小説『考えろよ。[完結]』
作者:回収屋()

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 [想定外の事態ともっと想定外の事態]

「蒼神博士……一体コレは?」
 エンプレスは拳銃のホルスターに手をかけたまま固まる。
(そ、そんな……!)
 いきなり障害が立ち塞がった。
「大変だよライオン君! きっと、あたし等を狙った密猟だよ!」
「そりゃヒドイねパンダ君! 国際条約違反だね!」
 バカ二体が抱き合う。
「……蒼神槐さんですか?」
 防弾ジャケットに身を包んだ集団の中から、スーツ姿の中年男性が博士の名を呼んだ。
「え、あ……アナタは?」
「『国家調査室』の者です」
 スーツの男は身分証を取り出して見せ、同時に手で仲間に合図する。
「とりあえず作戦の邪魔になっては困りますので」
 博士とエンプレスの腕を武装隊員がつかむ。
「杜若(かきつばた)室長、コレはどうしますか?」
 呼ばれた方に目をやれば、ものすごく愛想の良いパンダとライオンがいる。
「蒼神博士、アレは?」
「知りません」
 とうとうクライアントがやさぐれだした。
「はい、スミマセン。確かにやりました。群がるガキ共があまりにウザかったんで……いえ、金属バットは自分のじゃありません」
「オハヨウからオヤスミまで暮らしを見つめてたら、ストーカーで捕まりました」
 聞かれてもいないのにパンダとライオンが余罪を述べる始末だ。
「国家調査室……それじゃあ、この部隊は……!?」
 エンプレスが事態の急展開に動揺する。
「我々はこれよりPFRSに対して強制捜査を行います。海底トンネルの設営に携わった業者から匿名の通報がありまして。このまま皆さんを解放するワケにもいきませんので御同行を」
 しまった……。
「当然のことながらこれは非公式の作戦です。成功しようが失敗しようが公式には発表されません。よって、最悪のケースもありえますが宜しいですね?」
 一方的に拘束しておいて宜しいもクソもない。
「ええっと……信じてもらえないかもしれませんが、着ぐるみの二人は調査会社から派遣された社員でして。しかも未成年なんです。せめてここで保護してもらえませんか?」
「申し訳ありませんが、素性の確認がとれない現状で解放するワケにはいきません」
 政府の役所仕事に融通はきかない。

 ガコオォォォォォォォォ――──!

 大量に積まれたコンテナの一つがクレーンで持ち上げられ、そこに地下へとつながる階段が現れた。
「室長、準備できました!」
 役人共はどうしようもなくヤル気十分で、部隊長がメンバーに檄をとばしている。
「わぁい、国家権力の横暴が始まるよッ! コワイよコワイよライオン君ッ!」
「よぉし、兵隊さん達の邪魔しないよう後ろの方で怯えてようね、パンダ君ッ!」
 二体の不燃物がヒシっと抱き合って震えてる。
「室長、この女……拳銃を所持していました」
 エンプレスのボディチェックをしていた隊員が、自動拳銃(オートマチック)を取り上げた。
「なるほど。目的はともかく手段は同様ということですか、博士?」
「彼女はPFRS本部に所属するSPです」
「ほう。どういう了見でここに?」
「蒼神博士の持つPFRSへの疑念に一部同意した。それだけよ」
「信じがたいな」
 そう言って室長は隊員達に目配せする。銃器をチェックする金属音がコンテナの森に反響する。
「では、博士とゲスト三名は私と来てください」
 一同にただならぬ緊張がはしる。早くも計画に狂いの生じた蒼神博士はオロオロするしかない。

 メンテナンス用海底トンネル『ソラリアム』──トンネル延長約60km。幅22m。高さ13m。約90万tのセメントと20万tの鋼材を使用し、最先端の掘削技術を駆使して15年かけて本土とPFRSをつないだ。トンネル内部には左右に設けられた歩道と、中央に敷かれたケーブルカー用のレールがはしっている。
 カツーン、カツーン、カツーン…………
 地上とは打って変わってヒンヤリとした空気が漂い、階段を下りる足音が澄んだ空気に良く響く。地下150m地点、本土側の駅となるポイントに到着。そこには重厚なケーブルカーが不気味に佇んでいた。
「部隊長、監視カメラは?」
「問題ありません。PFRS側の内通者が偽の映像と音声を流しています」
 蒼神博士と国家調査室長はケーブルカーに乗り込むと、並んでイスに腰を落とした。部隊員達は割り当てられた配置にバラける。
「どうしよ。酔い止めの薬忘れちゃったよ、ライオン君ッ!」
「平気だよ。ゲロっても画的にはバレないさ、パンダ君ッ!」
 いつまでたっても緊張感を持ってくれない変質コンビは、最後尾に仲良く着席。

 ガゴオォォォォォォォ……

 ほとんど置物と化していたケーブルカーにエネルギーが吹き込まれ、乾いた金属音が木霊する。子供の運転する自転車程度のスピードで走り出した。
「やたらと安全運転ですね」
 蒼神博士が不安げに呟く。
「PFRSに十分な?準備時間?を与えてやるのです」
「は?」
「ネット上に複数のテロリストがPFRS本部を強襲するという、偽情報を流してあります」
「そんな事をしたら警備がより厳重になって潜入が難しく……!」
「PFRSは我々と同じく政府直轄の機関ですが、私の知る限り、SP以外が銃器を所有し使用するのは禁止されています。が、一部の上級職員が警備の特殊性をでっち上げて、軍仕様の銃器を常用していると聞いています」
 室長が向かい側に座るエンプレスを睨みつける。
(…………)
 彼女としてはあまり目を合わせたくない。
「銃器類の摘発を口実にバイオハザードの件にも着手するということですか?」
「そうです。少々リスクはありますが」
「しかし、それほど済し崩し的に上手くいくでしょうか?」
「現在まで強制捜査に乗り出せなかったのは、PFRS本部の特殊な立地にありました。本土からのハッキングを受けつけず、直接占拠しようにも時間がかかりすぎて重要な情報を隠蔽されてしまう。だが、今回は蒼神博士の離反により内部がガタついている」
「なるほど……」
 図らずして自分の行動が別の組織を動かしていた。個人といっても組織に対して無力というワケではない。

