小説『考えろよ。・第2部[頭隠して他丸出し編](完結)』
作者:回収屋()

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 [逃亡者と追跡者]

「こちらチーム・レッド。目標は環状3号線を北上中だ」
<了解、レッド。そこから5km程先に立体駐車場がある。目標が逃げ込む可能性が高い>
「出入り口はいくつだ?」
<一階の南と西に一つずつ。地下3階の北と東に一つずつだ>
 ついさっき轢き逃げ事故を起こし、事も無げに去って行った二台のジープの先頭車両で、助手席に座るフォーマルスーツの中年男が無線機で応答している。運転手は体格の良い軍人で、轢き逃げした直後の人間とは思えないくらい冷静な様子。
「応援のヘリはいつ到着する?」
<5分とかからん。目標が駐車場に逃げ込んだら、チーム・ブルーと共に地下の出入り口を塞げ。その後、ヘリが旋回して一階の出入り口を見張る>
「ヘリの連中に銃撃は控えろと念を押しといてくれ。生け捕りに失敗すれば、全てが水の泡だからな」
<了解した>
 二台のカスタマイズされたジープが少しスピードを落とし、目標の軽自動車の視界から姿を隠す。まずは距離を充分にとってから相手に考える猶予を与え、あえて立体駐車場に入りやすくする。入ってしまえば捕獲は容易。コンクリの檻に自ら入るネズミも同然。
「…………」
 ジープを徐行させ、コンソールのモニターで衛星からの映像を凝視する。やがて、軽自動車が予想通りのルートをとって、檻の中へ。
「こちらレッド。目標は立体駐車場に入った。衛星で確認しているか?」
<こちらブルー。確認した。目的はあくまで『少年』の生け捕りという事だが、他の二名はどうする? 一応、拘束しておくか?>
「必要ない。余計な道草を食ってしくじるワケにはいかん。少年の安全を確保でき次第、予定通り薬物処理しておけ」
<了解、レッド。これより実行に移る>
 二つの悪意が迫る。

「な、なんとか……撒いたみたいですね」
 立体駐車場へ逃げ込んだ軽自動車の助手席で、青年が安堵の溜息を漏らす。
「どうでしょうか。何か違和感がありますが……」
 運転席の女はまだ警戒を解かない。耳を澄まし、目を大きく見開き、肌で大気の流れを感じ取っている。
「もう、いいの……? 逃げなくていいの……?」
 後部座席で緊張してちょこんと座った男の子が、前の二人の顔色をうかがうようにして尋ねる。
「ああ、心配無いよ。今度こそ大丈夫だからね」
 青年は慈愛に満ちたその瞳で男の子を見つめ、汗ばんだ手を優しく握ってあげた。
「あ、ありがとう……」
 男の子の身体は小刻みに震え、顔色は良くない。当然だった。年の頃はまだ6、7才くらいだろうか、まだまだ幼気な感じが残るドコにでもいるような男の子だ。先程までのようなカーチェイスを体験していいワケがない。
「さあ、早くここから出ましょう」
 立体駐車場は近辺の大型量販店や百貨店を利用する客の車で、ほぼ満車の状態だった。しかし、人影は全く見えない。冷たい静寂に包まれ、天井の淡いライトに照らされ、どことなく不気味。青年が急かすのも無理はないが、運転手の女性は神経を研ぎ澄まし続けている。ブルネットのマニッシュショートに薄褐色の肌をした、20代半ばくらいの女だ。額に巻いたバンダナが特徴的で、パリッとした綺麗なフォーマルスーツを纏い、明らかにカタギでは無い空気をかもし出している。
「いえ、まずは車から降りて出入り口へ偵察に行きます」
「しかし、連中の追跡は……」
「静か過ぎます。この独特の“感触”は危険です」
「いくらなんでも考え過ぎですよ。きっと、街中で事故を起こして事が公になるのを恐れ、一旦退去したんじゃないですか?」
 青年はあくまで楽観的に状況を把握しようとしていたが、決してそんな淡い希望は訪れはしなかった。

 ――――――――ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!

 冷たい大気を切り裂く不吉な音が彼等の耳に届き、強烈なライトが軽自動車を打つ。
「くッ、やはり……!」
 サーチライトの眩しさに目をくらませながら、女と青年は急いで車に戻る。ヘリだ……ガンシップではないようだが、明らかに防弾処理が施された攻撃的なヤツだ。

 グゥオオオオオオオォォォォォ――――ン!!

