小説『考えろよ。[完結]』
作者:回収屋()

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 [侵食されるPFRSと敵勢力の降臨]

 ビュッ──!

 毒々しい金属の手が大気を裂き、同時に障害物となる職員共を薙ぎ払う。そして、目標めがけて──
 ダンッ!
「よう」
「──ッ!?」
 咲の死角から振り下ろされたハズの手刀が、掌底で受け止められる。同時に、つかみっぱなしの職員が砲丸のように弧を描き、サンを直撃。老体は派手にフッ飛び床の上で静かに気絶した。
「部長、中高年に対してそんな仕打ちはマズイですゥ! パワハラですゥ!」
「サービス残業反対ィィィィィィィ!」
 そう言い残して二人はバタバタと退室してしまう。

「…………」
「…………」
「…………彼女達は何だ?」

 デスとエンペラーはただただ呆然とし、ダレもが聞きたい核心を支配人(オーナー)がポツリと呟く。まあ、とりあえず危機は回避され──
<支配人(オーナー)、こちらオペレータールームッ! 大変ですッ!>
 ──てない。
<た、大変で……す、そ、それが、もう……すごく……!>
<落ち着きなさいよ、フールッ!>
<どうする、スターッ!?>
<どうしようか、デビルッ!?>
 会議室のスピーカーからわいわいがやがや。
「静まれ、何事だッ!?」
 インカムを手に取ったエンペラーが一喝する。
<こちらプリエステスッ! メインサーバーの防火壁が破られましたッ!>
 事態は混沌を増しはじめた。
「破られたッ!? 国家調査室のオプティカルPCを使っても丸一ヶ月かかるぞッ!」
<これは外部からのハッキングじゃないわ。内部から何者かがワームをばらまいたのよ>
「現状の被害は?」
 支配人(オーナー)が気を取り直してインカムを手にする。
<本部ビル及び主要施設の隔壁が制御不能。外部との通信網が全てアウト。迎撃システムも沈黙しました>
「来るか……!」
 彼はゴクリと喉を鳴らしてエンペラーとデスに目をやった。
「段取りが良過ぎますわね」
 デスは昏倒して床に倒れているサンのもとに歩み寄り、その頭を乱暴に蹴り飛ばした。
「――ぅ……あ……?」
 ボンヤリとした視界には、手斧を喉元に押しつけてくるデスの憤慨した顔が。
「時間がありませんの。即答を宜しく」
「……どうぞ」
「防衛システムが壊滅しました。ダレの仕業?」
「ここに潜伏していたのはムーンと小生だけですので、はい」
「くそッ……プリエステス、復旧の見込みは?」
<ワクチンを造っている暇はないわ。電源ケーブルを破壊してしまえばこれ以上の侵食を防げるけど、PFRSの殆どの機能がダウンする>
「支配人(オーナー)、バックアップは?」
「もう必要ない。防衛システムが麻痺した時点で准将の次の出方は予想がつく」
<と言いますと?>
「プリエステス、私はP4に向かう。他のメンバーとの通信管理を頼む」
<了解しました>
 魅月氏が腹をくくった。彼は小走りで会議室を出て行く。
「今更何をしても手遅れ。准将はとことんやるでしょうしねェ、はい」
 サンがイヤラしく北叟笑む。
「で、その准将は次にどう出るんだ?」
 エンペラーがサンの後頭部に銃口をつきつけて問う。
「高度技術爆撃機(ATB)が上空を旋回して、対地ミサイルで退路を破壊します」
「爆撃ッ!? ありえん……隣国の領海が近いこのPFRSで軍事作戦を強行すれば、国際問題に発展する」
「残念ながら准将には常識と自制心が欠落しておりまして、今回の秘密工作においても、この世が無くなるつもりで行動しているそうでしてェ、まあ」
 状況の悪化具合がハッキリしはじめた。
「デス、職員の避難誘導を始めるぞ」
「それはそちらに御任せしますわ。わたくしはPFRSを汚さんとする有象無象共を、一人でも多く潰します」
「……いいだろう」
 エンペラーはそう言って支配人(オーナー)の後を追う。これで会議室の中には二人だけ。生殺与奪の時間だ。
「爆撃までの残り時間は?」
「ワームの起動信号を受信して30分後には空が制圧されますよ」
「せっかちな連中ですわね」
「准将は欲しいと思った物は即手に入れないと気が済まない性質でして、いやもう、大変で」
「よくしゃべっていただきました。では、正直者のまま辞世と参りましょう」
 二つの光刃が振り上げられ、相手の首めがけて──

