[仁義無き女の闘いとギャラリーのオッサン]
「さてさて、クライアントを追わんとね。送迎ヘリに乗り遅れちゃう」
「そーだねそーだね、ハイジャックだね」
ここでも状況が一変した。あまりに想定外だ。
「アンスリューム博士ぇ、フリージアのが壊れちゃったよぉ」
一個小隊を瞬く間に血の海に沈めたブレードが叩き折られ、持ち主は鎖を振り回して悔しがっている。
「来なさい、フリージア!」
「う、うん……」
お気に入りのオモチャを無くした子供みたいな表情で、アンスリューム博士のもとに駆け寄る。
シャッ――──
隔壁がまたもや間を隔てた。
「ありゃま……どうするよ、ライオン君?」
パンッ──!
ライオンが自動小銃(オートマチック)ですかさず攻撃。しかし、弾は軽くはじかれた。
「9パラが一蹴されちゃいました。ダメだこりゃあ」
ライオン君がガックリだ。
(……よし)
とりあえず難は回避した。ブレードの耐久性能から考えて、対物ライフルの弾は炸薬式ではなく徹甲弾だろう。となれば、人間一人が通れるだけの穴を開けるには多少の時間がかかるハズ。が、防衛本能がけたたましくアラームを鳴らす。彼女はフリージアの手を取り早足でその場から歩き出した。直後……
ゴンッ……
音がした。銃弾が当たる音ではない。反射的に一瞬足を止めたが振り向かずにすぐ歩き出す。
ゴンッ──!
まただ。隔壁に向かって何かしている。だが、心配することはない。さあ速く、さあ速く。
ゴガァァァァァァァァ――――────ン!
「――ッ!?」
音が大きくなった。何のつもりだ、無駄な足掻きだ、後ろを見る必要はない。早急に中継地点のヘリに乗れば……
ガァン!! ガァン!! ガァァァァァァァァ──────ッッッン!!
「ひッ……!」
音は止まらない。激しさは増す一方だ。それに比例するようにしてアンスリューム博士の歩くスピードも増す。そして……
――――──ピッ……キィィィィィ…………
脅威に対する好奇心が恐怖と不安をわずかに凌駕した時、歩く足がピタリと止まって自分の背後を振り返る。そこで見えたのは肘をついて寝そべるライオンと、ケツをかきながらウロウロするパンダ。そして、隔壁にはヒビ。
「あ、うぅ……!?」
ヤバイ。何かよく分からないが、ヤバイ。発砲音は聞こえなかった。その事実が余計な想像力をかきたてる。
「フリージア、連中を見てなさい」
「うん、いーよ」
フリージアはアンスリューム博士の背を守るようにして、後ろ向きに歩き出す。生きた盾が監視してくれる。
「あ、パンダさんが壁に近づいてきたよ」
「……」
早速の報告。が、土木用大型トラックの直撃にも耐える防壁を前にして、あんなバカバカしい連中に何ができる?
「あ、脚を大きく開いて右腕を振りかぶったよ」
「…………ッ」
「あ、パンチだ」
ボォゴオォォォォォォォォォォォォォ――――――──────ッッッン!!
「あああああああああああッッッ!」
アンスリューム博士の悲鳴がトンネル内の空気をひどく震わせた。明らかに何かが破壊された音がして、彼女の足が歩行から走行に変わる。
「博士ぇ、壁に大きな穴が開いちゃったのだぁ」
「何故よッ!? どうしてよッ!?」
恐ろし過ぎて自分の目では確かめられない。でも、でも、科学者としての好奇心が。
チラッ……
──見た。
「待てやゴラぁぁぁぁぁぁぁぁ────ッッッ!」
「きゃあああああああああああああああああああッ!?」
隔壁をブチ抜いて突破したパンダが、怒号をあげて追いかけてきやがる。
「ぬ、抜けない……(汗)」
脱出口で腹部をつっかえているライオンもいます。
「フリージア! 早くアレをなんとかなさいッ!」
「いいの? 動かなくするの?」
「ええ、そうよッ! やるのッ!」
「うん、分かったのだぁ」
タンッ──!
