小説『考えろよ。[完結]』
作者:回収屋()

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 [はばかる軍部と暴れる部外者]

「うッ!?」
 まさかの不意打ちにヨロめく博士の胸ぐらをつかみ、自分の方へ強引に引き寄せた。
「はじめまして、蒼神槐君」
 端正な顔立ちをしてはいるが、その表情には大いなる怒りの色が滲んでいる。准将は支配人(オーナー)の隣へ面倒臭そうに腰をおろして、胸元で堂々と腕組みをする。
「ところでアンスリューム、PFRSは腕の良いパイロットを飼っているな」

 ガタッ──!

 座っていたアンスリューム博士が思わず立ち上がり、准将をキッと睨みつけた。
「座りたまえ」
「……はい」
 支配人(オーナー)に促され彼女は眼鏡の位置を直しつつ着席する。
「事の次第はモニターしていました。准将、ミサイルで威嚇するとは度が過ぎますな」
「軍部の厳命を無視し、上級職員を抹殺しようとした行為は度が過ぎんのか?」
「…………」
 支配人(オーナー)に返答はない。そして、この状況下で蒼神博士の情緒が安定しようもない。自分の殺害を指示した張本人と、軍部に拘束しようとする将校が同席しているのだから。
 カチャ……
 ダリア准将はカップを手に取って紅茶を一気に飲み干す。
「全員時間に追われる身だ。早速、本題に入ろう。蒼神、弁明すべきことはあるか?」
「…………」
 彼は黙秘に徹する。それ以外に抵抗の手段を持ち合わせていない。

 バシャ──!

「うっ……!」
 自分の紅茶を准将にブッかけられて蒼神博士が怯む。
「話にならんな。どうしてくれる?」
 准将の鋭い視線が支配人(オーナー)を射抜く。
「少々宜しいでしょうか?」
「何だ?」
 状況を見兼ねてかアンスリューム博士が割って入る。
「彼を犯罪者として拘束するのなら、弁護士を呼んでからにしてください」
「拘束?」
 准将は脚を組んで軽く鼻で笑うと二人の部下に手で合図した。
「ワタシは気が短い。前戯は省いて単刀直入にブチこませてもらう」
 テーブルの上にスーツケースが置かれ、中から剣呑な道具一式が取り出される。そして、将校二人が蒼神博士の脇に立ち、両腕を押えつけてヒモのような物で椅子に固定してしまう。
「准将ッ!?」
「騒ぐな小娘ッ」
 34歳になる女性に対して小娘と一喝した准将は、部下から注射器を手渡され立ち上がる。
 ガッ――!
 彼女は蒼神博士の髪を鷲掴みにして無造作に引っ張った。
「うッ……!」
「さて、コイツが何だか分かるかい?」
 そう言って手にした注射器を目の前でチラつかせる。
「……自白剤です」
「効果は?」
「……大脳上皮の麻痺」
「使ったことは?」
「……ありません」
「そいつはよかった。初体験だな」
「くっ……」
 容赦なく注射器の針が彼の皮膚を貫く。
「准将、お待ちを」
「何だ?」
 注射器の内容物が注入される寸前で支配人(オーナー)が声をかけた。
「朦朧とした状態での自白は信憑性が低くなり、細部については記憶違いや記憶の齟齬が出ます。あるいは、投薬された人間の主観的妄想が含まれる場合もあります」
「だから何だ? 薬が回れば政治家でも僧侶でも等しくそうなる」
「だから困るのです」
「どういう意味だ?」
「彼が削除した実験データを復元するには、シーケンサーを正しく操作する必要があります。薬を使用しては精密な作業は無理です」
「……ちッ」
 准将は軽く舌打ちして注射針を引き抜いた。そして、蒼神博士の顎先をグッとつかんで自分の顔に引き寄せた。
「神の設計図(バイタルズ)は軍部の所有物であり、PFRSは専用の金庫でしかない。勝手な接触は断じて許さん」
 女性のモノとは思えない重低音の声が囁かれる。
「……ふぅ」
 アンスリューム博士が安堵のため息をつく。
「魅月」
「何でしょうか?」
「猶予は24時間だ。結果を出せ」
「成果が出なかった場合は?」
「『沈丁花(じんちょうげ)』が直接占拠を行い、職員全てを査問にかける」
「了解しました」
 支配人(オーナー)は特に動揺する様子もなく、自分の紅茶を口に運んで飲み干した。

 ゴゥゥゥゥゥゥ──────ン……

 ダリア准将と二人の将校を乗せたエレベーターが降りて行った。会議室に残った三人は口を噤んでしばらく微動だにしない。

 ドゴッ──!

