小説『考えろよ。[完結]』
作者:回収屋()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

 [空からの悪意と地上からのノーサンキュー]

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ………………!

 空が唸った。大気が震えた。不吉なエンジン音と巨大な影が彼女達の真上を――

 ドンッ────! ドンッ────!

 通過と同時に地面がビリビリっと震え、本部ビル周辺の施設が空爆により爆破される。
「くッ、蒼神博士ッ!」
 爆風で怯みながらもエンプレスが駆け寄る。
「だ、大丈夫……ですか?」
 咄嗟の事で何がどうしたのか分からず、彼は反射的に咲というケガ人を庇っていた。
「うっしゃああああッ!」
 咲部長、理不尽に復活。スーツの上着を脱ぎ捨てて立ち上がり、エンプレスの方に向き直る。
「で、戦争っぽいのが始まったみたいだけど、どーするよ?」
 彼女は少し笑っていた。その笑みは楽しいワケではなく、嬉しいワケでもなく。
「どーもできないわよッ! 爆撃機を9ミリで撃ち落とせとでも言う気ッ!?」
 彼女の意見はもっともで、事態は明らかに悪化の一途をたどっている。同じ頃、投身自殺に巻き込まれ、本部ビルの中でガラスの破片にまみれた者が無線機を手に取る。
「こちら偵察型・ファゴット、どうぞ」
<こちらダリア、どうした?>
「申し訳ありやせん。少々アクシデントがありやして」
<迎撃されたのか?>
「いえ、それが……ありえない?不確定要素?に邪魔されやして」
<ありえんからこそ不確定要素と呼ぶのだ。プロらしく仕事を完遂しろ>
「そりゃもちろんですが、一応再確認を」
<何だ?>
「PFRS本部に属するのは、研究職員が100名余りとSPが約20名、後はわずかな警備員……ですよね?」
<ああ、そうだ>
「確認した限りでは部外者が二名。ビオラとオーボエが交戦により負傷。チェロとフルートは行方不明。オレは本部ビルの屋上から無理心中に巻き込まれやした」
<何が起きた?>
「准将、オレの記憶が正常なら、その部外者二名の内の一人は『エリジアムの元住人』ではないかと」
<貴様ごときが口にしてよい情報ではないな>
「申し訳ありやせん。世界でも屈指のクズ共のリストが、自分の脳には叩き込まれているもんで」
<で、リストのダレに該当する?>
「銃器の扱いに長けた茶髪のポッチャリ娘……おそらく『柏木茜』ではないかと」
<それはありえん、貴様の思い違いだッ>
 ダリア准将の言葉に淀むようなイラつきがこもった。
「准将、『掃滅型』の到着は?」
 ファゴットはそう言って双眼鏡を手にし、砕け散った窓からソっと真下を覗く。茜はなんだかでっかいスーツケースを持ち出していた。
<既に潜水艇で南区に到着し展開済みだ>
「『回収型』は?」
<掃滅型が本部ビルのエレベーターを制圧でき次第、ポッドで射出する>
 茜のスーツケースが開く。しかし、ファゴットの位置からは彼女の陰になっていて中身が見えない。
「准将、我々は?」
<カメラは生きているか?>
「ええ、無事ですが」
<現在、貴様が見ている連中の映像を送れ>
 グオオオオオオオォォォォォォォォォォォ…………!
 爆撃機が旋回し、二回目の空爆に入ろうとしている。
「見えやすか、准将?」
<……茶髪の隣で仁王立ちしているガキをアップで>
 そう言われてカメラを動かす。
(オイオイ、マジかよ……!)
 無理心中に巻き込んだ張本人が、しっかりと二本の脚で立っていた。
<やはり、ドコかで会ったような気が……?>
 准将が唸った。
「准将、ピンポイント爆撃は可能ですか?」
<ふんっ、よかろう>
 爆撃機が正面玄関のロータリー一帯をロックした。
「スマンね、お嬢さん達。不確定要素のままでは困るんでね」
 彼はそう呟きながら、もう一度茜の方に双眼鏡を向けた。そして――見た。
「よっこらしょ☆」
 茜が何か重たそうなモノを肩に担いだ。双眼鏡の倍率を高めて……

「――──ッ、准将ォォォォォッ! 回避してくださァァァァァッい!」
 彼が叫ぶ。と同時に──

「ラブ注☆入♪」
 ドシュウウウウウウウウウウ――――――──────────ッッッ!

