小説『考えろよ。[完結]』
作者:回収屋()

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 [不毛な問答と敵地到着]

(くそッ……どうする?)
 アンスリューム博士は軽く歯を噛み鳴らし考え込む。咲に耳元で囁かれた言葉が頭の中で反芻されて仕方ない。
「ひとつ、ヘリにあたし等も乗せること」
「ふたつ、蒼神博士にはあたし等がした事は何一つしゃべらないこと」
「みっつ、腹減った」
(…………)
 国家調査室の役人はどうとでもなるが、後ろの不審者二名だけはPFRSに招待などしたくない。
「ところで蒼神博士ってさあ、この件片付いた後は何か将来の展望とかあんの?」
 ヘリが飛び立ち、すっかりくつろぎモードに突入した咲が静かに問う。
「ボクは科学者です。PFRSを本来の正しい姿に更生させて、社会に貢献できる事業に専念させたいんです」
「さ、左様で……」
 適当なリアクションを用意していなかった咲は、茜に「ダメだこりゃ」みたいなアイコンタクト。
「ボクは『性善説』を信じています。悪人と呼ばれる人達は、生まれ育った周囲の環境がそう育ててしまう……だから、ダレだって悪の循環から脱出できれば真人間になれる。そう、なれるんです」
 PFRS側の人間に拘束されて吹っ切れたのだろうか、彼はやたらと力強く主張した。周囲の空気は微妙だが。
「ふぅ〜〜ん……」
 咲は窓に額をくっつけて眼下に広がる海を見下ろしながら、神妙な顔つきになった。
「じゃあさあ、その『環境』はドコのダレがつくったんだろうね?」
「え……?」
「『環境』が人間を悪党に育てるってことは、その『環境』を揃えた人間は当然悪党なワケだ。じゃあさ、その悪党をつくりだした『環境』もまた別にあるって事になっちまうが……どうよ?」
「そうなりますね」
「ということは、最初にとんでもなく『高純度の悪人』がこの世に産まれ、最古の『環境』をつくっちゃったことになる。だって、人格を形成する『環境』は人工的なものであって、自然発生したりしないんだし」
「そ、それは……」
 蒼神博士が言葉につまる。
「博士が性善説を信じるのは結構。でもね、それは博士が育った『環境』が構築した自我の一部だと思うよ。とどのつまり、性善説は『事実』ではあるが『現実』じゃあない」
「……ぅ」
 言葉が返せない。しかし、このまま論破されては良識ある大人として恥ずかしい。
「それじゃあ、咲さんは生まれつきの悪人を懲らしめるために、ボクの依頼を引き受けたというんですか?」
 彼は絞り出すような声で応酬する。
「あたしは懲らしめたりなんかしない。徹底的に駆逐するのみ。全ては白か黒。中間なんて都合の良いモノは所詮、欺瞞」
「仕方のない事情で悪事に手を染めてしまった者も、強引に裁断するということですか?」
「仕方なく悪事に手を染めるようなヤツの意志は、既に悪なり」
「だから、その芽を無碍に摘み取って消してしまうと!?」
「悪党になることを回避する術は二つ。博士の言う性善説を心の拠り所にして悪人に殺されるか……悪人を殺すか」
「バカなッ、それでは殺人行為の肯定です! 悪人に悪行で対抗するのは不毛です!」
「なら例えばの話、<産まれたての赤ん坊を無惨に殺害された母親が、犯人を殺害>……これも『悪』?」
「ええ、もちろんです。死に対して死で購いを求める姿勢こそ不毛の連鎖であり、悪の芽を増長する元凶です」
「自分の身に同じことが起きてもそう言える?」
「…………ッ、言えます……言えますとも!」
 依怙地な子供みたいに無理した感じで断言した。ヘリが飛び立ってから数分で中の空気はすっかり淀んでいる。
「えっと……お取り込み中スミマセンが、わたくしめの下腹部で尿意という魔物が暴れ出しましてね、はい」
 茜がわざとらしく前かがみ中。
「さあ、御早くッ!」
 咲から差し出されるバケツ。
「うわ〜〜い、ショック・ザ・女の子ってカンジだね……」
 さすがに却下。
「漏るッ漏るッマジで漏る! マジで恋する5秒前!」
「はい、どうぞ」
 咲がヘリのドアを開けてやった。
「うわ〜〜い、世界初・ヘリから生放尿する19歳だね……」
 これまた却下。
「――ん?」
 海上を見下ろした茜の目が何かをとらえた。
「咲チャン」
「なんじゃい?」
「真下になんかいるよ」
「クジラか? 環境保護団体か? アパートの大家か?」
「ん〜〜……多分、『戦車揚陸艦(LST)』」

