小説『考えろよ。[完結]』
作者:回収屋()

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 [サラリーマンと会議の行方]
 
「失礼しま〜〜ッす!」
 本部ビル正面玄関にてダレかが喚いている。一人は高齢サラリーマンが好みそうなスーツを着て、ネクタイにはハッキリと『上司』の刺繍。もう一人は全くサイズの合ってない制服をピッチピチにさせ、背中にハッキリと『OL』の刺繍。そんな二人の後ろには気絶して地面に転がっている男が一人。

 ズ〜リズ〜リ、ズ〜リズ〜リ……

 二人は男の足をつかんで無造作に引きずる始末。そして、堂々と正面からゴーッ。
「どちら様でしょうか?」
 ロビーの受付嬢Aがどうしようもなく当たり前の事を尋ねた。愛想笑い100パーで。
「あたしは汐華部長ッ! 立派な上司だッ!」
「わたしは柏木平社員ッ☆ 雑務はお任せッ☆」
 そう言って名刺を叩きつける。手書きの。
「アポイントはございますか?」
 受付嬢Bがなんとも冷静に眼前の珍事を処理しようと笑顔。やっぱり100パーで。
「そんなモンは無いッ! 超とびこみ営業だッ!」
「交通費の事後処理はダメよ☆」
「…………」
 受付嬢A&Bの視線が床の上にブッ倒れてる男に向けられる。どう見てもコレは事件だ。
「申し訳ありませんが、御予約の無い方は御通しできません」
 受付嬢、ハモる。同時に、足元にある警報ボタンをヒールのつま先で連打。笑顔はキープして。
「ガキの使いじゃねーんだ、社長を出せコノヤローッ! つーかまずは粗茶を出せよコノヤローッ!」
「部長、落ち着いてッ! 間違いなく年金はもらえますからッ!」
「うるせー、新入社員ッ! こんなパッツンパッツンの尻をくねらせやがってッ! こうしてやるッ!」
「いやぁーッ! 助けて警備員さんッ!」
 とってもイタイ小芝居が展開。
 ツカツカツカ……
「お客様、すみませんがこちらへ」
 やってきたのはキレイな制服に身を包んだ、とっても体格の良い警備員三名。
「どーもスイマセン」
 素直に土下座して謝る社会の底辺達。
「とにかくこちらへ」

