小説『考えろよ。[完結]』
作者:回収屋()

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 [利害の不一致と剥き出しの本性]

「――――――――――――――――――――さて」
 コスプレを完全に解除した咲が、ずいぶんと間を置いて呟き、相手と同じく死骸に腰かけた。立ち込める死臭に混じって、尋常ではない何かが彼女とその相方から噴出しはじめている。
「茜さんよぉ……このPFRSとかいうのに着いてから、不愉快な事あった?」
 咲は何故か中二階に立つ相方に質問した。
「うん、あった。二回もあった」
 茜は少々イラつきのこもった声で答える。
「そう、二回もあった……あたし等は人並みに稼いで、人並みに生活して、人並みにバカやってたいだけ。なのにどうして『世界』は忘れてくれない? たかが二人の小娘にいつまでかまう?」
「ふむ? おっしゃっている事の意味がどうも」
「ですねェ。アナタ方もどうせ、神の設計図(バイタルズ)を狙う情報機関の輩でしょ?」
 老獪な二人が苦笑する。

 パンッ──!

 咄嗟の銃撃。茜が撃った9ミリ弾が腕組みしていたサンの手に命中し、皮手袋がはじけ飛ぶ。
「────ッ!」
 サンは黒光りする重金属の手を晒して後ずさる。そして、その様子を睨みつけながら咲が歪めたその口を開いた。

「『異化作用者(ランク?)』がッ、一人前に凄んでんじゃねーよ」

「ムーンッ!?」
「こいつ等はッ!?」
 さっきまでの余裕は瞬時に消し飛び、二つの老体が見かけを裏切るような瞬発力で動いた。サンはもう片方の皮手袋を外し、中二階をつなぐ渡り廊下を疾走する。ムーンはスーツの内側に隠し持っていた注射器を取り出し、敵を見据えた。
「おうおう、元気な高齢者だねえ」
 相手の戦闘態勢にも全く動じず、死体の上に腰かけたまま咲は鼻で笑う。

 パンパンパンッ──!

 頭を低くして疾走するサンめがけ、茜の25口径が火を吹く。
「甘いよ、お嬢さんッ!」
 重金属の手刀が水平斬りに薙がれ、突き出された茜の予備銃(バックアップ)を弾き飛ばす。
「まだまだッ」
 間髪入れずもう片方の予備銃(バックアップ)が滑り出てサンを狙うが、先読みしていた彼女は返す手刀でそれも弾く。
「もう一丁ォォォォォ!」
 甲冑の背中からズルリと引っ張り出されたセミオートのショットガンが、ポンプ音を鳴らす。
「ダメですねェ」
 サンは余裕でショットガンを蹴り上げ、茜の体勢を素早く崩して貫手で喉笛を狙う。

 ガンッ──!

 貫手は兜を穿ち、背中がパカッと割れた甲冑から、カメみたいに首を引っ込めた茜が脱出する。そして、彼女の手にはベアリング式の手投げ弾が一個。
「ホッ……これはなんとも。準備万端なオ嬢チャンだ」
 ムーンは茜の段取りを目の当たりにし、注射器を手に構えたまま立ち止まって苦笑いを見せる。
「困るんだよねぇ。大いに困るんだよ。あたし等のプライヴェートを世間様へバラしちゃう?可能性?に生きててもらうとさ」
 咲は尻に敷いた職員の死骸の口に指を突っ込み、その舌を摘み出してオモチャみたいに弄る。
「まさか、こんなタイミングで?同郷者?に出くわすとはね。ホッホッ……准将が知ったら怒りのあまりに鼻血吹きますな」

 ズブッ──!

 何をとち狂ったのか、ムーンは手にした注射器の針を自らの胸に突き刺し、注射器内を満たしていた液体を注入する。
 グググッ……
 それに対して咲は開手にした両腕を大きく広げ、大の字になりゆっくりと上体を反らし始める。
「ふひゅううううううううううううう――――」
 ムーンがものすごい勢いで息を吸い込み、肺を十分に膨張させ……

「ぱはあああああああああああああァァァァァァァァァ――――──ッッッ!」

 肺を満杯にさせた空気を一気に吐き出す。薄く黒みがかった大量の吐息が生き物のように蠢き、咲に襲いかかる。

「ふんッがッ!」
 スパアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ――――――ッッッン!