 ドゥンッ──────────!

「――――ッ!?」
 強烈な空気振動が伝わってきて、ヘリのすぐ側を?物体?がものすごいスピードで通過した。
「地対空ミサイル!?」
 操縦席のエンプレスが状況をいち早く察知した。
「ど、どういうこと!?」
 アンスリューム博士は双眼鏡を手に取り真下に目をやった。
「博士、何が見えますか!?」
「マズイわね……なんて短気な『来賓』なのよッ」
 彼女から焦燥感が滲み出る。
「アンスリューム博士……?」
「全速力でPFRSに逃げ込みなさいッ!」
「りょ、了解ッ!」
 ──グンッ!
「うおッ!?」
 ヘリの突然の傾斜に乗員はあたふた。
「こりゃーイカン! 目的地が近いということは新しい衣装に着替えんと!」
「そだねそだね! メイクは女の命だよね!」
 この状況でも悪フザケを忘れぬ立派な信念の咲と茜。
「海賊かッ!? テロリストかッ!?」
 すっかり気落ちしていた室長が大声を上げる。
「似たようなモノよ!」
 表情を強張らせたアンスリューム博士からは、何かを知っているような様子が見てとれた。その後、ヘリは特に追撃も受けず、PFRS本部がハッキリと視認できるほどの距離まで近づいた。
「…………」
 もしかすると海に撃墜されていたかもしれない一瞬を経験し、一同は無口になっていた。生着替え中の二名を除いて。そんな中、ふと杜若室長が呟く。
「『戦車揚陸艦(LST)』なんてよく知っていたな」
 彼は隣に座る茜を睥睨する。
「あっれェ〜〜、わたしそんなこと言ったけェ?」
 わざとらしく目を逸らしてスッとぼけた。
「『柏木茜』という名は本名か?」
「かもしんない」
「こらこら待てーい! うちの相方に何の容疑をかけようってか!?」
 容疑が多すぎて困ります。
「着陸準備に入ります」
 エンプレスが安堵した様子で伝える。とうとう目的地に到着したのだ。
「うわッ、デカッ!」
 咲が前方に広がる光景を目にしてびっくりしている。最新鋭の超大型浮体海洋構造物(メガフロート)を土台にして造られた、正方形の人工島。国際水域のド真ん中に陣取り、中央の超高層ビルと周囲の主だった施設には、100名余りの職員等が働いている。ヘリはゆっくりと高度をおとしてヘリポートへの着陸準備に入る。
「当然の処置として槐は私と一緒に支配人(オーナー)の元へ来てもらうわ」
「はい……」
 敵陣に入った。過程はともかく当初の目的は果たした。ただ……チラッと横に目をやれば、新コスチュームに着替え終わった自称・ボディガードの二名。
「きぃおーつけぇーいィィィ!」
「びしッ!」
 相変わらずドコに隠し持ってたかは知らないが、今度は軍服。ここから導き出せる展開としては、PFRS到着 → バカ二名を解放 → エマージェンシー。
「茜ニ等兵、これより降下せよッ! 作戦開始ッ!」
「行ってきますッ! 鬼軍曹殿ッ!」

 バッ──!