 不吉な噴射音とともに、茜が担いだモノから何かが発射された。
<熱源接近ッ!>
 ファゴットの無線機から聞こえた、パイロットの警告。

 ドッオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――────ッッッン!!

「ウソだろ、おい……!」
 無線機が手から滑り落ちて地上へと吸い込まれていく。爆撃機は胴体の一部から火炎を吹き出し、ロータリー上空を通過する。爆撃機の内部は一瞬にして混沌の渦だ。
「何を食らったッ!?」
 ダリア准将が声を荒げる。
「おそらく対戦車ミサイルの一種ですッ!」
 パイロットが叫ぶ。
「バカなッ! PFRSにそんな配備はされていないッ!」
「しかし、この機体のチタン装甲が突破されていますッ! すぐに着水しますので衝撃に備えてくださいッ!」
「……いや、再度旋回しろ」
「無理ですッ! 右のエンジンが制御不能ですッ!」
「回収型のポッドを緊急射出ッ! 射出後、貴様等は全員脱出しろッ!」
「准将……何をされるおつもりですか?」
 爆撃機の高度がみるみる落ちていき、黒煙を纏いながらもなんとか旋回してPFRSに向き直った。
(ああ、ああ〜〜……アノ人も相当イカレてやがるよ)
 ファゴットがこれから始まるであろう出来事を予感して、フロアの奥へと走り非常口から飛び出していく。
「なんて事すんのよおおおおおおおおッ!」
 ロータリーではエンプレスがザ・憤怒。
「咲チャ〜ン、何でこの人怒ってんのかなあ?」
「びっくりして失禁したんじゃない」
 どーでもいいらしい。
「アンタ等はどーしてそんな軽いノリで事を進めるワケッ!?」
「軽いノリ? 失敬なッ! あたし等は常に100パーでフザケているッ!」
 ダメだろう。
「あ、あの……咲さん、茜さん。最早、ただの調査会社の社員という言い訳では通らないんで……何者なのか教えてもらえませんか?」
 蒼神博士が沈痛な面持ちで二人に問う。
「茜ェェェェェ! 大変ッ、バレてるッ!」
「ええッ! 何でェェェェェッ!?」
 本人達はやっぱり100パーだ。
「127ミリ砲を担いでブッ放す会社員なんかいないし、250メートルの高さから落ちて元気な会社員もおらんッ! と言うより、後者は人かどーかも疑わしいッ!」
 まくし立てながらエンプレスはビシッと二人を指差した。

 ゴオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ…………!

「くそッ」
 コントロールを失った爆撃機が近づいてくる。そして、ハッチが開く。
「ちょっと……まだヤル気なのッ!?」

 ドシュウウウウウウウ――――――────────ッ!

 ポッドが射出されて近くに落下し、エンプレスに悪寒がはしる。
 ゴゴゴゴゴゴゴッ……!
 巨大な悪意が唸り声をあげて向かってくる。
「蒼神博士、地下のシェルターに急いでくださいッ!」
「…………」
 彼の目は迫り来る墜落寸前の爆撃機をとらえていた。まるで、その身を使って全てを受け止めようとするかのような……強い輝きがあった。少なくとも、もう自ら命を無意味に絶つような様子は無い。
「博士ッ、さあ早くッ!」
「は、はいッ!」
 エンプレスは彼の手を取り、先導する。
「空襲だァァァァァッ! 総力戦だァァァァァッ!」
「アルマゲドンだァァァァァッ! 消費税引き上げだァァァァァッ!」
 約二名がパニックを煽る。ひたすら煽る。

 ゴゴゴゴゴオオオオオ────ッッッ!