フリージアは地面を勢い良く蹴って追っ手めがけて跳躍する。
「ほう、ヤルっての? 変態みたいな格好しちゃって!」
「そーだそーだ! エロけりゃいいってもんじゃないぞ!」
パンダとライオンが野次をとばすが、他人様の事をとやかく言える連中ではないし、エロの要素はどうでもいいし。
「イっくぞぉぉぉぉ──────っ!」
フリージアは一瞬で間合いをつめ超至近距離で回し蹴りを放つ。
「はッはぁーッ!」
パンダは前に体を折ってかわしたつもりだったが、なにぶん着ぐるみの頭部はデカ過ぎるためヒット。
「おうッ」
パンダの頭部がフッ飛び中から咲の本体登場。
「マズイよ、ライオン君! 予想以上に動きづらい!」
今更自分の悪フザケを後悔しているようだが、相方の方はまだケツの辺りがきつくてジタバタしている。
「……うぉい」
相方が役に立たないと判断したパンダは、応酬とばかりに振り向きざまに回し蹴りを放つが、フリージアはこれを難無くかわし、相手の胸ぐらをガッチリつかんで力任せに──
ブンッ────!
「ぬおッ!?」
とても女性の腕力とは思えない勢いで吹き飛ばされ、トンネルのコンクリート壁に叩きつけられる。更に追い打ちをかけるべく姿勢を低くしたフリージアが跳びかかる。
「うあひゃッ!」
あまりに矢継ぎ早なセカンドアタックに、慌てて垂直に掌底を突き出した。が、ネコ科動物のように体を捻ってこれを回避。そして、片手にはまだ折られていない方のブレードが。
ドンッドンッ────!
不意の銃撃。ブレードを握るフリージアの手の甲を9ミリ弾が砕く。
「いいいったあァァァァァいいい〜〜!」
少女のような声をあげてフリージアの体勢が崩れる。肉体的理由から脱出を諦めたライオンが、自動小銃(オートマチック)で援護にまわった。
「でかしたぞライオン君! ところで、そこのオッサン!」
「な、何だ……?」
外野に追いやられていた杜若室長をパンダが指差した。
「『強化人間(ブースト・ヒューマン)』って何?」
マイペースにも程がある。しかも、同じ質問これで三度目。
「違法な投薬や人体改造で生体機能を特化させた連中だ。言うなれば超人だ」
「超人!? つまり、空を飛べたりするワケ!?」
「飛ばん」
「つまり、目からビームが出たりするワケ!?」
「出ん」
「おのれ外道ッ!」
何が!?
「フリージア!」
「血が出たぁぁぁ、いっぱい出たぁぁぁ」
戦闘能力はともかく精神年齢はカナリ低いようだ。アンスリュームに呼ばれて軽く半泣きのまま駆け寄っていく。
「平気よ、フリージア。そんな傷はすぐに治っちゃうから。ねえ、そうでしょ?」
「うん、治る……」
「早く帰って『パパ』とお昼ゴハン食べなきゃ……そうでしょ?」
「うん、早く帰る」
子供をあやす母と盲従する娘。そんな光景にも見える。
ジャラッ――
乾いた鎖の音。刹那──単分子ブレードがヘビのような放物線を描いて襲いかかった。
「──ちッ」
とても人間の反射神経で回避できるスピードではない。咲は着ぐるみの胴体部分に首を引っ込めて直撃を避けるが、鎖は鞭のように器用にうねって着ぐるみに絡みつき、パンダを拘束した。
「イっくぞおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
気合一発。フリージアの両腕の筋肉が隆起し、絡め取られたパンダが宙に浮き上がってブン回される。人間砲丸投げ・第2号だ。
(PFRSめ、一体何を造ったんだ!?)