 パンッ! パンッ!
 銃声。

 直後、デスの背中にドス黒く熱い衝撃がはしり、振り上げた手斧が滑り落ちる。
「あ……ぐぅ……!?」
 予想外の激痛に膝をガクリと落とし、ゆっくりと振り向いたその先には拳銃を構えたエージェントが一人。
「ホッホッホッ、良いタイミングだったかな、サン?」
「ええ、ムーン。実に。沈丁花の小僧共が悪フザケする前にこちらも次に移りませんと、ええ、はい」
 二人が仲良く会話する間で、デスの体は本人の意志に反して床の上に倒れ伏す。
「で、この凶暴なオ嬢サンはどうするかね?」
「ん〜〜、さてねェ★」
 二人の口元がイヤラしく歪んだ。


 蒼神槐・23歳。男性。生物統計学を専門としたPFRS本部元上級職員。科学者としての才能に恵まれた彼は、将来を有望された若人。そんな彼は現在――
「…………」
 PFRS本部ビルの屋上をとぼとぼと歩いていた。彼には両親に関する記憶が無い。本土の児童福祉施設で育った。非常に一途で生真面目な彼は、恵まれない人間環境にもめげず、グレず、挫折せず、才能を開花させアンスリューム博士にスカウトされた。
「…………ぅぅぅ……うぐっ……」
 胸が張り裂けそうなくらい苦しい。どうして世界は自分にこんな仕打ちを課すのか。どうして人並みの幸福を手にしてはいけないのか。涙と鼻水で顔をクシャクシャにしながら、彼は空を見上げた。遠くの方に米粒くらいの大きさの飛行機が飛んでいる。少しずつこちらに向かっているのが分かった。

 ウォォォォ────ン! ウォォォォ────ン! ウォォォォ────ン!

 けたたましく鳴り響く警報。本部ビルからだけではなく、周囲の施設からも一斉に発せられる。
(だったら何さ……)
 完全にやさぐれていた。緊急退避のアラームと分かってはいたが、今の彼には大して重要な事ではなかった。生まれて間もない息子に会うため必死に足掻いてみれば、息子の母親は科学者としての本能を優先させ、こともあろうに人体実験を施していた。
 ──ガンッ!
 彼の手からPDAが滑り落ちる。モニターには……産まれたばかりの息子が元気良く泣く微笑ましいムービーが。ただ、そのムービーには苦悩の元凶となった人物の姿もあり、彼女は慈愛に満ちた笑顔で我が子を見つめている。故に……余計にいたたまれない。そして……
(――――!?)        
 ?幻覚?が現れた。地面に落ちたPDAを包みこむようにして、『神の設計図(バイタルズ)』という不確定要素が立ち塞がったのだ。

 ―――― 痛イノカ? 苦シイノカ? ――――

(何だろう……よく分からない)

 ―――― 自分ニハ人類ガ表現スル『恐怖』ガ理解デキナイ ――――

(…………?)

 ―――― 進化ノ過程デ発達シ過ギタ人類ノ脳ニオケル、最モ原始的ナ化学反応ト解釈スル。シカシ、自分ニハ理解デキナイ。感ジナイ ――――

(それは君が一人ぼっちだからさ)

 ―――― 確カニ自分ハ、40億年以上モノ間一人ボッチダ。同類ハイナイ。君ノ回答ハ正シイノダロウ ――――

(どうしてだ?)

