小説『考えろよ。[完結]』
作者:回収屋()

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 [内通者の仕事と特殊部隊の動揺]

「そ、そんな……どういうことッ!?」
 エンプレスが避難シェルターへと続く廊下で愕然としていた。
「酷い……酷過ぎる……!」
 蒼神博士が思わず目を背ける。彼等の足元に転がるエージェント達の真新しい遺体。その殆どが首を抉られたり切断されたりしている。
「ああ……マジシャン、ハングドマン……ジャッジメントも……タワーまで……!」
 床一面に人体を引きずった跡のような赤黒い汚れ。SPだけではなく、シェルターまであとわずかという所で力尽きた職員も多数見られる。
「うぅ……」
 とても小さな呻き声がして、エンプレスの足首を男の手が力無くつかんだ。
「タワーッ!? しっかりしてッ! 私が分かるッ!?」
 瀕死の彼を彼女は抱きかかえた。
「き、気ぃつけろ……?連中?バケモンだ……」
 彼は胸元にナタで切りつけられたような深い傷を負っていた。だが、何かがおかしい。傷が深いとはいえ内臓までは達しておらず、この程度なら強化人間(ブースト・ヒューマン)が持つ免疫機能で自然治癒を待てばいい。が、彼の傷は一向に血が止まらず、皮膚の色はみるみる変色している。
「一体何をされたの? 他のメンバーは?」
「シェルターに、急げ……ッ!」
 まともに状況報告ができるような状態ではない。エンプレスは上着を脱ぎ捨てて丸めると、彼の頭に敷いてやった。

 ガシャガシャ、ガシャガシャ!

 やたらとうるさい音をたてつつ、彼女の後ろの方からやってきた、仰々しい鎧武者とフルフェイスの西洋甲冑。
「やれやれ、なんとか戦に間に合ったようじゃのう」
「イヤ〜〜ン。ここって血生臭ァ〜〜い」
 見事に空気を無視った咲&茜が登場。
「エンプレスさん、行きましょう」
 こんな時、どんな言葉をかけてやればいいのか。蒼神博士自身は、累々と横たわる分かりやすい死から目を背けるだけで精一杯だった。血で汚れたシェルターのドアは、半開きになったままでその時間を止めていて、虐殺終了の様子と死臭のみが残されていた。
「もうここは安全とは言えません。非常階段でプライヴェート・ラボに逃げましょう」
 今度は彼がエンプレスの手を強く引いた。
「そ、そうですね……行きましょう」
 彼女は額のバンダナを外し、あさっての方向を向きながら目尻を拭った。そんな二人とは全く対照的に、別の二人は死骸の山が待っているであろうシェルターの方を静かに凝視し、一瞬、ニコッと作り笑いを見せて博士達に向き直る。
「博士ぇ、あたし等ちょっとココに残るね」
「咲さん?」
「生存者とかいたら救助しないと、倫理的にマズイでしょ」
「うん。マズイマズイだね♪」
「は、はあ……」
 相変わらず心にも無いことを言う二人に、博士は相変わらず当惑気味だ。
 ガッシャガッシャガッシャ!
 足早にシェルターへと入っていく重装甲の二人を見送り、蒼神博士とエンプレスは踵を返してエレベーターホールに向かった。