室長が青ざめる。人間の腕力で可能な領域を明らかに超えた、あまりにバカバカしい現実だ。
「咲チャ〜〜ン、どう? 楽しい?」
相方はシマウマのヌイグルミかじって遊んでるし。
「ヤっちゃうからねぇぇぇぇぇぇぇ!」
十分過ぎる遠心力を加え、フリージアは絡め取ったパンダをコンクリ壁めがけて――
「あっそ〜〜れっ!」
咲が跳び出した。コンクリと抱き合う直前に着ぐるみから緊急脱出。見ためには何ちゃら危機一髪だ。しかも、遠心力を利用して壁を蹴り、猿みたいに跳躍してアンスリューム博士の背後にストン。
「どうよ?」
「うッ……!」
彼女の喉元に押しあてられる咲の剣呑な指。
「あ、アンスリューム博士。すぐ助けてあげるのだ」
「ダメよッ!」
「えっ? どうして?」
フリージアの単純な思考パターンが戸惑う。
「メンドーは片付いた。行こうかね、ライオン君」
「う〜〜ん、う〜〜ん(汗)」
またもや脱出口に腹部がつっかえてジタバタしている。
「どういうつもりよ……PFRSに何の用があるワケ!?」
立場が逆転し顔色の悪くなったアンスリューム博士が激昂する。
「用? PFRSとかいう如何わしい集団なんぞに用は無い」
「うんしょ、うんしょ、オナカと背中が……くっつかない」
アンスリューム博士がキョトンとしている。
「何よそれ……特に理由も無く、ただ成り行きでクライアントにくっついてたというの?」
「無礼な! 労働して生活費を稼ぐという合法的な理由がある!」
「ガンバレ! ガンバレ! 皮下脂肪!」
「結局は金か」
彼女は両手を頭の後ろに回し両脚を大きく開く。
「フリージア、先に行きなさい」
「どうして?」
「いいから!」
「……は〜〜い」
叱られた幼女みたいにトボトボと中継地点へ向う。
(冗談じゃないわ……どういう肉体構造しているのよ!?)
彼女は砕かれた隔壁を再度確認して息を呑んだ。
(素手で破壊した? 人間が? ありえない……神の設計図(バイタルズ)のタンパク質と高い適合率を実現させたフリージアが苦戦した……このガキも強化人間(ブースト・ヒューマン)? 敵性国家の? いや、企業かもしれない)
なんとしてでもこの場から逃げ切らなければ。彼女は科学者としての洞察力をフル回転させる。
ダッ──!
逃げた。特に対抗策は無い。ただ単純に逃走するしかなかった。
「ヘイ、ライオン君!」
「いいとも、パンダ君!」
パンッ──!
「あうッ……!」
一発の銃声。履いていたパンプスの踵が砕け、小さな悲鳴を発して前のめりに倒れた。
「はいはいはいはい、ジ〜タバ〜タするなよーッ♪ 更年期がくーるぜぇ〜〜♪」
不吉な笑顔でパンダが接近してくる。
「で、だ……」
彼女の側にしゃがみこみ小さな手で頭頂部をガッチリとつかんだ。
「一度しか言わんよ。よく聞きたまえ」
咲の口元がいびつに歪んで博士の耳元でボソリと囁きだす。
「いやぁまいったね、ライオン君」
「大人は怖いね、パンダ君」
しばらくして中継地点のヘリポートにやってきたのは、不自然な一団。手錠をかけられたパンダとライオン。そして、国家調査室長。その前を行くのは、片方だけ裸足になった顔色の悪いアンスリューム博士。それと、しょぼくれたフリージア。
「…………?」
ヘリで待機していた蒼神博士達がその光景を怪訝とした顔で見ている。
「いやはや御待たせ」
「さあ参りましょ」
咲と茜は元気に搭乗。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
いまいち状況が分からない。
「全くもってダイジョーブじゃない。こっちはもうボコボコにされちゃって」
「わたし達の見事な土下座でなんとか凌いだけどね」
証言内容と彼女等の状態がかみ合っていない。
「蒼神博士、部隊は全滅しました」
「そ、そんな……!」
室長の悲痛な呟きに彼は落胆の色が隠せなかった。
「外部に救助は頼めないんですか?」
「秘密工作のため、当局との関与について疑いを持たれないよう、一切の定期連絡を絶っています……」
折角出会えた希望が早くも潰えた。
(…………ぅ)
ただならぬ罪悪感が彼の背筋を這い上がってくる。また沢山の人間が死んだのだ。
ヒュンヒュンヒュン――──
輸送ヘリが上昇しはじめる。コックピットに座るエンプレスがアンスリューム博士に一瞥をくれる。
「あの……何があったんですか?」
「何もないわ。ええ、何も」
「そ、そうですか……」
ヘタに追求すれば余計な火の粉が降ってきそうな……そんな雰囲気のため口を噤んだ。ただ一つハッキリしていることは、一番隅に腰かけてる不審者二名が何かやらかした──という事。