 ―――― 何ガダネ? ――――

(何故、『自壊』なんて考える?)

 ―――― 君等人類コソドウシテ『自殺』ナンテ考エル? ――――

(人の自殺には理由がある)

 ―――― 惑星モマタ然リ。己ガ何者カ解ラズ、自分ト全ク違ウ生命バカリヲ体中ニ宿シ、永久トモ思エル時間ヲ生キテイク……ソノ自信ガ君ニハ有ルカ? ――――

(……そうか、それが理由か)

 ―――― 『試験体』ハ永キニ渡ッテヨクヤッテクレタ。今日ハ実ニ良イ日ダ ――――

(『試験体』?)

 ―――― 君等ガ『ダリア』ト呼ンデイル者ダ ――――

(え?)
 神の設計図(バイタルズ)の姿がフッとかき消え、代わりに空から重厚な振動が伝わってきた。

 ウォォォォ────ン! ウォォォォ────ン! ウォォォォ────ン!

 今更警報には何の効力も無く、空から威圧してくる物体はすぐそこまで来ていた。

 バンッ!

「蒼神博士ッ!」
 非常口のドアが開き、エンプレスがサブマシンガンを片手に飛び出してきた。
「…………」
「敵襲ですッ! 急いで避難をッ!」
「ドコにです?」
「……博士?」
 彼女は一目見て彼の変貌ぶりに気付いた。
「本日をもって地球は死ぬそうです。だから、ドコに避難しようといっしょなんです」
 エンプレスに彼の言葉の意味など理解のしようもない。例え時間をかけて一部始終を説明したところで、信じられる事実ではない。しかし、接近しつつある爆撃機の威容とけたたましいアラームは、ダレの眼と耳にも届いている。
「ダレもまだ死んじゃいません。これからも死なせるつもりはありません。博士は私が御守りします」
 そう言って地面にうずくまった博士に歩み寄り、力強く手を差し伸べた。直後――

 ドオオオオオオオオオオォォォォォ──────────────ッッッン!!

 爆音。
「ッ!? こ、これは……」
 爆撃機からの攻撃ではないが、本部ビルがビリビリっと振動した。
「プリエステスッ! 今のは何ッ!?」
 無線機を手にとって呼びかける。
<下の方の階で爆発があったみたい。詳細は不明よ>
「不明ってどういうことッ!?」
<システムのほとんどがワームに侵されてんのよッ!>
「それって……既に敵は潜入してるってこと?」
<ついさっき支配人(オーナー)から連絡があって、ムーンとサンが内通者だと判明したわ>
「何てこと……!」

 ヒュイィィィィィィィィィィィィ――――──

 耳障りな空を裂く音。
「伏せてェェェェェ――――ッ!」
 彼女は蒼神博士を抱きかかえて跳び上がる。

 ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ────────ッッッン!!

 大・衝・撃。二人の身体がブワリと宙に浮き上がる。
「…………ぅ……な、何なの……!?」
 地面に転がる二人に細かく砕けたコンクリ片がバラバラと降ってきて、大量の粉塵が舞っている。
(空対地ミサイル……!?)
 いや、直撃した割に被害は少ないし、火の手も上がっていない。
「不発弾?」
 楕円形をした巨大な物体が、堂々と屋上の敷地にめり込んでいる。酔いが覚めたみたいにキョトンとした博士が目を凝らす。
「え〜〜、着地成功。我々生きてます。多分」
 降ってきた物体から人の声がする。
 ガション……
 物体はゴミでも吐き出すかのように、乱暴に分離して?中身?を転がした。


※オプティカルPC=各種演算・データ伝送に電気信号ではなく光信号を用いるコンピューター。超高速情報処理が可能となる。

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