小説『レポートブック』
作者:鏡アキラ()

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【トケビに関するレポート 夕やけ色】




ある日の学校帰り、僕は小鬼を拾った。



「キィ!キィ!」

三角公園のベンチ下から声。
鳥かなんかかと思ってのぞきこんだんだけど、
……小鬼……としか言いようがない生き物だった。
猫くらいの大きさで、サルっぽくて、ツノがある。

ぜっったい無視したほうがいい!
関わっちゃいけない!
だって何あれ!おかしいよ!

と思ったけど。
……子どもみたいだったし、雨だったし、足をケガしてて……
こっそり連れて帰った。
ケガの手当てを軽くして、雨が上がったら元の場所に返そう。

「キィ!」
「しっ!静かにしろよ!手当てすっから!」
「アパヨー!タリガアパヨ!」

おぉ!?びっくりした。こいつしゃべるのか。
何言ってるかはわかんないけど。
しばらく動きを見てて、
「タリガアパヨ=足が痛い」ということはなんとなく通じた。
何語?鬼の言葉かな?
とりあえず傷口を洗って消毒をし、血が止まるようにガーゼで縛った。


「俺はギム。ギ、ム。わかる?」
「ギ…ム」
「おぉ!そうだよ、ギム。頭いいなぁ。
 おまえは?名前あんの?」
「トケビ」
「トケビ?へぇ。わりと今風な名前だな。
 おまえ、帰るところあんの?お・う・ち」
「オ・ウ・チ……?」


トケビはたぶん子どもだと思うけど、にしても頭のよさはまぁまぁで、
動物だからとかいうより日本語が通じないのに近い感じだった。
手ぶりとかを使って話をしていくと
トケビはちょっとずつ日本語を覚えていった。

トケビは「おうち」がよくわかんないみたいで、
結局僕の部屋でこっそり飼っている。
エサは適当にごはんとか食べる。好物は豚肉。
赤い色をしたものにはさわれない。
イタズラ好きだけど勝負は弱い。
じゃんけんを教えてみたけどトケビが勝った試しがない。


8日目の夕方、足も治ったトケビを連れて、
あの三角公園に行ってみた。
人が少ないから大丈夫だろう。
見られたら「珍しいサルですよね」で押し通す。おっけ。

「オトソ!オトソ!」
「おそとだよ。
 ……なぁ、トケビはこの前ここにいたよな」
「キィ」
「……トケビ、ここに戻る?
 それともギムと一緒がいいか?」

トケビは何年くらい生きるんだろう。
トケビはどれくらい大きくなるんだろう。
どんな世話の仕方をするのが一番いいんだろう。
そもそもトケビって何なんだ。
ネコとかサルとかフツーの動物じゃないのはたしかだ。
情が移りはじめてる。
そろそろ決めなきゃいけない。

「あれ。ギム君?なにしてんの」
「おぉ、他意!なに?」
考え事をしてると急に後ろから声が降ってきた。
となりのクラスの友達だ。
「あれ?他意はなに、塾帰り?」
「ぼく塾行ってないよ」
「マジで?でもやっぱり行っといたほうがいんじゃね?
 マキリちゃんとかもそう言ってたよ。
 あ、ところでさぁ」
「一緒にお散歩かい?」
他意がにっこりしてトケビを指さす。
ダメだ。話をそらそうとしたの失敗。
「あぁ……コイツ?珍しいサルだよね!
 誰かが捨ててったのか迷子かなぁ」


「ジョクジェビ!オヒサシブリデス!」

やべっ、トケビがしゃべった!

「ばっ……」
「ジョクジェビ!ギム、トモダチ!」
「な、なんだろうな!変な鳴き声だねー!
 まぁいいや他意もう行こうぜ!」
「ギム?トケビ、トモダチ!」

あーもーやめろよ、やばいってマジ

「そうなんだぁ。よかったねえトケビ」

言ってる場合……え?

「他意……さん?何をおっしゃって……」
「ギムがトケビの面倒見ててくれたんだねえ。
 ごめんね、ありがとね」

にこにことトケビを抱いてお礼を言う他意。

え、マジで?おいー!

ていうかなんだろう、ザワザワする風の音がやたら気にさわる。

「な……なぁんだ、他意が飼い主なの?
 もー。公園でケガしてたぞそいつ。でも良かったわホント」
「あはは。坊っちゃん、飼うようなモンじゃないんだよォそいつは」

笑う声に振り向くと、大学生が何人かいた。
そういえば他意には大学生の兄ちゃんがいるはずだ。兄ちゃんと友達かな。

でも、やっぱりなにか、違和感。
トケビを最初に見たときの『なにこれ?』を
ずっと強くしたような、得体の知れなさ。
なんか……ちょっと怖い。

「ジョクジェビ!クミホ!」
「あんまり手間かけさせんじゃないよこのチビ」
「トケビ、トモダチ!ギム!」
「ごめんねーホント」
「あの……いえ……」


クミホと呼ばれた金髪つり目のお兄さんは微笑んだ。

「君、よくひと目でわかったねぇ。トケビが鬼だって」

「えっ、なんで」

「フフ。
 ねぇ、全部教えてあげるから全部忘れてね。
 いい?これは夢だった。
 夢だったんだよ」


クミホさんの瞳がぼぅわりと、赤みがかった金に変わる。
夕やけの色だ。
怖いのに目がそらせない。
これは……夢だった……?


「……トケビ(独脚鬼)は、韓国の鬼さ。
 そのチビは仲間とはぐれたうえに次元のひずみから落ちたんだな。
 うちらは化物つながりでチビを探してたけど
 まさか他意の友達が保護してくれてたとはね」


夕やけの公園。
夕やけの空。
夕やけ色の……。
ああ、そうだ。
『逢魔刻』なんて言葉をふと思い出した。
夕やけの、夢。


「僕は韓でいうクミホ(九尾狐)、名はサファカ。
 礼を言うよ、菱沼ギム君。これは借りだ。
 なんかあったらいつでも呼んでよ。お力にならせて頂くわ」


 × × × × × × × × ×


……いつから昼寝してたのか思い出せない。
夕日の差し込む自分の部屋。

夢を見ていた。
何か……誰か、友達のケガの手当てをした。
桐崎他意が出てきた。
「サファカ」という名前と、夕やけ色。

喉が渇いたな。
雲で角度をつけられた夕日が刺さるようでまぶしい。
もう少ししたらひと雨ふるのかもしれない。

冷たいサイダーが飲みたい。
夕立が来ないうちにコンビニに行ってこようか。三角公園前の。


                         _■fin

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