小説『考えろよ。・第2部[頭隠して他丸出し編](完結)』
作者:回収屋()

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 [深夜の葛藤と逆夜這い]

「よし、ありがとうございます」
 博士が血液サンプルを保温ケースに入れた。
「ふぅ……」
 どこまでが小芝居かは分からんが、咲は微妙に潤んだ瞳で溜息。そして、紙コップを一個手にして博士に対して上目づかい……何故か上目づかい。
「あの……何でしょうか?」
 咲からの異様な圧迫を感じてたじろぐ。
「採血したんだからぁ、次はやっぱり採尿だよねぇ〜〜★」
「いや……血液だけで十分なんですけど(汗)」
「ええッ、そうだったの!? てっきりオリンピックの出場選手みたいに、監視されながらオシッコしなくちゃいけないものだと」
 聞かれてもない性癖バラすんじゃねーよ。
「と、とにかく御協力に感謝します。サンプルは『ポイント32』へ向かう前に、知り合いの病院へ届けます。明日までには詳細な分析結果を報告できると思います」
 博士、少々慌てちゃって小走りでリビングから寝室へ。
「さて、アンタ達はここで雑魚寝でもしてなさい。暖房はつけっぱなしでいいから」
 そう言ってエンプレスはソファで寝ちゃってる沙那を抱え上げ、彼女もまた寝室へ……ただし。
「うおいッ! ちょい待ちッ!」
 珍しく咲がツッコミ気味に呼び止める。何故なら、蒼神博士の入室して行った寝室と同じトコに、エンプレスがごく自然に入ろうとしてたから。
「何よ?」
 エンプレスが振り向く。
「“何よ?”じゃねえッ! さも当たり前に博士と同じ部屋に入室しようとは……貴様ッ、常習犯だなッ!?」
 真冬にスク水着用して人様のリビングで夜食むさぼってたヤツに、“常習犯”とか言われたくない。
「何を勘違いしてんのよッ。私は蒼神博士専属のSPとして雇われてんの。だから、家屋内とはいえ、常に近辺を警戒してなくちゃいけないのッ」
 エンプレス、妙な疑いをかけられてちょっぴり頬を赤くしちゃった。
「あんなコト言ってるけど、どうせ高橋さんったら美青年の寝顔を眺めてハァハァしちゃってるのよ、きっと!」
「まあッ、なんて卑猥なんでしょう。ギシギシさせたり、あん★あん★喘いだりってワケでしょ? 子供の情操教育には最悪よねッ!」
 常に最悪な二人組がまたしても隅でヒソヒソ。だからダレだよ、高橋さんって。
 パタンッ――
 咲と茜のどうでもいい一コマを無視し、彼女は寝室へと消える。
「…………」
「…………」
 二人は少々の沈黙。十数秒後、咲は無言のままキッチンからコップを二つ拝借。片方を相方に静かに投げ渡す。で、アイコンタクト。
「任務実行ッ」
「あいあいさーッ」
 二人して寝室の扉にコップをくっつけ、コップの底に耳を押し当て、ものすごくベタな盗聴スタイルを形成。
「……茜、何か聞こえる?」
「……残念ながら、何も」
 任務失敗。ドアの厚さと防音性の前に敗退。
「しゃあない……大人しく寝ますかねえ」
 咲がソファにドサッと倒れ込む。茜は向かい側のソファに腰かけると、テレビのリモコンを無言で操作した。
「…………」
 ドコの放送局もテロ事件の特番を放送していて、これといって特に目新しい情報は入ってきていない。時々映し出される『ポイント32』の衛星写真を目にした咲が、無言のまま不愉快な表情になる。
「咲チャン、どうするぅ? やっぱ一緒に行くぅ?」
 茜は相方と目を合わさず、独り言のように小声で聞いた。
「行かない。絶対に……行かない……」
 咲は抑揚の無い声で呟く。まるで、自分に言い聞かせるかのように。やがて、リビングの照明がオフにされ、窓から雪に反射されたささやかな住宅街の灯が差し込んできた。この後、二人にサンタクロースが訪れることは決して無く、愉快で楽しげな夢を見るコトもなく……時間は機械的に過ぎ去っていった。

「フヒヒヒヒッ。こんな千載一遇のチャンスを前にして、ダレが大人しく眠りこけたりしますかってのWWW」
 向かい側のソファで丸まって爆睡している相方に気づかれぬよう、咲がムクッと起き上った。その表情はまさに──ケダモノの笑顔。目尻は垂れ下がり、鼻の下は伸びきって、開いた口の中には“異常性欲者”の文字が。

 スススススススススススススススぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜

 咲はつま先立ちで素早く博士の寝室前まで移動し、扉のドアノブに手をかける。
 カチャ……
(フフフッ、やはり……カギはかかってないようね)
 彼女には確信があった。博士の寝室は位置的に角部屋になる。つまり、必ず一つは窓があるだろう。そして、博士達は現在追われる身。最も危惧すべきは、その窓からの侵入や突入の可能性。となれば、より早く寝室から脱出できるよう、カギはかけないであろう。そう読んだのだ。
 キィィィ──
 わずかな軋みをたたせて寝室の扉が開く。中は15畳くらいの広さがあって、最初に咲の目に飛び込んできたのは、とっても温かそうな瀟洒な造りのキングサイズベッド。そして、その上で身体を横たわらせ、すっかり気持ち良さそうな寝息をたてている博士と、沙那の姿。それに……
(なッ、このッ……クソアマがあァァァァァァ〜〜!!)
 沙那を博士との間に挟むようにして眠っている、下着姿のエンプレスを発見。寝室はイイ感じに暖房が効いているため掛け布団いらずで、上はスポーツブラに下はソングショーツ。色は上下とも黒で、万が一睡眠中に襲撃があった場合に備えて、極力動きやすい格好をしているのだろう。が、現状の咲にそんな事情など全く関係は無く、どっかの幸せ核家族みたいな空気を漂わせているのが爆発的に気に食わない。
(おっのれェェェェェ〜〜! 何が専属SPだッ、愛人の間違いだろうッ!)

 ――――クンクンッ、――――クンクンッ

 咲、犬みたいにベッドの周囲を嗅ぎ回ってる。
「よし、一応は事後じゃないようね」
 なんかもう、言い方がプロの性犯罪者だ。
(ぬふふふふ〜〜ん★ カワイイ寝顔だねぇ〜〜★)
 イヤラしい笑みをこぼしながら、寝ている蒼神博士の頬を軽く指で突っついたり、なぞったり。どうしようもなく下衆な根性と衝動が、彼女の脳ミソを支配している真っ最中なのだ。
(そっれではぁ〜〜、失礼しまぁ〜〜すッ!)
 心の中のメルヘンチックな妖精さんが【ベッドイン】のボタンを押しちゃったんで、右向きに寝ている博士の背中に寄り添うような形で――咲、侵入。
「…………………………むふッ★」
 成功。暖房とは別の温もりを自分の肌に直接感じて、彼女は思わず小さな声を漏らした。いけない行為に及ぶ心地良いスリルと、博士の体から微かに漂ってくる匂いが相まって、咲の脈拍は上がりっぱなしだ。
(博士……この仕事が片付いたら、あたし達また消えちゃうと思うんだけど、先に謝っておくね──ゴメンナサイ)
 彼女は目を閉じ、博士の背中にソッと両手を添えながら首筋に唇をあてがった。できることなら博士の進もうとする道を一緒に歩みたい。博士が見据える先を一緒に見てみたい。けれど、そうはいかない。少なくとも──

(“世界”があたし達のコトなんか知らないって言うまで……)

 咲の瞳にほんの一瞬だけ戦慄に似た色が垣間見え、彼女はもう一度博士の肌の感触を指で確かめてから、上半身をもたげようと──
 グッ……
「────────ッ!」
 不意に寝返りをうった博士が、抱き枕を探すみたいに手足を動かし、すぐ隣に居た咲の体に腕と脚を絡めてきた。
(ちょ、ちょ、ちょ……! コレはちょっと、心の装備が足りないって言うか……!)
 みるみる頬と耳先が赤くなって、熱くなって、呼吸が乱れていく。緊張で身体は固まり、寝惚ける博士の微妙な動きにただ身を任せるしかなく、咲はドックン☆ バックン☆ が止まらない。
「………………んん、は、ぁぁぁ〜〜♪」
 咲の口から潤んだ嬌声が漏れる。彼女は博士の胸元にソッと手を添え、その温もりと感触を直に感じてウットリ。更にくっつこうと動かした左脚の膝先が、博士の股間に触れ──
(──────────────────ッ、んん!?)

 カチャ……
「ん〜〜……んん……?」
 ドアノブが回る金属音で目を覚ました茜が、ソファの上で上半身をもたげ、音がした方向に目をやった。そこには、なんだか複雑そうな表情をして俯き加減に立ち尽くす咲の姿があった。
「……咲チャン? どうかしたの?」
 眠い目をこすりながら茜が抑揚の無い声で問う。
「ブツブツ……ブツブツ……」
 咲は茜の声に全く反応する様子は無く、さっきから小声で何か呟いていた。
(…………?)
 気になった茜はゆっくりと咲の傍に近づいて口元に耳を寄せる。
「いやぁ〜〜、ありゃムリだって……見かけによらないとかいうレベルじゃないもん……デカ過ぎ、デカ過ぎ(汗)」
(……はあ?)
 意味不明な独り言に茜は首を小さく傾げる。
「う〜〜ん、どうすりゃいい? 入んないとなると……あッ、口でならなんとか満足させ──」
(……分かんなぁい)
 解読不能と判断した茜は、一人で静かに一喜一憂している相方を無視し、ソファに戻って寝転がった。
「あッ、ヤバイ……脳内シミュレーションのし過ぎで下着の中が潤っちゃった(恥)」
 ド深夜──尿意も無いのにトイレへ駆け込む咲の姿があった。
 

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