピードを緩めることなく通過して行った。

「きゃああああああああああああああああああああああ――――――――ッッッ!!」

 通行人のオバサンがヒステリックな叫び声を上げ、商店街中に響き渡った。

 ピクピク……ピクピク……ピッ……ガクッ……

 なんとか起き上がろうとしたトナカイさんだが、着ぐるみの口元から生々しく出血していて、バタリと力尽きてしまう。
「何だ何だッ!?」
「轢き逃げかッ!?」
「ダレか救急車呼んでちょうだい!!」
 あっという間に人だかりが出来て、騒ぎに敏感な野次馬共が大通りの方から増員される。やがて、死亡(?)したトナカイの着ぐるみの周囲を通行人が取り囲み、苦々しい顔をしたり手慣れた感じで写メを撮ったりしている。で、そこに流れてきたBGM……

 ランラン、ランララ、ランランラン♪ ラン、ランララ、ラ〜〜〜〜♪

 野次馬共が一斉に振り返って見ると、そこにはトナカイの相方と思しきサンタさんの姿が。サンタさんは大きくて白い袋から古びたラジカセを取り出し、両手で抱えた。やたらと郷愁を誘う音楽に、皆が呆然としている。サンタさんはトナカイの亡骸(?)の前に跪くと、ゆっくりと天を仰いだ。満天の星空が見えるワケではない……しかし、トナカイは最期の力を振り絞るようにして、その前脚を闇夜に突き出す。何か独特の雰囲気が漂いはじめ、興味本位で集まっていた無責任な野次馬共がしんみりしだす。
 ひしッ……
 サンタさんは突き出されたトナカイの前脚を握りしめ、そして、耳元に口を近づけて呟いた。

「今夜の金曜ロードショーはナ○シカだって」
 ピクッ――

 サンタさんの握った前脚に力がこもり、グッタリしていたトナカイが跳び起きた。

「しつこォォォォォォォ――――い!! 何回放送すりゃ気が済むんじゃいッ!!」

 冷え切った夜空に喚き声がやたらと響く。で――
「轢き逃げは犯罪だああああッッッ!」
「そうじゃああああッッッ!」
「捕まえて土下座させて示談金をむしり取れええええッッッ!」
「もちろんじゃああああッッッ!」
 テンションが急上昇なトナカイとサンタさん。近くに停めてあったハーレーを一台発見する。
「こりゃあああああああああッッッ! あんな図体のでかいバイクを違法駐車しおって! 一体、ダレのだいッ!?」
「あ、スンマセン……俺です……けど」
 憤慨するトナカイに気圧されて、持ち主の兄チャンが申し訳なさそうに小さく挙手。で、間髪入れずに――

 ――ドゴッ!

「おふゥゥゥ〜〜……(泣)」
 彼の股間にトナカイの前蹴りがヒット。一瞬、愉快な天使が降臨しそうになって、白目をむいて転がった。
「オーケー、オーケー。もうすぐクリスマス! 髭面で肥満体形の不法侵入者に免じて許そうッ!」
 そう言って倒れた兄チャンからバイクの鍵を没収。
「やったあああ――ッ! ソリが手に入ったあああ――ッ! これで世界中の美少年や幼女にプレゼントが配れるねッ、トナカイくん☆」
「その通りだよ、サンタさん! 温かいお部屋で家族団欒を楽しむトコロに、斧を振り上げメリークリスマスだよ☆」

 ※上記のセリフはあくまでイメージです。どうしても心配な良い子は、銃火器での自衛を勧めます※

 グゥオオオォォォォォ――――ッン!! グゥオオオォォォォォ――――ッン!!

 1500ccのエンジンが唸り声を上げ、ハンドルを握るサンタさんの後ろにトナカイがガッチリとしがみ付く。

 ブゥオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ――――――――――ッッッン!!

 雪の降る中、ソリが発進。トナカイがラジカセの再生ボタンをポチッとな。

<盗んだバ○クで走り出すぅ〜〜♪ 行き先も〜〜分か○ぬまま〜〜♪>

 呆然とする野次馬達に見送られ、二人のアルバイトが夜の帳へと走り去っていった。
「け、警察を……呼んでくれ……(号泣)」
 デリケートゾーンに重傷を負った兄チャンが、天に手を伸ばす。多分、本物のサンタさんがやってきて、新しいバイクをプレゼントしてくれると思うよ。

 サンタクロース・A「今年は中止ッ、リア充共は全員死ねッ!」

 最後に変な幻聴が聞こえたけどね。

-3-
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