小説『レポートブック』
作者:鏡アキラ()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

【フジコに関するレポート 運命のひと】


「しっかしまさかサトシさんみたいなのがそんなことになるとはね」
「本当にね〜。この仏頂面をナンパするハタチがいるなんて
 末恐ろしいわよ。やだやだぁ」
「まあた。ケイちゃんはやっかんでるだけでしょ」
「そうですけど!あ〜もう羨ましーい!ずるい!
 僕も一目ぼれとかされてアツく口説かれたぁい!」

フジコに鼻で笑われて、ケイママは金切り声をあげた。
恋人の話を冷やかされるのは居心地悪いが、
フジコが上手く流してくれたので私は『仏頂面』をせずに済んだ。
ケイは洗ったグラスを磨きながら、幸せそうで腹立つわぁと笑った。

ここは私の馴染みのバー『サム』。
ケイはここの店主でゲイ、
フジコ・ブルーマウンテンは常連客で女装家である。
ケイもフジコも私の『サトシ』というのも通称であって本名ではない。
特にフジコのような女装家は
大仰で馬鹿馬鹿しい仇名をもらうのがこの街の流行りだ。

ケイが磨いたグラスを仕舞いに去ると、フジコは穏やかにマッコリを傾ける。

「あんなコト言ってるけど
 ケイちゃんも今さ、あと一押しでイケそうな男がいんのよ。
 今回わりとマジだから
 あえてそういう素振り出さないようにしてんのね。
 かわいいよね」

低い声で呟いて頬杖をつくと、耳から下がるピアスがチカチカと煌めく。
私は先週フジコが語った事をもう少し訊ねてみようか悩んでいた。


今日と同じような状態で飲みながら談笑していた先週、ケイが席を外したとき、
珍しくだいぶ酔っていたフジコは言った。

「サトシさんさあ前世とか生まれ変わりとか信じる?」

否と答えると、そうだよねえとケラケラ笑った。
「信じないなら教えてあげる。んふふ。
 私ね、前世の記憶あるの」


前々世というべきか、二代前の生のころ、フジコは化け猫だった。
人間のいない世界で仲間の化け猫や他の妖怪らと平和に暮らしていたが
あるとき面白半分で人間の町に行ってみたところ
一人の男に恋をした。
それは不老長寿の身でさえ「死んでしまいそう」と思える大恋愛であった。
知り合いのつてで下級な獣神を頼り、人間になって彼と結ばれたいと懇願した。
神様はフジコの尻尾と引き換えに望みを了承。
人間に生まれ変わったフジコは、神様とフジコ自身の尽力の甲斐あって
みごと彼と結ばれて幸せなひとときを過ごし
来世でも一緒になろうと誓って死別した。

「それなのに私今度は男に生まれちゃったじゃない。
 もうどうしようと思って」

おまけに今世に入ってから彼と出会えていないという。

「まあねえ、贅沢なコト言ってるなとは思うのよ。
 ちゃーんと人間にしてもらってさ、彼と一生過ごせたんだもん。
 さらに生まれ変わった後のことまで面倒みてもらおうなんて
 思ってるほうがバチあたりだよね。
 神様だってそこまで知ったこっちゃねえよと思ってると思う」

諦めたような呟きを漏らしながら、フジコはしかし、目に涙を溜めていた。

「でもさ……もう一回、逢いたいなァ……。
 ひと目でいいや。私今男だし、向こうは憶えてると限んないし、
 チラッと見るだけでいい。
 もっかい……逢いたいなァ」

声も立てずに少し泣いた後、フジコは、
「っていう妄想よ。夢よ夢。中二病ってやつ?お電波〜」とおどけて話を結んだ。


私は、前世だの生まれ変わりだのは信じない。
まして前世を憶えている・知っているなどというのは尚更だ。
だが果たして人間、今生一度も会ったことも見たこともない相手を
恋い想って泣けるものだろうか。
私はフジコともう六年程友人をやっているが、酔って妄想を語るなど、
ケイはともかくフジコのそんな姿は見たことがない。
フジコがずっとずっと誰かを探している風だったのは感じていた。
語られる色恋沙汰はいつも退屈しのぎの遊びばかりだった。
化け猫だっただの、神様の知り合いだの、到底理解はできない。
できないが、しかし……。


「やだ、サトシさん、何よそんな顔しちゃって。
 やめてよ。そんな真剣な目で見つめられたらグラっちゃう」
男前なんだから気をつけなさいよ、とフジコは社交辞令を飛ばす。

「なあ。前世の話だけどさ。あの話ってケイにもしたのか」
「えー?ああ、あれ?まだあれ気にしてたの。
 うんとね、ケイちゃんは生まれ変わり信じるって言ったから話してない」
「どうして信じない奴を選ぶ?」
さっきの笑顔をすうっと無表情にして、グラスに口をつける。
しばらく考え込んでから、
「ほら、そういうの信じちゃうケイちゃんみたいなタイプだと
 真に受けたりマジ泣きしてくれちゃったりするじゃん」
と、明らかに今思いついた理屈を吐いた。

「あーんな酔っ払いの与太話。そんな夢を見たっていう話なのよ。
 真に受けられても困るわあ」
「夢ねえ。……なんだか、悲しい夢だな」
「そうねえ。今度からマレーバクの写真でも枕に入れようかな」
「七福神でも入れたらどうだ」
「あっはは!正月じゃないんだから!」

ふと、笑った表情をなるべく崩さないようにしたまま、
フジコの目が少しだけ遠くなった。

「……そうだ。ねえサトシさん、信じないなら教えてあげる」
「今度は何かな」
「幸せな夢を見せてくれる呪文よ」
「ほお」
「Safacaria(さふぁかりあ)。
 唱えると、いたずらっ子の神様が来るのよ。
 面白半分だから100%頼り切るのはやめたほうがいいけど、
 でもまあ8割がた望み通りのことを叶えてくれるわ、きっと」
「それが『知り合いの下級な神様』か?」
「まだ言ってる。信じないんじゃなかったの。
 やーね。ま、とにかく、いい夢見られるかもよって聞いたわ」


マッコリを置いたころ、ケイが戻ってきた。
そこからケイの想い人についての話になって、
七星銘柄のタバコの煙とともに
フジコの話はどこかへ逃げて行ってしまった。


Safacaria。
私は今幸せだ。
仕事は忙しいが充実していて、次の休日には恋人と過ごす予定が待っている。
だからどうか、私の友人に幸を。
こんな狭い街でしか生きられない我が同志に、待ち人を、どうか。

                      _■fin

-19-
Copyright ©鏡アキラ All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える