小説『考えろよ。[完結]』
作者:回収屋()

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 [突撃する蛮勇と迎撃する賢者]

 ガシャアアアアアアアアアア──────────────ッッッン!

 室長は備え付けの消火器を持ち上げ女めがけて投げつけた。
「バケモンがッ!」
 ガラス片を派手にブチ撒いて女はレールの上を転がった。
「蒼神博士、アレは一体!?」
「まさに『敵』です」
「PFRSの人間ですか!?」
「神の設計図(バイタルズ)から抽出されたタンパク質の適合実験に成功した、強化人間(ブースト・ヒューマン)の一種です」

 グオォォォン……グオォォォン……ォォォン………………

 ケーブルカーの残骸も惰性で走る限界をむかえてスピードが落ち……止まった。そして、前方に続くレールの上には残骸の前半分と白衣姿の淑女。
「そんな……!」
 蒼神博士が神妙な面持ちで指差した先には、赤縁メガネをかけた白衣姿の長身の女性が仁王立ちしている。テレビの記者会見でPFRSの支配人(オーナー)の隣に座り、記者から質問を受けていた職員だ。
「槐ッ!」
「は、ハイっ!」
 いきなり下の名前で呼ばれて反射的に博士が硬直してしまう。
「エージェント・エンプレスは?」
「ここにいます……」
 親に叱られる子供みたいな表情で彼女はその姿をさらした。
「エンプレス、支配人(オーナー)は大変困惑されています。本部に戻り次第言い訳を聞かせてもらいます」
「今、この場にて言い訳をしても宜しいでしょうか?」
「許可できません」
 エンプレスの意気込みはその場で一蹴されてしまった。
「『アンスリューム博士』……ど、どうしてここに?」
 蒼神博士が白衣の女の名を口にする。
「アナタの単純な思考パターンを読んだのよ」
「ボクはどうしてもPFRS本部に行かなきゃならない」
 彼は勇気をふりしぼりケーブルカーの残骸から降り立つ。そして、レールの上で対峙した。
「もちろん連行はするわ」
「…………」
「支配人(オーナー)は軍部からの命令に背いてまでアナタを殺害しようとした。アナタが秘密裏に接収した実験データの一部が、どれだけ重要か考慮した上での判断よ」
「ごめんなさい、アンスリューム博士。やはり、ボクはPFRSの不正を見逃せない」
「それだけ?」
「え、それは……」
 蒼神博士が何かを指摘されたみたいに怯んだ。
「『棕櫚(しゅろ)』に会いたいのね?」
「うッ……」
「エンプレス、槐を連れて先に行きなさい。中継地点に輸送ヘリを待機させてあります」
「は、はい……」
 彼女に気圧されてエンプレスが蒼神博士に目で合図した。その時……
「室長ッ!」
 大声とたくさんの足音を響かせて部隊がやっと追いついてきた。
「さて、アンスリューム女史。ここまでだッ」
 冷静に状況を観察していた室長が味方の到着を機に攻勢に出る。
「フリージア!」
 アンスリューム博士の怒号がとび、レール脇に転がっていた白髪で浅黒い肌の女が起用に起き上がる。

 ザッ――――!

 この展開に殺気を感じ取った隊員達が素早く戦闘態勢をとる。相手は密着式ボディスーツを纏ったモデル体型の女が一人。スーツから浮き出たバストとヒップのラインが妙に艶めかしい。
「ねぇねぇ、どうするぅ?」
「スーツの男は無視しなさい。他の連中は殺してよし」
 アンスリューム博士から冷徹なる命令が下された。
「はぁーい♪」
 元気な返事とともに両手に構えたブレードをギラつかせる。
「…………」
 一瞬、その場の全員が沈黙した。殺陣の空気を感じ取って――

 ズガガガガガガガガガガガガガガ────────────ッッッ!

 激烈な一斉射撃。銃弾は相手のボディスーツを裂き、皮膚を削り、体勢を崩す。激しく飛び散る火花と耳障りな轟音が目の前の敵を討ち滅ぼそうとする。
「痛いのだッ、ひど〜〜い!」
 敵は残骸となったケーブルカーの前半分に素早く逃げ込み、その身を隠す。
「部隊長、そちらから中を確認できるか?」
 室長が無線で話しかける。
「いえ、ここからでは死角になって目視できません。焼夷手榴弾でも投げ込みますか?」
「いや、PFRSとの交渉材料として使いたい。生け捕りにする」
「了解しました」
 部隊長が部下二名に手で合図する。
「大丈夫でしょうか……?」
 刑務所での惨劇からフリージアの悪意の無い暴力は経験済みだ。
「まさか、こんな所にたった二人で来られるとは」
 室長が半分呆れた顔でアンスリューム博士の面前に立ち塞がる。
「協力的な職員が不足してまして。御不満かしら?」
「いやいや、構いません。それではアナタも我々と御同行を」
「却下」

 ──ドサッ!

