小説『レポートブック』
作者:鏡アキラ()

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【有明セレネに関するレポート ルナティック・ルーム】



私たちの話をしよう。


私はノゾミ。十七の女だ。性格は明るいほうだと思う。
サクに言わせると
「それでいて一番たちが悪いところもある」だそうだが。
失礼な話だ。
とにかく、いま私たちの中では実質的なまとめ役になっている。

サクはクールな少年だ。
十六で、やや無愛想だが、かなり賢い。副長という感じだ。
左利きだが(というと失礼かもしれないな)字が一番綺麗。

セレネは二十の女で、もともとここの主だったのだが、
最近ほとんど寝てばかりいて起きてこないことが多い。

ミカも二十の女。メールを打つのがものすごく速い。
流行りのメイクとファッションと甘いものと恋愛話をこよなく愛する。
他のことには「広くかつごく浅く」興味があるようだ。
というのはつまり「ほぼない」という意味でもある。
私個人としてははっきり言ってあまり得意ではないが、
彼女が表に出て行って話をしているときが実は一番平和にことが運ぶのは認める。
予想できると思うが恋多き女で、
いまも外に遠距離恋愛の恋人がいて
彼とも上手くやっているらしい。

ユミは泣き虫な十三の少女。
可愛いのに内気で、たどたどしくておどおどしている。
いつも孤独や寂しさにさいなまれ、怯えて泣く。
そして自らを傷つける。
そういうとき私は……
なだめてやりたいのに、なんとなく上手くいかない。
一番効果があるのはオボロ。いなかったらサク。

オボロは大人の男だ。
セレネ・ミカより年上なのは確かだが、何歳なのか正確には知らない。
無口で、あまり表情もない。
行動が常に淡々としているし、そもそもあまり顔を出さないが、
年長者だけあって何事も確かだ。
ユミをなだめられるのも、そして、イザヤを止められるのも、彼だけ。
彼の字は崩し字で時々読めないので
もう少し見られるように書いてほしいのと、
せっかく頼れる人なのでもう少し頻繁に顔を出してほしいというのが
私から彼への願い。

イザヤは一番厄介な存在だ。十九くらいだったはずだ。男。
人の嫌がること傷つくこと悲しむことが死ぬほど好きな最低野郎。
しかも程度というものを知らない。
残酷で凶悪で狂気じみていて病的。
ものを壊す。私たちや他人に罵詈雑言を浴びせる。
物理的に暴力をふるって人を傷つけることもしばしば。
ユミの髪をつかんで引きずるとか、
サクの頭を壁にぶつけたなんてことはもう何度あったかわからない。
私もペンで刺されたことがある。
学校の窓ガラスを割ったこと、同級生を階段から蹴り落としたことや、
先生にカッターを向けたこともある。
こんなだから高校を退学になったのも当然だと思うけど、
そういうとき形式的に長であるセレネが
叱責を受けるはめになるのが気の毒でならない。




「痛い!いや、イザヤ、やだあ!」

また始まった。

「ああうるせえ。ピーピーピーピー泣きやがって。
 てめえ泣く以外にすることねえのかこのチビ」

イザヤは今張り倒したばかりのユミの顔を片手でわし掴み、
近寄って凄んだ。ニヤニヤしているのが余計怖い。

「イザヤ!また!もうユミに手を出さないでよ!どきなさい!」

駆けよる私をカッターで牽制し、イザヤはせせら笑った。

「出たなでしゃばり女。おめえはすっこんでろ。
 さも自分はまっとうな人間みたいなツラしてっけどよ、何の力もねえんだよ。
 おめえは肝心な時に何もできねえ。誰も救えねえ。
 指くわえて見てるのがおめえの仕事だ。
 なあユミ。お前は泣くのが仕事だ。そうだろ?
 だからどんどん泣けるようにしてやってんじゃねえか」
「やっ!痛いいたいいたいいたい!
 ごめ、なさ……ごめん、なさい、イザヤ、ゆるし」
「ほぉら。そうやって謝りながら泣いてんのが一番なんだよなあ。なあ!」
「うぶっ!」
乱暴に髪を掴んで床にユミの顔を押し付ける。
「もっと謝れよ。生まれてきてごめんなさいって。
 私みたいなのが生まれてきたのが間違いなんですって」
「ご……べ……なざ……」