 グォォォォォォン……グォォォォォォン……グォォォォォォン……

 ケーブルカーは重武装した隊員達に挟まれた形で、ひたすら真っ直ぐ進んで行く。図体のデカイ鈍足に乗って変化のない風景を窓から見ながらの行進は、なんとも退屈。故に脳内にはα波が大量発生。
「ングォォォォォォォ! フグォォォォォォォ!」
 後ろの方からわざとらしいくらいのイビキが聞こえ出す。腕組みしてふんぞり返るパンダに、ガックリと首が折れ曲がったライオン。
「蒼神博士、自分の立場上、関係者の素性を把握しておかなければならないのですが」
「話さないといけませんか……」
「はい」
 役人の仕事意識は強かった。
「実は──」
 博士はネット上で契約した調査会社と、そこから派遣されてきたという二人のこと。そして、エンプレスが話してくれた二人に関する疑惑について説明した。
「『柏木茜』?」
 杜若室長は目を細めて後ろにチラっと視線をやると、携帯端末(PDA)を取り出した。
「どうかしましたか?」
「…………」
 彼は携帯端末(PDA)を凝視しながら眉をひそめる。
「『汐華咲』という名前に聞き覚えはありませんが、『柏木茜』というのはドコかで……」
 何やら意味深な室長の言葉に博士は一瞬悪寒を感じた。エンプレスの話した内容にイヤな信憑性が出はじめた。
「いずれにせよ、後ろの二人が故意に博士へ接触してきたのは間違いないでしょう」
「そうですか……」
 情報機関の役人に面と向かって断言されるとやたらと重く響く。こうなると予定外のプロの武装集団は心強い。これでとりあえずは身の安全が保障され――

 ドサッ……

 ――た!?
「なにッ!?」
 人間の体が地面に転がる音がした。ケーブルカーの乗員達が目にしたのは運転手の……死骸。
「伏せてくださいッ!」
 室長は咄嗟に博士に組み付いて床へ伏せさせ、左右の歩道を並走している隊員達を見回してみる。しかし、ダレ一人として襲撃に気付いてはいない。
「ミス・エンプレス、何か聞こえたか?」
「……いや、何も」
 一緒に床へ伏せたエンプレスの顔色が変わる。ゴロリと転がる運転手の生首と目が合ってしまう。
<室長、何事ですか?>
 車内の状況に気づいた部隊長の声が通信機から聞こえてきた。
「周囲を警戒しろッ、運転手が襲撃を受けて死んだッ!」
<襲撃ッ!?>

 ドサッ────!

 隊員の一人が突然、上半身をグンッと仰け反ってレール脇に落下した。
「早く停止しないとッ!」
「駄目ですッ! 敵の位置が把握できないまま止まるのは危険だッ!」
 ガコンッ!
 室長は運転席まで這いずり、コンソールに手を伸ばして速度調整レバーを乱暴に押し出した。

 グオォォォォォォォォォォン!

 急激なスピード上昇でケーブルカーが悲鳴を上げ、さっきまでののんびりムードを払拭するかのように走り出す。
<室長ッ!?>
「強行突破するッ!」
 見えない敵の目的はおそらく蒼神博士だろうが、国家調査室としても計画は狂い出した。
「何ッ!?」
 スピードが最高速度まで達したところで、室長と蒼神博士の視界に出現した『人影』。それはレールの上に佇む一人の女性。このままでは確実に轢き殺してしまう。緊急停止ボタンに手を伸ばすが、その手を蒼神博士が払いのけた。
「止めちゃダメですッ!」
「殺す気ですかッ!?」
「止まればこっちが殺されますッ!」

 グシャ!

 避ける素振りも見せない女をケーブルカーの巨体が無情に轢き潰す。その直後──

 ガギギギィィィィィィィィ――――――────────────ッッッン!!
     
「――――ッ!?」
 何かがものすごい音をたてて裂けた。ケーブルカーが……前後に割れた。
「蒼神博士ッ!」
 エンプレスが咄嗟に手を伸ばし、彼を自分の方へ強引に引き寄せた。ケーブルカーは綺麗に両断され、前部と後部とが少しずつ離れていき、室長も慌てて後部に飛び込んだ。
「博士、ケガは?」
「なんとか……無事です」
「クソっ、どういうことだ?」
「ンガアァァァァァァァァァ! ンゴォォォォォォォォォ!」
 実にマズイ。正体不明の攻撃を受けているのに、頼みの武装集団が追いついてくるには少々時間がかかってしまう(パンダとライオンのイビキも最高潮)。
<室長、無事ですかッ!?>
 通信機から部隊長の喚き声が聞こえてきた。
「ケーブルカーが大破した! 原因は不明! 敵の姿も確認できない!」
 応答する室長の傍で、蒼神博士は綺麗にカットされた窓から恐る恐る外をのぞく。
「あ、蒼神博士だッ、生きてたのだッ♪」
 『敵』がいた。
「うわッ!?」
 窓ガラスにへばりついた一人の女がニコッと微笑みかけてきた。
「フ、フリージア……やっぱり君か……!」
 博士の頬が引きつった。

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