 飛んだ。ヘリはまだ着陸前。
 ぐしゃ……
 逝った。
 ヒュンヒュンヒュン――──
 ヘリが着陸。側には戦死者1。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ――――!」
 何が彼女をそんなに興奮させるのか、咲鬼軍曹はヘリを降りると同時に竹槍構えて走り出す始末。向かう先からは送迎用のジープが二台走ってくる。
「あの〜〜、咲さ〜〜ん!」
 蒼神博士が一応呼び止めてみるが止まらない。ジープめがけて真っ直ぐ突っ込んで行くその勇姿は、どんどん小さくなって…………ドンッ。
「あ、はねられた」
「はねられましたね」
 茜ニ等兵と蒼神博士が「まあいいか」って感じで呟いた。ジープの方も何事もなかったかのように止まらないし。
 キッ――
 送迎車が止まる。先頭車両にはスーツ姿の男女が数名乗っていた。
「……エンペラー」
 運転席から降りてきたスキンヘッドの男を見て、エンプレスは申し訳なさそうな面持ちで俯く。二台目の後部座席にはスーツ姿の初老の男が一人乗っていた。
「……支配人(オーナー)」
 蒼神博士の面前に最も警戒せねばならない相手が現れた。
「――ん?」
 咲と茜の視界にどういうワケか三車両目が現れた。ただし、自動車ではなく……『自転車』。当然のことながら人が跨っているワケだが、何故かその人物は白衣姿に目出し帽を被っている。
「敵襲ゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」
「ヤっちまうでありますッ!」
 自転車に跨る珍人物に対してやたら反応し攻撃意志をムキ出し。
「蒼神君、こちらに乗りたまえ」
 PFRS支配人(オーナー)・魅月氏が後部座席から降りてきて彼の名を呼んだ。
「…………」
 蒼神博士はあえて押し黙る。相手はつい先日、自分にフリージアをよこして抹殺しようとした張本人。穏やかに対応できるものではない。
「折角戻ったんだ。話し合いの一つもせんかね?」
「……ええ、もちろんです」
 覚悟はあるが気がかりもある。彼は後ろを振り向いて同伴者二名に目をやった。
「咲さん、茜さん……ありがとうございました。予定通りとはいきませんでしたが、助かりました」
「むッ、任務終了でありますか、司令官殿!?」
「とうとう解散でありますか、司令官殿!?」
 到着5分で不名誉除隊。
「咲さん」
 蒼神博士はおもむろに彼女に歩み寄って手を差し出した。
「短い間でしたが本当にありがとうごさいました」
「……う、うむ」
 握手を求められて咲は彼の手を握り返したが、珍しくリアクションが大人しい。心なしか気恥ずかしそうだし。
「鬼軍曹殿! 性欲センサーが異常をキャッチ! こ、これは……ラブ注入でありますッ☆」
 バキュ〜〜ン!
「はうッ」
 咲鬼軍曹、発砲。茜ニ等兵、再度の戦死。
「依頼料はなるべく早く振り込んでおきます。それでは」
 そう言って彼は少し申し訳なさそうな笑顔で踵を返した。
「あ、うん……よろしく」
 赤面。赤面。赤面。
 バンッ──
 車のドアが閉められ本部ビルに向けて出発する。
「……さて」
 残されたエンプレスに任されたのは雑務の処理。
「茜ニ等兵ッ! これより我軍は次なる作戦につくッ!」
「何でもこいでありますッ!」
 雑務の対象その1とその2がほざく。
「さ、行くぞ」
 ズリズリズリ…………
 襟首をつかまれマヌケに引きずられてく二名の敗残者。世界的規模の影響をもたらす政府施設に野放しにしていい輩ではない。
(コイツ等は何かしでかす――――ゼッタイシデカス)
 エンプレスの苦労多き一日が始まった。


※LST=人員や物資の揚陸を目的とする揚陸艦の内、揚陸艦自体が直接海岸に乗り上げることによって、歩兵や戦車などを揚陸する艦種のこと。

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