「なにッ!?」
 ケーブルカーの前半分に乗り込んだ隊員二名が、竜巻の直撃を食らったかのように中から放り出された。
 シャッ――――!
 そして、室長とアンスリューム博士の間を透明の『壁』が隔てた。
「蒼神博士、コレはッ!?」
「このトンネルに設けられた超耐圧アクリル壁です。部分的な水没があった場合、他のエリアと崩落箇所を隔離する機能です」
(……くそッ)
 案の定、後方にも隔壁が下りて部隊は檻に閉じ込められた。
「部隊長ッ、ケーブルカーを狙え!」
 室長の叫び。敵の次の出方は絞られたが、その展開に気づくのがわずかに遅かった。

 ────ストンッ

 鉄棒の逆上がりをする要領で、ケーブルカーの内側から屋根に跳び乗ったフリージア。その手にはいつに間にか鎖が巻きつけられていて、鎖の先は二本のブレードに繋がっている。
「やっちゃうぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 童女みたいな気合を入れる。部隊長の指示を待たずして銃口を向ける隊員達。が、わずかな遅れが人の命を――

 ビュンッビュンッビュンッビュンッ────────!

 奪う。
 ドサドサッ…………ドサッ……
 大気が裂かれ剣呑な光刃が隊員達の視界をかすめた瞬間、彼らの肉体は沈黙した。
「バカな……ッ!?」
 左右の歩道から人間の体の一部が次々と転がり落ちてきて、室長の足元には部隊長の頭部が。
「な、なんてことを……!」
 蒼神博士の全身が尋常でない虚脱感に苛まれ、その場にストンと崩れ落ちた。
「降りてらっしゃい、フリージア」
「は〜〜い☆」
 隔壁のロックを解除。攻撃手段を失った室長の前にアンスリューム博士が再度立ち塞がった。
「エンプレス!」
「は、はい!」
 一方的な惨劇を目の当たりにし呆けていたエージェントが、名を呼ばれて思わず硬直する。
「蒼神博士……行きましょう」
 中途半端な抵抗力は無いに等しい。
「いえ、ボクはまだ彼女に聞きたい事が──」
「この状況では建設的な展開は望めません。まずはヘリに……さあ」
 博士の腕をつかむエンプレスの手にグッと力がこもる。
「……分かりました。行きます」
 エンプレスの悔しさと無力感は腕をつかむ手から十分伝わってきた。

 ガコォォォォォォォォォォ…………

 隔壁がゆっくりと収納されていく。
「こ、こんな……!」
 情報機関が画策する超重要イベントがあっさりと幕を閉じた。油断していたワケではない。ただ、想定していた最悪の事態が違い過ぎていた。室長は体から力が抜けレールの上にガクリと膝を落とす。
「──さて」
 アンスリューム博士は死屍累々とした周囲を見回し、満足気に微笑んだ。蒼神博士とエンプレスの姿が十分遠ざかったのを確認し、彼女は戦意喪失した室長を尻目に残骸の後ろ半分を見つめた。
「?本題?に入りましょうか」
 この場にはまだ約二名のギャラリーがいた。
「うわァ、バカな大人達がバッタバッタと死んじゃったよ、ライオン君ッ!」
「どうしようッ! オマワリさんに通報しないと……あッ、地下だからケータイつながらないよ、パンダ君ッ!」
 わざとらしく怯えて抱き合ったりしている。アンスリューム博士は中指でメガネをクイっと押し上げる。
「客船での一部始終は衛星で観ていました。だから、余計な尋問で長居するつもりはありません。アナタ達は何者?」
「ボクは世界の人気者・パンダ君! 好物は笹と観光客♪」
「ボクは百獣の王・ライオン君! 好物は草食獣! 特にカルビ♪」
 予想通りまともな返事は返ってこなかった。
「ふぅぅぅぅ……」
 アンスリューム博士は白衣のポケットから紙タバコを1本取り出し、火をつけた。
「軍部? 電薬管理局? それとも他国の情報機関かしら?」
 彼女のメガネのレンズがギラギラしている。
「ねえねえ、ライオン君……あの人ってイカレてる?」
「きっとそうだよ、パンダ君。こんなボク等を見てスパイか何かと勘違いしてんだよ」
 ものすごい勢いでバカにされた。
「……ちッ」
 彼女はイラっとした表情で煙を吐き出し踵を返す。それを合図に、彼女の脇をフリージアが笑顔で駆け抜けていき、両手に構えたブレードを目標めがけて……

 ドンッッッ!!
 ──―――――――――― 轟音 ――――――――――──           
 バキンッッッ!!
 ──―――――――――― 衝撃 ――――――――――──

「――――ッ!?」
 アンスリューム博士の歩く方向へ金属の破片がものすごい勢いで飛び散り、地面に刃先が刺さる。彼女からサッと血の気が引いた。
(フリージアの単分子ブレードを……バカな!?)
「さっすがライオン君! 密猟者には近代兵器で自衛してこそ野生だね!」
「もちろんだよパンダ君! 何ちゃら条約を無視するバカ共はコイツで粛清さ!」
 百獣の王が重厚感タップリの長身銃を腰だめで構えている。で、パンダは横で笹食ってる。
「対物ライフル!?」
 咥えていたタバコが彼女の口から滑り落ちた。


※単分子ブレード=金属炭素のレーザーキャビテーション加工により、エッジを分子一つ分にまで研磨した刃。要するに、ダイアモンド並の硬度を有し、加える力によっては切断できない物質は無い。
※腰だめ=銃床を腰に当て、大まかな狙いで発砲すること。
※対物ライフル=主に狙撃と陣地、軽車両への攻撃に使用。機関砲弾に分類されるような大口径弾を使用。貫通力が非常に高く、土嚢や壁などの障害物に隠れる敵も殺傷できる。種類によっては、2km先の人を撃って上半身と下半身とが両断して吹き飛ぶ事例も。
 

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