「やめてよっ!ゆ、ユミを離せ!」
覚悟して、さらに走り寄る。
イザヤはカッターを持った手を大きく振った。
私の左腕に浅く長い切れ目が入る。ひるんだ私を、薙ぐような蹴りが襲う。
「ぐっ!」
もろに倒れこんだ私にへへへへッという甲高く癇に障る嗤い声が降る。

「おめえは不思議だなァ。
 まともそうな顔してっけどよ、おめえがいる方が俺はますます楽しくなれるよ。
 当たり前か?おまえも根っこは俺と同じだもんなァ。
 おめえ、実は人をおかしくさせるのが仕事なのかもな。
 ケッサクじゃね?
 ノゾミの完璧は所詮ハリボテ。
 ユミは泣くのが仕事。自分で自分を虐めたり、人に虐められたりして嘆くのが仕事。
 傷つけられて悲しむために生まれて生きてんだ。
 ミカはつまんねえことや嫌なことから逃げて、遊んで生きてる。
 あれは逃げるために生まれた女だ。
 サクなんかは、おめえが頼りねえからその分しっかりはしてるみてえだけどな。
 でもガキだ。あんなのは見栄だけだ。
 オボロのおっさんだってそうだろ。だってめったに出てこねえじゃねえか。
 だいたい『ここ』にあんなのがいること自体おかしいんだ。
 やっぱりな、おめえらみんな生まれたこと自体が間違いなんだよ」


痛みと疲れで泣くことすら止めてしまったユミが静かだ。
私はなんとか顔をあげる。


「……あんたは、どうなのよ。イザヤ!
 お前が生まれたことが!一番間違いだろっ!
 この、イカレ野郎……!
 お前なんか、生まれてこなきゃよかったんだ!
 ここから、出てけよっ!消えろ!お前なんか!」

叫びながら私の目からは涙がこぼれていた。
悔しい、悲しい、恐ろしい、腹が立つ、あらゆる負の感情が私を泣かせている。

イザヤは嗤った。

「そうだよ、それ!その言葉が聞きてえんだ!
 お前らやみんなにそれを言われるために俺は生まれて!生きてんだよ!
 ヒャハハ、ハッハハハハ!
 超キモチイイぜえ?
 ぶっ壊すのも、泣かすのも、怒らすのも!恨みごとを言われんのもな!
 ほおら、もっと言えよ!
 さん、はい、『お前なんか消えちまえばいいのに』!
 ふ……ッハハハハハハハ!!」


ガチャ、と音がする。
この部屋にふたつあるドアのうち黒い木製のほうのドアが開いて、
背の高い男が静かに入ってきた。

低いがよく通る声でオボロはゆっくりと言う。


「もう、やめろ。イザヤはどけ。ユミも帰れ。ノゾミもだ」


ユミがのろのろと立ち上がり、泣き腫れた目を拭いもせずに
黒ドアから帰って行った。
イザヤはそれに一瞬白けたような顔をしたが
オボロを不敵な笑みで睨みながら去って行った。

私も、その場にいる理由もなくなって、そこを後にすることにした。



「……セレネ。起きろ。呼ばれているぞ。ランだ。お前の友達だろう」

オボロは一人でつぶやき、そして自身も黒いドアへと踵を返す。


「それと……あいつらにあんなふうに言わせておくな。
 あれは誰にも使わせてはいけない言葉だ。
 誰にも」


そうだ。オボロの言う通りだ。私も言ってはいけない言葉だった。
私は自分を恥じた。


セレネが起き
部屋のもう一方にある広いガラスドアから出ていく気配を感じて、
私たちは少し眠ることにした。



イザヤはああ言ったけど、私たちの存在理由は結局ひとつなのだ。

セレネを守るために私たちはいる。イザヤだってそうだ。

このせまい脳にたくさんの人格を住まわせ、ひっきりなしに挙動を変えながら、
あの恐ろしい言葉から耳をふさぎ逃げようとした、かわいそうな家主。
有明セレネを守るためだけに私たちは生まれたのだ。

                      _■fin

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