小説『考えろよ。[完結]』
作者:回収屋()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

 [仮説の真偽と究極の小競り合い]

 ガコンッ──

 エレベーターのドアが開く。眼前に広がるのは、金属とコンクリートの交じり合った無機質な空間。
 カンカンカン……
 階段を降りた先に見えるのは、吹き抜け状になった巨大な強化ガラス水槽。その中に佇む人間の形をしたリアル過ぎる模型と14名の職員……だった者達。
「そのままだ……」
 蒼神博士が消え入りそうな声で呟いた。
「ああ、その通りだ」
 支配人(オーナー)・魅月氏は少々申し訳なさそうな表情で俯いた。
「アナタが去ってからもずっと検査しているけど、特に目新しい情報は得られてない。何も聞こえてないし、一言も喋らない。なのに健康状態はすこぶる良好……ワケが分からないわ」
 アンスリューム博士は水槽周辺のコンソールを操作し溜め息をつく。
「蒼神君、さっきダリア准将がPFRSは『金庫』だと言ったのを覚えているかね?」
「……ええ」
「PFRSの設立に掛かった莫大な費用と維持費は、その殆どが准将によって賄われている。国防予算に意見できる立場の一人とはいえ、一個人が好き勝手できる額ではない。私が一介の科学者だった頃からのつき合いではあるが、正直なところ素性が知れん」
(もしや……)
 蒼神博士が確信する。
「神の設計図(バイタルズ)は本来なら人の目に晒される予定ではなかった。が、地球は15万年経っても成果の得られない計画に痺れをきらし、人間の手に委ねようと考えた」
「軍部は神の設計図(バイタルズ)を軍事利用するため、PFRSという金庫を用意したと?」
 アンスリューム博士が訝る。
「いや、計画は軍部によるものではない。『惑星自壊説』で唱えられている通り、地球の意志が具現化されたものだ」
「なるほど……惑星が自殺などすれば、人類のみならず全ての生命が滅ぶ。そうなると解っていれば、ダレだって阻止しようと考える。で、自壊のカギとなる神の設計図(バイタルズ)をなるべく人の目に触れられない場所に隠匿した……と?」
「ああ、そんなところだ」
「はっ……バカな。新興宗教の教祖がたれる説教じゃあるまいし。ネット上で興味本位で注目されただけの仮説に、軍部の決定権が左右されると言うんですか?」
「その通りだ」
 魅月氏の返答に躊躇は感じられない。
「正気ですか!? ちょっと、槐からも何とか言ってあげて」
 彼女は頭を横に振りながら蒼神博士に目をやった。
「地球の自殺までの猶予はどれくらいですか?」
「ちょ、槐ッ……?」
「……やはり、君という若者は変わっているな。何を根拠に賛同するのかね?」
「ボクは知っています。アナタは決して嘘をつける人間ではないと。現在も昔もそれは変わらない。だからこそ発表した。ただし、軍部の監視があったため、公式な学説としては認められなかった。そうなんですよね?」
 蒼神博士の言葉にアンスリューム博士はハッとし、魅月氏は小さく頷いた。
「神の設計図(バイタルズ)が政府機関に接収された当時、私は税金で食いつなぐ公僕にすぎなかった。どういう経緯かは知らないが、精密検査に立ち会う機会を得て接触し、ダレがどう考えて何を実行しようとしているか、無理矢理知らされた。同じなんだろ? 君の時も」
「いえ、ボクが接触で得た情報はもっと抽象的なモノでした。言うなれば、ダレかとの会話の断片みたいなもので、神の設計図(バイタルズ)は何だかのファクターを必要とし、探している最中であると訴えてきました」
「そうか……いずれにせよ、再度ダリア准将を招かねばなるまいな」
 彼は水槽で静かに佇む職員達を哀れみの目で見つめた。
「先ほど来賓室で准将が口にした『沈丁花(じんちょうげ)』とは?」
 アンスリューム博士が目を細めて問う。
「『沈丁花』とは……世界規模で蔓延する恐れのあるウイルスや病原体を、街ごと封じ込めて滅却する特殊機関。トップに立つダリア准将が全権を掌握していて、場合によっては一国の首相の権限を無視して独断で行動できる」
「それはつまり、PFRSを軍事力でもって強制的に占拠し、神の設計図(バイタルズ)をいつでも奪取できるというワケですね」
「ああ、その通り。しかし、だからと言って蒼神君の提案通り破壊するワケにもいかん。この14名の職員はまだ生きている。原因をつきとめる前に破壊すれば彼等の命に関わるやもしれん」
「あ……」
 蒼神博士はまたもや失念するところだった。自分の勝手で生じた沢山の人の死を。
「支配人(オーナー)、少々宜しいでしょうか?」
「ん?」
 アンスリューム博士が魅月氏のもとに歩み寄り、彼の耳元で何かを呟きかけた。
「……分かった。私は先にスノードロップを召集して今後の対策を練るとしよう」
 そう言って彼は踵を返してエレベーターに乗り込む。
 ゴウゥゥゥゥゥゥン……
 エレベーターは上昇していき、薄暗いP4施設に二人っきりとなる。そして。
「――ぅ!?」
 突然、蒼神博士の身体が強引に引き寄せられ、アンスリューム博士と密着する。
「……ん」
 蒼神博士の腰に回された腕がしっかりと絡みつき放さない。頭一つ分背の高いアンスリューム博士が、相手を見下ろすような形で抱き締めている。
「……ぁ…………」
 彼の口から苦しみにも似た声が漏れる。彼女の方は溜まっていた何かを一斉にブチまけたかのように、貪っている。まるで動物の捕食行為だ。
「どうして逃げたの? この卑怯者ッ……!」
 アンスリュームからわずかに聞こえてきた嗚咽。        
「だ、だってボクには力がなかったから……」
 自分に出来る事と出来ないことは分かっていた。経験値の少なさも、人の機微を見逃してしまう愚かさも気にしていた。だから思った。ダレか力を貸してくれ……ボクは一人じゃ何も判断できないんだ。でも、ボクに協力してくれた人達は死んでいった。一体ダレが悪いんだ? ボクか? 軍部か? PFRSか?
「そんなコトない。槐、アナタが必要なの。さあ、『棕櫚(しゅろ)』の所に行きましょう」
 アンスリューム博士は慈しみの声で彼に呟きかけ、その手を取ってエレベーターまでエスコートする。
 ゴウゥゥゥゥゥゥン……
 二人はエレベーターに乗り込んだ。エレベーターは上昇していき、海底の研究所から人の声も物音も一切が消えた。

