小説『考えろよ。・第2部[頭隠して他丸出し編](完結)』
作者:回収屋()

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[依頼人と請負人]

「ここからは歩きです。この車はもう使えないのでここに捨てていきます」
 そう言って蒼神博士が車を降りる。
「ええッ、歩くのッ!? このクソ寒い中をッ!?」
 スク水着用しているバカの意見は聞きません。
「よいしょっ……と」
 茜が手慣れた感じで寝ている男の子をお姫様抱っこする。
「……よし。では、行きましょう」
 エンプレスは野生動物みたいな鋭い目つきで周囲を見渡し、蒼神博士に目配せした。繁華街からは随分と離れ、民家から漏れてくる薄明かりと、雲の裂け目から差し込んできた月光を頼りに一行は前進する。たまにコンビニが視界に入ってくるが、実に静かでベッドタウンとしては快適そうだ。15分近く歩いただろうか……蒼神博士がとある一軒の個人住宅の前で足を止めた。
「ガチガチガチぃぃぃ〜〜! 寒いよォ、ひもじいよォ、ヘタすりゃ失禁5秒前だよォ!」
 茜の方はスニーカーを履いているが、咲は裸足。どこまでもコスプレに忠実。

 ――ピンポ〜〜ン♪

 エンプレスが呼び鈴を鳴らす。
<は〜〜い、どなたですかぁ?>
 スピーカーから朗らかな子供の声が聞こえてきた。
「エンプレスよ、ここを開けて」
<エンプレスぅ? う〜〜ん……本物かなぁ?>
「何を言ってるのッ、早く開けなさい」
<知らない人を家に上げちゃダメだって、蒼神博士から言われてるしぃ>
「知らない人って……同僚でしょうが。蒼神博士も一緒よ」
<……って言ってるけど、どうするデビル?>
<とんでもない変質者だったら困るからやめよう、スター>
<ええ、そうよね。ロリやらショタやらと世の中は物騒だしね、デビル>
<そいうワケだから、この玄関戸は開けられなくなりま――>

「じゃかあしいわああああああああああああァァァァァァァァ――――ッッッ!!」
 ――グシャッ!!

 咲の拳が一喝。スピーカーが悲鳴を上げて大破。

「さっさと開けんかあああああああああああァァァァァァァァ――――ッッッ!!」
 ――バキャッ!!

 鍵のかかった扉を力任せに引っ張った。やはり、大破。
「お邪魔しまあ〜〜ッす! そんでもって、トイレ借りまあ〜〜ッす!」
 バタバタバタバタッ!!
 突入と同時に排尿行為に移る始末。
「はは……段ボールでも張っておきますか……?」
 風通しが良くなってしまった玄関を眺め、蒼神博士は失笑気味に呟いた。

 今から約4ヶ月前――惑星規模の大異変がとある海域で発生した。『地球』という一個の生命が15万年かけて練り上げてきた、『自壊』という計画。その計画はあらゆる不確定要素を巻き込み、あらゆる人間の本性を白日の下にさらした。それぞれの正義がぶつかり合い、沢山の尊い命が失われ、地球の『自壊』成功は目前だった…………が、“予定”とはあくまで“予定”であり、“決定”ではない。故に、大概の物理法則の確率には0%と100%は該当しない。この世の全ての存在が不確定要素と成る可能性をはらみ、突如として完璧だったハズの計画に小石を投げつけた。地球の意志を代弁し具現化する『神の設計図(バイタルズ)』と、一人の人間が最後に対峙したのだ。地球の意志とパワーは圧倒的だった……が、“奇跡”は起きた。ダレもが釈然としない現象が生じ、神の設計図(バイタルズ)は海の深淵へと消え去った。地球の自壊は失敗し、世界は何事も無かったかのように新しい日常を迎える。そして、その事件に関わった超重要人物達が現在――どういうワケか一堂に会している。そう、どういうワケか。

「はふぅ〜〜、危ない危ない。もう少しで一人放尿プレイだったよ」
 トイレでスッキリしてきたスク水の咲が、ハンカチで手を拭きながら暖房の効いたリビングにやってくる。で、最初に視界に入ってきたのは……
「いや〜〜ん★ 可愛いィ〜〜★」
 すっかり目尻が垂れ下がった体操着の茜。彼女は他所様の家で初対面の相手を抱き締め、頬を擦り寄せたりして喜んでる。
「た、助けてスター……な、何かこのオ姉チャン変だよォ!」
 被害に遭っている12、3才くらいの美少年が仲間に救助を要請する。
「耐えるの、デビル。スター達は居候している身なのよ。わがまま言っちゃいけないの」
 何かを悟ったような表情で少女が頷きながら呟く。
「茜く〜〜ん、ちょっと立ち上がってくんないかなあ」
 咲、使ってたハンカチで茜にソっと目隠し。
「はぁ〜〜い」
 茜、素直に従う。
「では、両手を後ろで組んで脚を大きく開いてみよう」
「はいは〜〜い」
「――――あ、せいやッ」