「あぅ!?」
 大きく振りかぶったアンスリューム博士の拳が、蒼神博士の頬にめり込む。
「このバカッ!」
 両肩をワナワナと震わせながら本気でキレている。
「ふぅ……」
 その光景にうんざりした様子の支配人(オーナー)は席を立ち、のどかな陽射しの差し込む窓ガラスに額を押し当て、目を閉じた。
「支配人(オーナー)、SPのエンプレスさんから聞きました」
「…………」
「彼女は<恐怖に打ち勝てる人間はいない>と言っていました」
「…………」
「恐怖を消すため、神の設計図(バイタルズ)は人間をヒトではないモノに変えました」
「…………」
「しかし、もうここまでです。アレを破壊しましょう」
 蒼神博士の真摯な発言にアンスリュームが目を丸くする。
「君が削除した実験データの内容は大よそ見当がつく。君も神の設計図(バイタルズ)に話かけられたのだろう?」
 そう言って蒼神博士を睥睨した。
「は、はい。でも、どうして……?」
 不意打ちを食らって彼は一瞬戸惑う。
「君達は『惑星自壊説』という学説を知っているかね?」
 魅月氏は観葉植物の葉を弄りながらポツリと呟く。
「いえ、ボクは……」
「確か大昔にネットに流れたカルト的な学説だったような」
「そうだ。<人類とは地球によって創造された生体兵器である>……蒙昧な科学者の血迷った仮説だ」
 彼は霧吹きを手に取って中を見る。水は入っていない。空だ。
「しかし、もし……その仮説を発表した根拠が神の設計図(バイタルズ)にあるとすれば、その科学者も君と同様にアレの破壊を考えただろうな」
「……?」
 脈絡のない話に蒼神とアンスリュームが瞠目する。
「では、場所を変えようか」
 そう言って魅月氏はエレベーターのコンソールを操作した。 
      

「准将、猶予など与えて宜しかったのですか?」
「構わん。こっちにも準備時間が必要だ」
「しかし、連中もバカではありません。何かしら策を講じてくるのでは?」
「それでいい」
「は?」
 本部ビルを出たダリア准将と二人の将校は、送迎用のジープを無視し徒歩でヘリポートに向かっていた。
「火薬の量は十分過ぎるくらいで良い。PFRSのバカ共には徹底抗戦に出てもらう」
「ですが、隣国の領海が肉迫しているPFRSでの戦闘行為は……」
「上層部の腰ぬけ共がどう騒ごうが知ったことではない。ワタシの沈丁花がきっちり仕事をこなす」
 准将は強烈な毒を吐き、軍服のポケットからシガレットケースを取り出す。ケースから出てきたのは葉巻でも紙タバコでもなく……『スティックシュガー』。端を千切り伸ばした紅い舌の上にサラサラと乗せていく。ヌラヌラとした舌の上に白い小山ができて……
 ──ゴクッ
 蛇のように飲み込んだ。
「つまり、無かった事にする……と?」
「そうだ。PFRSの連中には全員?無かった事?になってもらう」
 そう言って不気味に微笑んだ。

 ダダダダダダダダダダッ────────!

 彼女達のすぐ側をものすごい勢いで走り去り、ヘリポートめがけて突進していく二つの影。強烈な直射日光が照りつける中、全く怯まぬ咲鬼軍曹と脂汗で蝋人形みたいにテカってる茜ニ等兵が、異常なテンションで出没。
「ぬッ、茜ニ等兵!」
「何でありますか!?」
「行き止まりだ」
「そのとーりであります!」
 ヘリポートまでやって来たはいいが、ヘリの操縦なんぞできるワケもない偽兵士。二人してグダグダしている。
「仕方ない。かくなる上はブッ壊せ! 目標は待機中のヘリコプターだ!」
「ヤっちまうであります!」

 ドッゴオオオオオオオオオオオオオ────────ッッッン!

 背負っていたチンケなバズーカ砲をブッ放す。しかし、砲弾は出ない。大量の煙を吹いただけ。
「ぬッ! 説明したまえニ等兵!」
「申し訳ありません! コレは早朝バズーカでした!」
「バカ者! とうに昼過ぎだ!」
 そういう問題ではない。
「鬼軍曹殿、緊急事態であります!」
「どうした!? 予定外の爆音に驚いて軽く失禁したか!?」
「それだけではないであります!」
 したんだ。
「何事だ!?」
「あそこで我々の作戦を観察する輩がおります!」
 匍匐前進しながら准将達を指差してほざく。
「……准将」
「……何だ?」
「こちら側としてはどう対応すれば?」
「知らん」
 間違っても関わりを持ちたくない類いの連中を前に、准将と将校二名は当惑気味。
「見られてしまっては仕方ない! 殺ってしまえ!」
「らじゃあーッ!」

 ポ〜〜ン……

 キレイな放物線を描いてのんびりと投げつけられる手榴弾。
 ──パシッ
 ダリア准将はこれを冷静にキャッチ。咲めがけて投げ返す。

 カキィィィィィィィ────────────ン!
 打ったああああああああああああ――――――ッ!

 鬼軍曹がオモチャの機関銃でフルスイングだ。
 のびる。
 のびる。
 のびる。
 で――――。

 ドカアァァァァァァァァァァァァァァ────────────ッッッン!

 大・爆・発。
「……あれ?」
 本物が混じってた。
「茜ニ等兵! 我が部隊の訓辞を述べよ!」
「負けないこと! 投げ出さないこと! 逃げ出さないこと! 信じないこと!」
 信じろよ。
「撤収ぅ!」
 二人は現状を見なかったことにして駆け足。
「……准将、既に何か起きているようです」
「……行くぞ」
 彼等もまたこの状況を見なかったことにして、ヘリに乗り込もうと――
「――ん?」
 ダリア准将が足を止めた。逃走していく咲の顔を目を細めて見つめている。
「准将、どうかされましたか?」
「……ん、いや、何でもない」

 ヒュンヒュンヒュンヒュン――

 三人を乗せたヘリが上昇していく。PFRSに与えられた猶予はわずか。神の設計図(バイタルズ)をめぐってそれぞれの思惑が錯綜しはじめた。が、ただ一つだけ……
(さっきの小娘(ガキ)、ドコかで……?)
 ただ一つだけ、ダレの思惑とも関係ない不確定要素が生まれようとしていた。

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