 フッ――

 一瞬、巨大水槽のすぐ側を影が一つ通り過ぎ、物音一つさせずに薄明かりの下その姿をさらした。コンソールを操作する真っ黒なスーツ姿の人物。
「青いですねぇ……なんとも青い」
 ガコンッ──!
 水槽のハッチのロックが解除される音がした。


 PFRS本部・北方区――ジープが一台走っている。後部座席の中央には焦燥した中年男性が座る。高そうなスーツは薄汚れネクタイはヨレヨレ。その中年男性を挟んで座る男達は、綺麗なフォーマルスーツ姿で腕組みし周囲を窓から警戒している。運転席と助手席に座る者達も同様で、助手席のスキンヘッドの男はPDAで何かを調べている。
「……ん、身元の確認がとれた。PFRSへようこそ、国家調査室長殿」
 エージェント・エンペラーは小バカにするような口調で彼に一瞥をくれた。
「政府の偉い御役人様は大変ですなあ。こんな辺境に御一人で視察ですか?」
「ホッホッホッ、タワー君の皮肉は相変わらずおもしろいのぅ」
「…………」
 左右を挟むエージェントの無駄口など全く気にしない素振りで、室長は押し黙る。
「そういえばエンプレスの事聞いたか?」
 エンペラーが運転席の女に問いかけた。
「さっきね。なんでも後ろのオッサンに加えて、アンスリューム博士とフリージアが同伴してたそうじゃない。一体どうなってんの?」
「それだけじゃない」
「ええ、分かってる……」
 ハンドルを握る女の手にイヤな汗が噴き出す。さっきから周囲の様子が気になってキョロキョロしてしまう。
「おい、プリエステス……事故ンなよ」
 彼女の様子に気づいたエージェント・タワーが口を出す。
「うっさい。オマエは話しかけるなッ」
 車内の約三名は同様にピリピリしていた。
「……ん?」
 コンソールのモニターから緊急コールが発せられている。エンペラーがモニターを操作する。
<私よッ! エンペラーはッ!?>
 エンプレスがかぶりつくような勢いでリーダーを呼びつける。
「よう、久し振り」
「ホッホッホッ、元気そうで」
<だからッ、エンペラーはッ!?>
 後部座席のマイペースな男共は無視だ。
「何事だ?」
 エンペラーがモニターに顔を近づける。
<今、北方区?>
「ああ。調査室の役員殿同伴でゲストルームに向かっているところだ」
<近くに人影は無い?>
「……人影?」
<いいから!>
「…………いや、ダレもいないが」
<油断しないでッ! そっちに向かったハズだからッ!>
「だから何のこと……だ……?」

 ピッピッピッ! ピッピッピッ! ピッピッピッ!

 笛の音?
「…………」
 車中の全員が瞠目しモニターのエンプレスが固まっている。

 ピッピッピッ! ピッピッピッ! ピッピッピッ!

 前方から聞こえてくる。プリエステスがスピードを落とす。
「おい、ありゃ何だ……?」
 タワーが呆けた面で指差した先──炎天下に迷彩服を纏って、ヘルメットを装着した総勢二名の兵士さん。ジョギングしながら笛を吹いている。ヘルメットで陰ができて顔が見えない。

 ピッピッピッ! ピッピッピッ! ピ――――――────ッッッ!

<ちょっと、どうかしたの? 笛みたいな音がするけど……?>
 エンプレスがオドオドしはじめる。
「止まった」
<は?>
 ザッザッザッ! ザッザッザッ!
「足踏みしはじめた」
<は?>
 キッ――!
 異様な危険を察知したプリエステスが車を停止させる。彼等の前方50メートル程先に……

「あたし等正義の兵隊さーん!」
「わたし等正義の兵隊さーん!」
 ザッザッザッ!
「悪党潰して金もらうー!」
「悪人倒して金もらうー!」
 ザッザッザッ!
「性欲・物欲ふりかざしー!」
「食欲・私欲を武器にしてー!」
 ザッザッザッ!
「弱者を救うのカッコイイー!」
「強者をボコるの気持ちイイー!」
 ザザンッ、ザンッ!
「いくか!?」
「いきましょ!」
「やめるか!?」
「やめましょ!」
 どっちだよ。
 ザッ──!
 不審者二名の動きが止まりその場で起立・あ〜んど・敬礼。
「――――ッ、プリエステス! バックだッ!」

 ギュルルルルルルルルゥゥゥ――――────!   

 <緊急事態>の四文字が車中によぎって、エージェント達の本能が「何かヤベえッ!」と叫んだ。

-17-
Copyright ©回収屋 All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える