 〜〜〜〜〜〜 ずびしッ 〜〜〜〜〜〜

「おおおおォォォォ……ふうううゥゥゥゥ……(泣)」
 茜のデリケートゾーンにめり込む蹴り。不埒な下半身の持ち主は一発で退治され、被害者の少年は解放されたようです。
「あ、あの……」
 蒼神博士が困った顔で呼びかけてきた。
「ういっす! 改めてお久し振りッ、博士!」
 咲はとっても爽やかな笑顔で返す。
「ええ、本当に」
 咲が手を差し伸べてきたので、蒼神博士は反射的に握手した。
「で、アンタ達はあんな所で何してたワケ?」
 リビングの隅で壁にもたれかかって立つエンプレスが、盗人でも監視するかのような目で咲を睨む。
「たわけがッ! 年末商戦という街ぐるみの戦争の最前線に立ち、アルバイトしていたのだよッ! 生活費と家賃を稼ぐためにッ!」
「大家怖いよォ〜〜……大家厳しいよォ〜〜……」
 下半身にクリティカルを食らって倒れ伏すアホが、一人で何かにうなされてる。
「一応、この『隠れ家』に招待はしたけど、私は素性のハッキリしないアンタ達を信用しちゃいない。常に見張らせてもらうよ」
 エンプレスが厳然とした態度でそう言い放った。確かに素性が知れない……蒼神博士も知らない。彼女等は4ヶ月前、自分達の事は大して話す事なく姿を消した。郵便振り込みの催促が書かれた置手紙みたいなのを残しただけで。
「まッ! ずっと見張る気ですって! 変な趣味でも持ち合わせてんのかしらねえ!?」
「きっと、百合っぽいヤツですわ! わたし達を視姦して楽しもうってハラなんでしょうよ!」
 咲がブッ倒れてる相方と内緒話を大声で。御近所の奥様風なのは意味不明だが。
(相変わらず腹が立つゥゥゥ!!)
 エンプレス、微妙に両手がワナワナしちゃってる。
「ところで、咲さん。生活費と家賃を稼ぐのに丁度良い仕事があるんですが、話しを聞いてもらえませんか?」
「うん、聞く! お金大好き! 仕事、する! お金大好き!」
 蒼神博士に言われて絨毯の上にチョコンと正座。
「それじゃあまず……コレを観てください」
 博士はノートPCをテレビにつなぐと、とある動画を再生させた。

<―――――――――― 『ポイント32』・上空から撮影 ――――――――――>

「これは哨戒機から撮られた映像です。『ポイント32』……ここは最近まで特殊な産業廃棄物を処理するための施設でしたが、老朽化を理由にNPOと専門業者による解体作業が進んでいました」
 モニターには島が一つ。小さな街が丸ごと移設できそうなくらいの面積があり、全体は菱形に近い形状で物々しい処理施設が建ち並んでいる。周囲は断崖絶壁で、船を使っても接岸できそうにない。
「この島への行き来はヘリか輸送航空機に限られ、解体作業にあたる人員も本土から1時間程かけて送られました。数はおよそ200名。半月くらい前から現場作業が開始されましたが、昨日未明……正体不明のテロ集団に占拠され、殆どの人員が人質にされる事件が発生したんです」
「…………」
 咲が沈黙して動画を見入っている。そして、ほんの一瞬だけ渋い顔をした。
(――何だ?)
 その一瞬の変化をエンプレスは見逃さなかった。
 コソコソコソ――
 ブッ倒れたままの茜に駆け寄り、耳元で何か囁いている。
「あ、あの……続きを説明して宜しいでしょうか?」
 博士が申し訳無さそうな声で問う。
「――ってなワケで。茜、大事なハナシをしっかり聞いといてねえ」
「うぃ〜〜ッす」
 ブルマのお尻の位置を直しながら復活。で、咲の方はというと……

「そこだあああああああああああああああああァァァァァァァ――――ッッッ!!」

 ガチャ……
 人の家の冷蔵庫を勝手に開けた。頭を突っ込んだ。何かを発見した。
「国産牛350gが現れた! 勇者・咲は拘束の魔法を唱えた! 戦闘に勝利した!」
 チャラチャラッ♪ チャ♪ チャッチャ〜〜♪
 要するに、食事の準備を始めた。前回と同様、家主様の意向は無視。キッチンからとても手際の良い音が聞こえてくる。
「説明を続けます」
 博士、諦める。
「はぁ〜〜い、博士ぇ、質問がありまあす!」
 ソファに腰を下ろした茜が左手を挙手。右手は隣に座ってる少年・デビルの膝を撫でるのに忙しい。
「はい、どうぞ」
 博士、とりあえずセクハラ行為を黙認。大人としてどうかと思うが。
「博士達が連れてたその男の子と何かカンケーあるのォ?」
 向かい側のソファで気持ち良さそうに寝息を奏でている男の子。茜が彼をビシッと指差した。
「ええ、非常に深く関係しています。これはマスコミには一切流れていない情報ですが、『ポイント32』を占拠したテロ集団からの要求は……彼、『柊沙那(ひいらぎ さな)』の身柄」
 蒼神博士が低い口調で呟く。
「ええッ、マジでえええ〜〜!? 咲チャン、大変ッ! いたいけな男の子の肉体が貞操の危機みたいだよォ!!」
「味噌と本ダシをゲット! 後は米を洗ってキャベツを切ってぇ〜〜♪」
 全く聞く気無し。

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