「いやあ、まいったなこりゃ。茜、すぐダス○ンに電話して」
「葬儀屋はいいのォ?」
「そっちはいいの。代わりに失笑気味の天使が三人くらい下りてきて、勝手に拾っていくから」
「でも、アレって少年と大型犬専用じゃなかったっけ?」
 無念のまま命を絶たれた死体達を踏みつけながら、鎧武者と西洋甲冑がやってきた。
「おや、アノお嬢ちゃんは大会議室に現れた……」
 中二階に立つ熟女がポツリと呟く。
「ホホッ、あんな交通事故は初めてでしたよ、オ嬢サン」
 強化コンクリートの壁に寄り掛かった紳士も呟く。
「敵 勢 発 見 ★」
 咲と茜が相手をとらえる。何だか楽しそうに。
「分かりませんねェ。見たところ、職員でも警備でもなくSPでもない。このバカげた戦場にアナタ方のような若者が何用で?」
 熟女──サンは手すりにもたれ掛り二人を見下ろす。
「たのもおおおおおおッ! 拙者、見ての通りの戦国武将ッ! 護衛の任務を仰せつかり参った次第ッ! ココに来たのは単なる道草ッ!」
「同じく、見ての通りの太っちょナイトッ! 魔王を相手に竹槍で襲いかかりますッ!」
 例によって自己紹介終了。
「はいは〜〜い、では、今からオマエ等ボコりま〜〜ッす」
「ボコりま〜〜ッす☆」
 咲&茜の声がよく響く。
「理由を聞きたいかあ?」
 いえ、特には。
「よし、聞かせよう。理由その1、オメー等人相悪い。その2、オメー等態度悪い。その3、どうも生理的にダメ」
 自分達の事は棚に上げてヒドイ言いようだ。
「で、その4──オメー等、?こんなトコで何してんの??」
 咲が微笑んだ。決して友好的な笑みではなく、握手する手で相手の拳を握り潰そうとするような笑みだ。茜は階段を使ってゆっくりと中二階に上っていく。
「……サン、通信機は切ってあるかね?」
「ええ、それはもちろん」
 そう言って、紳士──ムーンとサンは通信機を外して傍に置くと、まだ十分に生温かさの残る職員の死骸に腰かける。
「ホホッ、御覧の通り『仕事』ですよ。大人ですから、仕事して生活費を稼がないと」
 ムーンは両脚を折り曲げ、バカにするような態度で言い返す。
「う〜〜ん、そうじゃないんだなあ。アンタ等が何を目的としているとかはどーでもいいワケ。ものすごくどーでもいいワケよ」
 咲は何か残念がるような面持ちで呟きつつ、コスプレをゆっくりと脱ぎ始めた。
「ホッホッホッ。では、何が聞きたいのかね? 老いぼれ達にも理解できるよう、丁寧に説明願えんかね?」
「ですねェ。たった二人で乱入するくらいの猛者ですもの、よほどの用事があるのでしょう。ええ、そうに違いない」
 ムーンとサンの真意はうかがい知れないが、彼等は強烈な殺気を帯びつつ、飛び入り参加者を見据えた。
「茜ェ、出入り口はちゃんと閉まってる? 盗聴とかされてない?」

 パンッパンッパンッ──!

 茜はフルフェイスを脱ぎ、甲冑をつけたままとは思えない身のこなしで、フロアのカメラを次々と破壊する。
「ういっす」
 これにより特定のプライヴェートが保護された。

「ふむ、迅速な戦略はいつでも美しいな」
 咲&茜がサン&ムーンと接触する数分前――左脚を軋ませながら男が一人、オペレータールームに入室する。部屋の中では既に事は終了しており、プリエステス・フール・スター・デビルのSP四名が簀巻きになって転がされていた。
「少佐(コンダクター)、少々様子がおかしいです。うん、おかしい」
 やたらと小柄な隊員に話しかけられ、男は振り向いた。
「何がだ?」
「全てのカメラをチェックしたんですが、地下のシェルターを映しているモニターを見てください。はい、見て」
 言われて少佐(コンダクター)が目を細めた。モニターで確認できるのは死体の山。白衣姿の職員が折り重なるようにして倒れており、何人かのSPが血の海に身を沈めて果てている。
「……妙だな」
「その通りです。あっし等『掃滅型』は、ダレ一人としてまだシェルターには踏み込んでいません。うん、踏み込んでない」
「ハープ、准将から何か聞いているか?」
「何も聞いてへん。まずはここを制圧してからって手筈やったしな」
 小男の隣に立つ『ハープ』と呼ばれた女が不満そうに返答する。
「ん……?」
 シェルター内部を映すカメラに動く人影を確認。数は二つ。どちらもSPと同じ服装をしてはいるが、大量の返り血を浴びている。
「ハープ、防衛本庁を呼びだせ」
「准将は長官の命令無視ったって聞いとるけど」
「いいから呼びだせ」
「へいへい……」
 コンダクターは床に転がるSPの一人を立ち上がらせるよう、メンバーに合図する。
「さて、この連中に見覚えはあるかな、オ嬢チャン?」
 プリエステスが乱暴に髪をつかまれ、モニターの前に立たされた。
「……知らない」
 彼女はヤル気のなさそうな声で呟く。
「そうか」

