小説『考えろよ。[完結]』
作者:回収屋()

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 [ランチタイムとティータイム]

 ガサゴソ、ガサゴソ……

『PFRS(パフリス)』――新薬の開発と、世界規模で展開する環境整備都市の設計でその名を轟かせ、軍用兵器のコンサルタントも請け負い、わずか20年で不動の地位を築いた国営企業。ただし、マスコミの間では、軍部の兵器を密輸するためのダミー会社も兼ねていると噂され、現実に取引先には先進各国の軍部が含まれ、軍需産業から得られた利益が過半数を占めている。

 ガサゴソ、ガサゴソ……

 PFRSの土台である人工島のシステムは、独自の技術を駆使した特許の塊。潮風に強く、農薬散布が不要な芝生が年中緑の匂いを漂わせている。成分調整された肥沃な土壌には、世界中の木々が根をおろし、季節の移り変わりを知らせるよう操作されている。敷地のいたるところに道路が整備されており、PFRSの開発した燃料電池で走るジープは、排出するガスを空気中で無害な物質に分解する。一般には環境保全の面で高く評価されている。

 ガサゴソ、ガサゴソ……

 その立地条件から外部との移動手段は船かヘリに限られ、基本的に職員は敷地内に設けられた宿舎で生活しており、ベイエリアには週に一度の定期便が物資を届け、食料品店・病院・日用雑貨店が建ち並ぶ。大型のハリケーンや通信事故に備えて十分な備蓄もされており、海上のコロニーとして機能している。

 ガサゴソ、ガサゴソ……

 さっきから近くで変な音がしているが何だろう?
 ガサゴソ、ガサゴソ……
 あ、ほらまた。今、あそこに落ちている『段ボール』が動いたような気がした。清掃車が巡回する敷地内において、あまりに不自然な光景……少しの間見ていよう。

 ――――――――────────。 

 ピクリともしない。気のせいだったのだろうか?
 ガサッ……ゴソッ……
 音がした。けど、振り向けば動いている様子はない。しかし、確かに段ボールはさっきの位置から移動している。ちなみに、段ボールにはサインペンで『スネーク号』と書かれてる。
 ガサゴソガサゴソ! ガサゴソガサゴソ!
 すんげぇスピードで動き出した。あッ、後ろから清掃車がやってきた。このままじゃ轢かれてしまう。
 ――ガサゴソガサゴソガサゴソッ!
 清掃車の接近に気づいてスピードアップ。しかし……

 ────グシャ

「あ……」
「あ……」
 『スネーク号』が轢き逃げにあった。すぐ側で様子を見守っていた茜ニ等兵とエンプレスの心が一つになったりした。潰れた段ボールから道路に赤黒い液体が流れ出したりして、何気に大事故。業務上過失致傷も気にせず、ヨロけながらもゴールを目指して進む。そして……ゴ〜〜〜〜ル!

「ミッション終了ォォォォォ!」

 段ボールが内側からバリバリっと裂けて、中から血まみれの咲鬼軍曹が出現。
「ハァハァ、危険で過酷な作戦だった」
 危険というより迷惑だ。
「鬼軍曹殿ッ、どうしますかッ!?」
「突入あるのみッ!」
 そう言ってゴール地点となった建物の中へ。正面入り口には『社員食堂』と書かれている。つまり、食事。
「ちょっとアンタ達……」
 早く本土への送還手続きを済ませたいエンプレスとしては、迷惑この上なし。
「動くんじゃねぇ!」
 突入するなり調理場で仕事しているオッチャンに向かって、機関銃(オモチャ)で警告。
「焼き肉定食はあるかッ!?」
「あるよ」
「安全かッ!?」
「安全だよ」
「よし、一人前用意しろッ!」
「ごめん、さっき売り切れたよ」
「きゃあああああああああああああッッッ!」
 早くも敗退。オモチャを構えて周囲を警戒。そして、目にしたのは隅っこの方で一人寂しく食事している職員(?)の姿。よく見れば、さっき自転車に乗っていた目出し帽の不審人物。
「ま、まさか……」
 双眼鏡を手に取ってテーブルの上を確認。目標は……焼き肉定食と判明。
「おのれッ、吉田ああああッ!」
 勝手に命名。
「まあ、飲みなさい」
 調理場のオッチャンがコーヒー出してくれた。
「うわ〜〜い☆」
 あっさり降伏。カウンターに着席。そして、エンプレスが口を開く。
「この際だからハッキリ言っておく。アンタ達が調査会社の社員でないことはバレているわ。蒼神博士の身辺警護は口実……本当の狙いは何?」
「茜ニ等兵、事の重大性を教えてやりたまえ」
「我々には生活がかかっているのであります。無事に郵便振込みがされないと、大家にアパートから投棄されるのであります。火曜日に」
「あくまでしらばっくれるワケ……」
「鬼軍曹殿、どうやら我々は、蒼神博士の言っていた『神の設計図(バイタルズ)』とかいう物体と関係があると思われているようです」
「ぬッ、やはりそうか。しかし、クライアントの話はよく聞いてなかったんでよく分からん」
 社会人失格だ。
(こ、コイツ等……!)
 どうあっても真意が見えてこない不審者二名に、エンプレスのイライラは募る。そんな彼女の憤りを他所に二人はコーヒーをグビグビ。
「げぇっぷ」
「うえっぷ」
 それでいいのか女の子?
「とにかく、次の定期便が来るまで拘束するわ。本部ビルには絶対入るな。支配人(オーナー)にも私の仲間にも、あの夫婦にもこれ以上関わるんじゃない」
「……『夫婦』?」
 鬼軍曹と二等兵が顔を見合わせて首を傾げる。
「蒼神博士とアンスリューム博士よ」

 ブウぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ────────────ッッッ!!

 二名が同時に吹いた。とてもキレイに吹いた。虹が出来た。
「ま、ま……マジでッ!?」
 ここ数日間で一番の驚きっぷり。
「だ、だまされたァァァァァァァァァァァァァ――――――────ッッッ!」
 ズガガガガガガガッッッ!
 そこいらじゅうにオモチャの機関銃をブッぱなす。音声のみだけど。
「……何のこと?」
「てっきり独身だと思って発情してた自分が……恥ずかしいィィィィィィィ!」
「アンタ、クライアントに手ぇ出す気だったの?」
「いいじゃんッ! あたしはああいうマゾっぽい匂いのする美青年が好物なのッ! 下半身が制御不能なのッ!」
 最低だ。
「鬼軍曹殿、休憩終了であります」
 紙ナプキンで鼻をチーンとかんだニ等兵が敬礼。
「むッ、もうそんな時間か」
 隅っこでは食事を終えた吉田(?)さんが、何故か窓から外へ出ようとしている。
 ズガガガガガガガッッッ!
 今度は吉田さんめがけて発砲。やっぱ音声のみ。
「茜ニ等兵!」
「いえっさー!」
「これより先のミッションは勇気と信念が試される!」
「了解であります!」
「しかし、我々にそんなモノは必要ない!」
「もっともであります!」
「必要なモノは!?」
「肉欲と笑いであります!」
「よくぞ言った! ついて来い!」
 ──ダダッ!
 鬼軍曹、走る。さっき吉田さんが開けていった窓をわざわざ閉めといて、少し助走をつけといてから……

 ガシャアアアアアアアアア────────ッッッン!

 突き破っていった。
「……おいおいおいッ!」
 呆気にとられていたエンプレスが少し遅れて後を追う。これまた割れた窓から跳び出していく。その様子を調理場のオッチャンは優しい笑顔で見送るしかなかった。

 
 PFRS本部ビル60階・『来賓用会議室』。ビル全体の無機質な感じとは逆にエアコンや端末の設備が無く、床に土と石を敷き詰め、壁は四方向全てガラス張り。背の低い樹木まで植えられており、植物園のような雰囲気と香りがたちこめている。南の窓際に設けられた簡易カフェテラスには、紅茶と御菓子が用意されていた。
「とりあえず席に着こうか」
 支配人(オーナー)に促されて席に着いた蒼神博士が、腰をおろして初めて気がついた。
(……四つ?)
 椅子が四つ。彼の隣にアンスリューム博士が座り、彼女の向かい側に支配人(オーナー)が座った。では、その隣にある席は? 支配人(オーナー)・魅月氏が目を細め、テーブルに両肘をついて手の平を重ねた。
「君の生還が世界を追い詰めた」
「え?」
「PFRSの体面や地位を守るため殺害を指示したと考えているならば……間違いだ」
 ガチャ──
 扉が開いて軍服姿の人物が三名現れた。
「確か直接的な面識はなかったな。紹介しよう、『ダリア准将』だ」
「なッ!?」
 あまりの唐突さに蒼神博士の顔が引きつる。銀髪をオールバックにした長身の女性で、歳は40代前半程だろうか。二人の男性将校を従えており、彼女は一言も発さず蒼神博士の前に歩み寄って……

 パンッ────!

 いきなり彼の頬を平手打ちした。
 

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