 本部ビルへと全員が避難した十数秒後――

 ドゴオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ────────ッッッン!!

 悪意の塊がロータリーに大落下し、赤黒い炎を盛大に撒き散らす。PFRS全域に墜落の衝撃が伝わり、感じたくもない戦慄を与えた。そして……
「クソ共があああああああああああああッッッ!!」

 ガアァァァァァァ────ッン!

 憤怒の声と同時に、衝撃で変形した爆撃機のハッチが内側からフッ飛ぶ。中から歩み出る人影が一つ……炎でその身を焦がし、全身からおびただしい量の血を流す、悪意の元凶が現れた。
(ナメた連中だ……)
 彼女――ダリア准将は吐血も鼻血も拭わず、赤黒く染まった爆撃機の残骸をバックに、瓦礫へと腰を下ろした。そして、軍服の胸ポケットからスティックシュガーを取り出し、封を切る。
 サラサラ……
 舌の上に白い小山をつくり、それをゴクリと飲み下した。
(…………)
 彼女の意識がまどろむ。消化された砂糖が瞬く間に熱エネルギーとなって、彼女のフル稼働する脳髄に供給される。やがて、脳内に現実とは別の空間が構築され、想像とも幻覚とも異なる物体が姿を具現化させる。

<デハ、報告ヲ聞コウ>
 そう言って現れたのは二本脚で起立した神の設計図(バイタルズ)。
「ワタシは15万年生きて、自然の摂理とは違う法則を幾つか発見した」
<何ノ事カネ?>
「地球は『死』を理解しようと自殺を望むが、『理解』とは自らの経験に基づいて熟考し体得するものであり、自殺と同時進行できるものではない。よって、人類を生体兵器として創造し、増殖させたこの計画は支障をきたしている」
<支障?>
「人類を管理し絶滅を抑制してきたワタシは、数えきれない『死』に立ち会ってきた。『死』自体に大した影響力は無い。死骸はやがてバクテリアに分解され、情報の一部として処理されるだけ……まるで、流れ作業だ。しかし、『死』は記憶という媒体を必要とする」
<オマエガ言ワントシテイル事ガ解ラナイ>
「地球が死ねば、地球に寄生して生きる全ての生命が滅びる。そうなれば、ダレが地球の『死』を記憶する? その事実をダレが『理解』すればいい?」
 准将は憐れむような声で神の設計図(バイタルズ)に問いかける。
<私ハオマエガ生マレル遥カ昔カラ、大絶滅ヲ5度モ経験シテキタ。古生代末ノ大量絶滅然リ、1億5千年前ノ環境異変然リ、6500万年前ノ大量絶滅然リダ。ドレダケ絶望的被害ヲモタラソウトモ、必ズ訪レル回復期ニ生物ノ種ハ形ヲ変エテ復活スル。ソレコソガ私ヲ縛ル現実ダッタ>
「……何が言いたい?」
 今度は准将が訝しがる。
<人類ノ価値観カラスレバ、私ハ超絶的ナ免疫能力ヲ有シタ不死身ノ存在ト言エル。故ニ『死』ヲモタラスニハ、特別ナ手立テガ必要ト教エラレタ>
(――――ッ!?)
 准将が思わず立ち上がる。と同時に、神の設計図(バイタルズ)の姿が掻き消えた。

「こちらダリアだ。『ハープ』、状況を報告しろ」
 彼女は通信器を取り出して呼びかける。
<こちら『掃滅型』・ハープ。皆殺しの前にうち等が全滅するとこでしたわ。この潜水艇、あっちこっちから水漏れしとる。絶対に整備不良やで>
「生きていれば十分だ。予定通り障害物を排除しろ」
<時間はいかほど?>
「日没までにはケリをつけろ。それ以上は他国の衛星を騙しきれん」
<了解やッ>
 准将は通信を切り、踵を返して本部ビルをキッと睨みつけた。
(下衆共がッ!)
 全面戦争が開始された。

-25-
Copyright ©回収屋 All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える