 パンッ──!

「あぐッ!?」
 少佐(コンダクター)の自動小銃(オートマチック)が、床に転がるフールの片膝を撃ち抜いた。
「次は少年・少女の愛らしい顔面に一発ずついこうか?」
 そう言ってデビルとスターに銃口を向ける。
「わ、分かった……アレはサンとムーン。仲間のふりしてずっと皆を騙していた内通者よ」
「何? どういう事だ?」
「白々しいッ! どうせそっちの仕込みでしょッ!?」
「…………」
 言われて少佐(コンダクター)の顔色が変わる。
「アカンな、全くつながらへん」
 ハープが通信機を投げ返す。
(まさかとは思うが……)
 少佐(コンダクター)はドカッと椅子に腰かけて、神妙な面持ちでインカムに手を添えた。
「准将、オレです。現在、制圧済のオペレータールームでSPの尋問中」
<どうした?>
「准将はどちらに?」
<エレベーターでプライヴェート・ラボに向かっている>
「オレの記憶が確かなら、SP22名の内2名は、准将が潜入させてあるアンダーカバーだと思ったのですが」
<……どうした?>
「シェルターに避難した職員と、誘導していたSPを皆殺しにしています」
<なんだとッ……防衛本庁は何か言っていたかッ!?>
「音信不通です」
<くッ……あのヒゲ野郎がッ!>
「准将、回収型に指示を出すべきでは?」
<もう遅いッ! サンとムーンが証拠の隠滅にかかっているということは、既に神の設計図(バイタルズ)は奪取されたと考えられる。貴様等はベイエリア一帯を探索しろッ! 連中の脱出ルートを制圧するのだッ!>
 准将は憤怒の声で命令を下し通信を切った。
「少佐(コンダクター)、いつの間にか増えています。ああ、増えてる」
「どうした、ホルン?」
 小男──『ホルン』に呼ばれて再度シェルターのカメラに目をやると、敵とも味方とも分からない二名が追加され、その時……少佐(コンダクター)が一瞬、ハッとして硬直する。彼の周囲に立つ掃滅型のメンバーは、その様子に気づいて瞠目した。

「──────────────────────────────ッ、最悪だな」

 彼の口からとてつもなく脱力した声が漏れ、体をヨロめかして壁に寄り掛かった。
「どないした?」
 その眼はあさっての方向を向いていて、現実から逃避しようとする子供みたいになっている。
「状況が変わった。ピクニックは終わりだ。准将からはベイエリアに急行するよう指示を受けたが、これより?狩り?を始める」
「は……?」
 ホルンが首を傾げる。
「兜を脇に抱えたフザケた小娘をよく見てみろ」
「小娘を?」
 言われてホルンはカメラを操作して茜の顔をズームアップ。
「――――ッ! アレは……『視界の女王(クイーン・オブ・ビュー)』ッ!?」

 ザアアアアアァァァァァ……

 カメラが次々と破壊され、状況がどのように一変したか一同が理解できた。
「生きているカメラは?」
「辛うじて一つ。死角になっていて気づかなかったようです。うん、気づいてない」
「准将はこの事実を知っとったンか……?」
「いや、おそらくは偶発的なモノだ。とはいえ、ただの気まぐれでヤツが居るとは思えんが」
 考えをめぐらせる少佐(コンダクター)は、モニターに映るもう一つの不確定要素を凝視した。

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