 ズ〜リズ〜リ、ズ〜リズ〜リ……

 土下座したまま引きずられていく。もちろん、気絶したままの杜若室長もイイ感じでくっついている。


「さて、諸君」
 本部ビル24階大会議室。フロアは大学の講義室を思わせるような造りで、非常に緩やかなすり鉢状に設計され約300名が着席できる。教壇に立っているのは支配人(オーナー)・魅月紫苑。講義を受けるのは、真っ黒なスーツ姿の本部直属SP『スノー・ドロップ』。
「大問題が発生した」
 魅月氏の言葉に一同が強張る。
「支配人(オーナー)、宜しいでしょうか?」
 一番奥の末端の席に座る女性エージェントが、講義の出鼻をサラッとくじく。
「何だね、『デス』?」
「我等スノー・ドロップのリーダー殿と、他数名の姿が見当たりませんわ」
「ふむ、そのようだな。エンプレス、心当たりはないかね?」
「あ、はい……その……」
「どうかしたかね?」
「……いえ、北方区を移動中に事故を起こしたようでして。もうしばらく時間がかかるかと……」
「そうか。では、仕方ない。時間に余裕が無いので先に話を始めよう」
 そう言って自分の背後を占める巨大スクリーンに指でタッチする。スクリーンに映し出されたのは一人の女性。 
「単刀直入に言おう。本日、このPFRSは戦場になる」
 彼は毅然とした態度でそう答えた。エージェント達に当然のざわめきが生まれる。
「支配人(オーナー)、質問いいっスか?」
「かまわんよ、『ラヴァーズ』」
「このオバハンはドコのダレっス?」
 テーブルに顎を乗せてだらしなく座る年若い兄ちゃんが、小さくピョコッと挙手。
「ボケかオマエッ!? ボケかオマエッ!? アレは軍人でとってもエライ奴ッ!」
 隣に座る年若い姉ちゃんがムダに大きな声で言う。唾も飛ぶ。
「それは見りゃ分かるっスよ、『ハイエロファント』。知りたいのは──」
「彼女は『ストレー・シープ・ダリア』。階級は准将。自称43歳の超資産家だ」
 魅月氏が苦笑いを浮かべて回答する。
「濃厚なドSの匂いがするよね、『スター』」
「ええ、とってもするわね、『デビル』」
「きっと趣味は戦争とか言ってそうだね、スター」
「ええ、とっても言ってそうね、デビル」
 最前列に座る十二、三歳くらいの少年・少女が、スクリーンをビシッと指差しながら感想を述べた。
「残念ながらその見たて通りだ。24時間以内に、このPFRSは軍部の特殊部隊によって占拠される」
 ザワッ……
 一同が不吉な空気にざわめく。
「それって軍事作戦っスか?」
「そうだ」
「何てコトッ! 何てコトッ! よくナイよッ!」
「沈丁花による秘密工作だ。実動は決して国内外に洩れない」
「支配人(オーナー)、?24時間以内?というのは確定ですか? それとも軍部の口約束かしら?」
 尋問でもするような口調で『デス』と呼ばれた女が問う。
「准将は反吐が出るほどワンマンだ。自分が圧倒的に有利な立場にありながら、平気で取り決めを破る」
 バタンッ──
「遅れました。申し訳ありません」
 非常口が開いてエンペラーを先頭にタワー、プリエステス、ムーンが入室する。
「エンペラー、ダリア准将によるPFRS占拠作戦が実行される。何か建設的な対抗策でもあれば先に述べて欲しい」
 SPのリーダーは立ったままサングラスを外し目を細めた。
「……ここの海域はサンクチュアリなのでは?」
「残念ながら、沈丁花は人間を相手に武力を行使する組織とは認識されていない。世界規模で蔓延する恐れのあるウイルスの撲滅を目的とした、いわゆる検疫特殊機関として実動内容が公開されている。そして、現在のPFRSはタイミング良くバイオハザード事件で脚光を浴びている。つまり、多少の強行が目立っても、諸外国や報道機関に対する言い訳としては十分筋が通る」
「まるで国のシステムがハッキングされたような気分ですね」
 プリエステスの表情に不愉快さが滲み出ている。
「その通りだ。そこで、我々は選択を強いられている……素直にPFRSを明け渡して全員で避難するか、それとも徹底抗戦に出るか」
「徹底抗戦……!?」
 ザワッ──!
 尋常でない提案にほとんどのメンバーが浮足立つ。当然だ。魅月氏を含め、この場にいる全員はPFRSという国営企業の従業員であり、資本のほとんどが軍部から出ている。徹底抗戦とは軍部に対する謀反であり、ヘタをすればテロリストとして扱われる。
「ダリア准将の最終目的は神の設計図(バイタルズ)の回収と思われる。諸君等にはあまり詳細を話したことはなかったが、アレは諸君等が考えているような、文明の遺物でもオーパーツでもない。軍部の手に戻れば確実に良くない事が起きる。惑星規模でな」
「惑星規模?」
 エンペラーが小さく首を傾げた。
「デス、『ガイア仮説』を知っているかね?」
「地球の生物と無生物、すなわち大気圏・海水圏・岩水圏・生物圏が一つの大きな恒常的システムを形作っているとする、エコロジーの仮設ですわ」
「その通り。つまり、惑星は他の生物と同様に一個の生命体として存在し、なお且つ厳然たる意志を持つ。私は神の設計図(バイタルズ)から回避不能な近い将来を知った。地球が自らの意志で?死?を理解するため?自殺?を謀っている……と」

 ザワザワザワッ────!