 軽自動車が急発進し、地下エリアに続くルートへと走り込む。
「こちらイエロー。目標は地下へと逃走した」
 ヘリの操縦士が通信する。
<了解した、予想通りだ。これよりブルーと共に地下3階の出入り口を封鎖する>
 追跡する二台のジープが再起動する。目標はついに籠の中の鳥となった。逃げ場は――――無い。

「ううゥゥゥ……ひぐゥゥゥ……!」
 とうとう、男の子は泣き出してしまった。地下へと逃げ込んだはいいが、今後の展開としてはあまり建設的なプランは無い。
「完全に追い込まれました……おそらく、地下の出入り口には追跡の連中が先回りしています」
「そ、そんな……!」
 青年から絶望の声が漏れる。
「こうなれば、車を捨てて近辺の繁華街に身を隠すしか……」
 だが、先方は決して手を抜いたりしなかった。
 キキイィィィィィ――!
 遠くの方から車が接近してくる音。連中が出入り口から進入して、ゆっくりと目標との距離を縮めている。
(容赦なしかッ)
 地下からの脱出は不可能。必然的に上の階へと向かうしかなくなった。

 グゥオオオオオオオォォォォォ――――ン!!

 軽自動車がまた急発進する。最早、考えるべき事は少ない。最上階まで突っ走るだけ……で、そこから別のビルへ続く渡り廊下が無ければ、アウトだ。
「こちらブルー。衛星を赤外線モードに切り換えた。連中は上階に移動を開始。完全にこちらのペースだ」
<了解した。だが、最後まで気を抜くな。『少年』を無傷で確保するまで油断はできん>
 そう言ってチーム・レッドのジープが軽自動車を追う。静まり返った巨大なコンクリの檻の中で、刻一刻と獲物は行き先を限定され、最期を迎えようとしていた。夜空からサンタクロースが舞い降りて、サクッと救ってくれたりはしない。聖夜にも神にも信仰にも、窮地から人命を守ってやる力など無い。
(一個人が組織に拮抗できる道理はないのだよ、博士)
 チーム・レッドの追跡者が不敵に口元を歪めた。

「ここまで……ですか……?」
 青年が呆けたような声で隣の女に問う。
「はい、ここまでです……悔しいですが」
 お互いの顔を見ることなく二人は言葉を交わした。立体駐車場の最上階に到着。残念ながら、別の建物に移動できるルートは無かった。後はチラチラと雪を降らす冬の夜空を残すのみ。周囲の鉄柵の隙間から街中の綺麗なネオンが見える。
「怖いよォ……イヤだよォ……!」
 後部座席の男の子が目尻を涙で濡らす。ただならぬ不安で両脚を折り曲げ、うずくまっている。
(くそッ……どうしてなんだ!? ボクはまたダレも守れず逃げるしかないのか!?)
 青年が下唇を噛んだ。焦燥感と無力感が入り混じった表情で彼は車から降り、後部座席に移動した。
「君はボクが守る……絶対に守ってみせるからねッ」
 そう言って青年は男の子を引き寄せ、ギュッと抱き締めた。
「…………」
 その光景をルームミラーで静観する運転手の女は、一瞬だけ顔が綻びたが、次の瞬間には緊張で頬を強張らせた。

 ゴゴゴゴゴォォォォォ…………ゴゴゴゴゴォォォォォ…………

 ――来た。ついに二台の追跡車に前後を挟まれた。追跡車は等間隔で停車し、スーツ姿の中年男と運転手の若い軍人が中からこっちを睨みつけている。
「二人とも……伏せていてください」
 女はゆっくりと運転席から降りる。そして、前後のジープをしっかりと交互に見据えた後――

 バサッ!!

 左脇に装着したホルスターから素早く自動小銃(オートマチック)を抜き、風を切るような動きで瞬時にして二発ずつ撃ち込んだ。

 ギンッ――!!

「くッ……」
 発射された9ミリ弾はフロントガラスにはじかれ、己の無力さと窮地のレベルを教えてくれた。
<さあ、ここまでだ。大人しく少年を引き渡していただこう!>
 ジープの屋根に装備された拡声器から要求を突き付けられる。そして、ゆっくりと進み始めた。
(窮まった……か……)
 自動小銃(オートマチック)を握る手から力が抜け、女はこの上なく悔しそうな面持ちで、伸ばしたその腕を下ろした…………と、その時――

 デデンデンデデンッ♪ デデンデンデデンッ♪ デデンデンデデンッ♪

「……ん?」
 どこからともなく流れてくる、やたらと戦慄を煽るような大音量のBGM。
(な、何だ……?)
 唐突な状況の変化に追跡者達も呆気に取られ、辺りをキョロキョロと見渡している。そして――『ソレ』は現れた。

 デデンデンデデンッ♪ デデンデンデデンッ♪ デデンデンデデンッ♪

「何だ……『アレ』は?」
 チーム・レッドのエージェントが指差した先――そこには、駐車された一般車両の間から、徐行して現れた一台の重厚なハーレーが。問題なのは、何故かサンタクロースがハンドルを握っていて、後ろにトナカイがしがみついている。トナカイの角にはラジカセが引っかかっていて、そこからBGMが容赦の無い勢いで流れていた。
「あ……サンタさんだッ」
 涙で膝を濡らしていた男の子が急に顔を上げ、驚きと喜びの混じった声を漏らす。
「…………(黙)」
「…………(黙)」
 それに対して、青年と女の方は微妙に顔が引きつっていた。

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