小説『レポートブック』
作者:鏡アキラ()

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【関口ルネに関するレポート 世界の穴】



「天地創造」というゲームを知っているだろうか。
スーパーファミコンのソフトで、たしかRPGだったんじゃ
ないかと思う。
地裏と呼ばれる世界に住んでいた少年が、荒れ果てた地表に来て
世界を復興創造する話だ。
表とか裏とかいうくらいだから物語の中では地球は膜状なんだろうな。
とにかくその世界には地裏と地表をつなぐ大いなる穴があって、
そこに飛び込むことで二つの世界を行き来できる、らしい。

「みたいな、感じ?」
「そう。だいたいそんな感じ」

俺が尋ねるとルネはぼんやりした声でそう言った。

「ただ、そんなふうに表と裏が繋がってるっていうような
 確固とした一対のものじゃなくて、
 とにかくここじゃないどこかにつながってるってだけなんだけど」

俺たちはいま、高校から十五分ほどの場所にある
大きな貯水池のまわりを散歩しているところだ。
貯水池といってもかなりしっかりしてるので
小規模なダムのような感じだ。
クレーターのような大穴の底に池が広がっているかたちで、
この柵から乗り出して見下ろす限り
水面まで五メートルくらいは高低差があるだろう。
土手はコンクリートでしっかり舗装されていて、
東側は傾斜がゆるいからそうでもないが
傾斜のきつい西側なんかは土手というより崖のようである。
落ちたりしたら相当あぶないんだろうなあ。


友達のルネは最近この貯水池を散歩するのが好きなのだと言って
俺を連れてきたが、
ついて開口一番が「この池ってさ、世界の穴なんだよ」だった。

世界の穴。
たとえばブラックホールなんかも
飛び込んだら時空を超えて別な宇宙に行ってしまうそうだが、
そんなふうにどこか違う次元につながっている、次元のひずみ。
この世界に穿たれた穴。

「ここだけじゃないと思う。ほら、地球ってこんなに大きいし。
 穴くらいもっとあるよ」
「で、どことつながってるって?」
「ほかのどっかの穴。アフリカに出るかもしれないし、
 太平洋のど真ん中かもしれないし、
 火星かもしれないし、世界の裏側かもしれない。
 でもたぶん、毎回同じとこに出るとは限んないの。
 次元の穴って不安定なんだよ」

ふうん、と俺はぬるい返事をする。


友達になったのはいつだったろうか。気づいたら友達だった気がする。
でも、二人でこうして歩くようになったのも、
こんなことを俺の前で口にするようになったのもわりと最近だ。
関口ルネに対する学校内の評価といえば
頭は上の中、外見と運動神経は中の中、
皮肉屋で短気だが空気は読めるのでウザくなくていい、そんなもんか。
むしろ冷めたところがあるくらいで、
こんな空想的なことを言うイメージはなかった。
今もほかの人には言ったことがないようで、
なんで俺が選ばれたのかはわからないが
なんとなく俺も「知ってるか?ルネって実は不思議ちゃんなんだぜ」とは
言いふらさずにいる。

「なあ、もしそれが本当だったらさ、トゥオは入ってみたい?」
「俺?俺は……おもしろいとは思うけど、
 戻ってこれないのはちょっと」
「だよな。お前、この世界に不満なさそうだもんな」
「うん」

柵に寄りかかりながらため息混じりに言うルネに
俺はそっけなく答えた。

「ルネは行きたいのか」
「いいじゃん、ワープホール。
 異世界行って世界を救ってもいいし。
 リアルなとこなら、北極でも砂漠でも、月でも土星でも」
「そんなとこに装備なしで投げ出されたら死んじゃうよ」
「はは、否めないねえ」

口にはしないでいるが、やっと少し笑ったその顔を見れば、
投げ出されて死んでもいいと思ってるらしいことは察しがつく。
でも何がそんなに不満なのかは俺にはわからない。
世界は平和で、風は涼しくて、
夕空を映す池はきれいで、横にはルネがいる。
俺にとっては何の過不足もない世界だ。

「北極なら防寒着要るし、砂漠なら水持ってかなきゃ。
 宇宙ならせめて宇宙服着ないと」
「じゃ異世界なら?」
「………」
「アドリブきかないな。せめて剣とヨロイくらい言えよ」
「ああ、なるほど」

俺につっこみを入れながらころころ笑うルネ。
もう沈んでしまった夕日の残り火のような
珊瑚色の薄闇が横顔を染めている。
考えすぎな友人の語る夢想はたしかに一枚の絵画のようにきれいだ。
そして空想を語るときのルネも儚げで、
なんだかルネ自身が夢そのものみたいな気分になって、
俺は少しざわざわした変な気分になる。
それもあまりいい気分じゃないやつ。

世界の穴。その先に何があるっていうんだ。
お前のほしいものはあんな緑に濁った池の中なんかにあるのか。

傾斜のきつい西側のコンクリ崖からひょいと飛んで、
池の水面をとぷんと揺らす。
関口ルネさん行方不明、友人の証言に基づき貯水池を捜索したが
未だ見つかっておらず引き続き捜査を、なんてニュースが夕方流れる。
おい、勘弁してくれよ。

「そういえばさー、ルネがその穴からどっかいったら
 俺もしかして重要参考人で事情聴取か?
 しかもなんなら俺が突き落とした可能性も含めて捜査される系?」
「お、そうか。いいねえ。
 檻に入れられてしばらくしたころ戻ってきてやろうか」
「やめろよそういうリアルなこと言うの。
 だったらお前が池落ちるとき追いかけてってやるぞ」

視線が一瞬俺をかすめる。
黒目がちのつり目は機嫌よさそうに細められ、すぐ池に戻った。

「ははっ。トゥオねえ、邪魔っちゃ邪魔だけど、
 まあお前ポンコツだしひとりじゃ何もできないもんな。
 追いつけたら忠誠心を買ってそのまま荷物持ちに使ってやるよ」
「言いたい放題ですねえ。なんかもういっそ気持ちいいわ」
「お!ドエムってやつですか」
「…まあ、俺がSだったら
 そろそろ喧嘩してるだろうから、そうかもな」
「あっははは!」

ついに声をたてて笑い始めるルネ。
あ、やっと、関口ルネに戻った、かな。

「…あー、疲れた。さて、帰るか」


俺は、ルネのほしいものが一体なんなのか知らない。
ここじゃないどこに行きたいのか、
そこまで何が不満なのかもわからない。
ルネは結局何がしたいのかなんて俺にはたぶん一生理解できない。
そして別に俺はそれを理解したいわけでも、
ルネの望みを叶えてやりたいわけでもない。
ただ俺は、お前がどこにいるかちゃんと確認できればいいんだ。


                       _■fin

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