 異様としか言いようのない雰囲気が入り交じる。普通に聞けば酔っ払いの与太話としか思えない内容だ。
「そ、それって……この世の終わりってコト?」
 中央に座る一際恰幅のいい中年男が、脂汗で額をヌラヌラさせて呟いた。
「ちょっと『フール』、鵜呑みにしちゃダメっスよ。自殺と言っても、世界がアルマゲドンに突入するってワケじゃ……」
「諸君、これは外国の内紛をニュースで眺めているワケではない。現実はすぐそこまで迫っている」

  ――――――――――。

 静まり返った。自分達のボスがイカレた……とは思いたくないが、突然の荒唐無稽な話に動揺を隠せない。
「支配人(オーナー)、我々にどうしろとおっしゃるのですか?」
 今の話を信じているのかどうかは分からないが、デスが指示を乞う。
「本来なら、責任者たる私は全員に退去命令を下さねばならない。しかし、出来ることなら……残って神の設計図(バイタルズ)を死守してもらいたい」
「つまり、籠城ですか?」
 デスがイヤな二文字を口にする。
「しかし、訓練を受けていない多数の職員等は……」
 エンペラーが焦燥感をあらわにする。
「もちろん、非戦闘員に特攻をかけろとは言わん。職員や通常警備の者には地下のシェルターに避難してもらう。ただし、そこまでだ。防衛ラインを突破されればPFRSと心中してもらうことになる」
 魅月氏が冷たく言い放った。
「じゃあ、軍部を相手にボク等が頑張らなきゃ皆死んじゃうワケだね、スター」
「ええ、そういう展開になるわね、デビル」
 少年少女がサラリと流す。
「ホッホッホッ、いくらなんでもSP22名で軍の特殊部隊は相手にできんよ。魅月さん、ここは素直に撤収を考えた方が賢明だと思いますな」
 ムーンが朗らかに正論を述べた。
「今の話を理解しなかったのかしら? 神の設計図(バイタルズ)が軍部の手に渡れば、とりかえしのつかない事になると支配人(オーナー)はおっしゃいましたのよ」
 デスが敵意すらこもった声で言う。
「申し訳ないが、そんな性質の悪い妄想のような話はとても信じられませんな。地球が自殺を望んでいるなど……ホホッ」
 ムーンがせせら笑う。その様子をエンプレスは複雑な気持ちで観ていた。
(どうする……どうする?)
 バイオハザードの真偽と支配人(オーナー)の真意を知るため帰還したが、帰ってみれば予想外の非常事態に巻き込まれた。最早、個人の言動で容易にどうにかできる空気ではない。さあ、どうする自分?
 そんな時――
<失礼します>
 会議室の内線に連絡が入った。
「何だね?」
<こちら一階の警備室ですが、先程、正面玄関のロビーにて不審者二名を拘束しました>
「何者かね?」
<分かりません。ただ、蒼神博士に会わせろとずっと喚いています>
 その報告を聞いてエンプレスの顔色がみるみる悪くなる。
「アポイントは入ってなかったハズだが」
<本人達は『汐華部長』と『柏木平社員』などと名乗っていますが、身分を証明する物は所持しておらず、さっきからやたらと挙動不審です>

 ぐしゃ……

 エンプレスの顔面がデスクに沈んだ。
「よく分らんが待たせておいてくれ。後で向かう」
<了解しました>
 ざわっ……ざわっ……
 一部のエージェントがこの報告にどよめく。
「エンプレス、アノ二人は一体何なんだ?」
 隣に座るエンペラーが迷惑そうな声で彼女に問う。が、エンプレスにとっても何が何だかで、そりゃこっちが聞きたいってハナシだ。
「では諸君、事は急を要する。迅速且つ正確に行動してもらいたい。プリエステス、フール、スター、デビルの四名はオペレータールームへ。マジシャン、ジャッジメント、ハングドマン、タワーの四名は、各セクションに保管されている銃器と弾薬を回収し、メンバー全員に配分。他の者達は職員の避難誘導に協力してくれ」
 支配人(オーナー)の指示のもと、エージェント達が一枚岩となって動き出す。
「エンペラーとデス、君等は残ってくれ。別に話がある」
 言われて二人は立ち止まり、他のメンバーが全員ホールを退出したのを確認して、出入り口に電子ロックがかかる。
「さて……」
 支配人(オーナー)は虚脱したかのように壇上に腰を下ろし、合わせた手に顎をのせた。
「正直なところ、皆は不安で頭の中が混沌としているだろうな」
「……いえ」
「いや、いいんだ。私はさっきの話で一つとして嘘はついていない。その上で君達に死んでくれと命令した。それだけ事は切迫している」
 そう言ってうなだれる魅月氏にデスが歩み寄り……
「破壊しましょう」
 提案した。

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