 咲の超絶的な拍手で空間の一部が爆ぜた。ムーンの立つ方向めがけて局所的な衝撃波が発生し、攻撃的な吐息を掻き消した。
「ぬおッ!?」
 耳をつんざくような破裂音がシェルター中に響き渡り、ムーンの体が委縮して動きを止める。
「下剋上キィィィィ――――──ック!」
 怯んだムーンめがけて咲が胴回転回し蹴り。
「くッ!」
 スウェーイングで辛うじて回避するが、鼻先を凶器のような踵がかすめる。
「そしてぇぇぇ!」
 地面に両手をついた状態から両脚を突き出し、ムーンの両脚をガッチリと挟んで拘束。バランスを崩したムーンは、そのまま仰向きに転倒してしまう。
「勝鬨あげろぉぉぉ!」
 ムーンの首めがけて容赦のない左脚が振り下ろされる。
「待ってくれッ!」
 高齢者の悲痛な叫び。思わず咲の脚が中空でピタリと止まる。
「こんな老いさらばえたジジイを本気で殺すのかね? ホホッ……」
「さっきも言ったけどさ、あたし等のプライヴェートに繋がる物的証拠に、元気でいてもらっちゃ困るワケよ」
「な、なら取引しようじゃないか。我々を見逃してくれるなら、人道的な貢献をさせてやろう」
「何じゃい?」
「天井を見給え」
 そう言ってムーンが薄笑いを浮かべるものだから、咲は天井を仰ぎ見た。
「うわぁ……月並み」
 女が一人、ロープで縛られ吊るされていた。黒髪のポニーテールで、やたらと濃いアイシャドウが特徴的。筋肉質の痩せ型であるのもよく分かる。全裸なんで。
「我々が安全にPFRSから離脱するための保険だが、息の根を止められては元も子もないのでね。ここで使おうと思う」
「要するに、高い所で毛皮反対運動やってる女の命を助けてやるから、代わりに脱出のため手を貸せ……と?」
「ホッホッホッ、君達はまだ若い。倫理観のブッ壊れた我々とは違うハズだ」
「なるほどね。茜、どうするよ?」
「ナイトとしては苦しむ領民を見捨ててはおけませ〜〜ん」
 手投げ弾を片手に述べるナイトはいない。
「よし、相方もああ言ってるし。高齢者は役所に行って年金でも貰ってなさい」
「あ、ありがたい。恩に着るよ」
 ムーンは膝をさすりながら立ち上がると、サンに手で合図を送る。
「お互い世知辛い世界に生まれて、ええ、もう大変ですねェ」
 彼女も両手の凶器を引っ込め、茜を警戒しながら階段を下りていく。
「で、どこまで御一緒すればいいワケ?」
「いやいや、停戦して頂いただけで十分。アナタ達に対する興味は尽きませんが、本日のこの出会いは無かったということで。ホッ」
「うんうん、平和的解決大いに結構。で、あんな高いトコにどうやってブラ下げたワケ?」
 咲が全裸のエージェント・デスを指差して問う。
「ホホッ、簡単な作業です。まずは中二階まで彼女を――」
 と、つられてムーンもデスを指差した。

 グンッ──!

 咲の右手がムーンの伸ばした腕に触れた。次の瞬間、彼の視界がボヤけた。遠心力を耳に感じた。体が重力を無視して浮き上がり、痛みを認識する前に脳が死を宣告した。

 グシャ……

「──ひッ!?」
 サンが小さな悲鳴を上げる。隣に立っていたハズのムーンが、手を伸ばした2秒後には10m先の壁に叩きつけられ、頭部が熟したトマトみたいに弾けていた。

「―――――――――――――――――――――さて」

 咲は両手をプラプラさせながらまた職員の死体に腰かけ、小刻みに全身を震わせるサンをチラッと見上げた。
「な、何の……つも……りッ!?」
 あまりの衝撃に相手の顔を直視できない。何が起きたのかももちろん理解できない。
「申し訳ないねえ。たった今、あたし等も倫理観ってヤツがブッ壊れたらしい」
 咲が呟く。ニヤける口元を手で隠しながら。
「さあ皆ッ、人生棒に振ってみようよッ!」
 階段を下りてくる相方は別のモンもブッ壊れてる。
「…………ッ、ナメるなクソガキがあああああああッッッ!」
 追い詰められた鼠が猫に咬みつこうと、二つの凶器を無造作に振り上げる。

 ガギイィィィィィィィィィィィ――――――──────────ッッッン!

 振り下ろそうとした瞬間、その手刀が氷のように砕け散った。いつの間にかライフルに構え直した茜が、鋼製弾芯(スチール・コア)弾の次弾を装填する。
「よしよし、バアさん。本土の暮らしが長くなると、お互いフヤけちまうよね」
 咲は立ち上がると、バカにするような口調でサンの頬をペシペシと軽く叩いた。
「ねえ、死にたくない?」
「…………あ、う……」
「どうなのよ、ねえ?」
「し、死にたく……ない……です」
 最早、サンは熟慮断行できる状態ではない。生殺与奪を握る二人に睨まれ、置物みたいに立ち尽くす。
「実はさあ、うちの依頼人(クライアント)が……え〜〜と……茜さんよぉ、何ていったっけ? あの内臓剥き出し人体模型」
「うんとねェ、あ、あれあれッ! パイナップルッ!」
 残念。
「あ……神の設計図(バイタルズ)のこと?」
 サンがビクビクしながら言う。
「そうそう、ソレ。でさあ、その神の設計図(バイタルズ)とかいうのドコにあるワケ? どうも依頼人(クライアント)の話しぶりからすると、そいつがやたらと危険物っぽくてヤバイらしいからさ、あたし等でブッ壊そうと思うの」
「壊す? な、なら丁度良いですね。小生とムーンはP4から神の設計図(バイタルズ)を強奪する予定でしたので。案内致しましょ、ええ、そうしましょ」
「へぇ、あんなブサイクな人体模型なんか盗んでどうすんの? 高く売れんの?」
「え、まあ……そんなトコロです。ダリア准将や防衛本庁には悪いんですがね」
「でもさあ、アンタの言う通り目的地まで案内してもらって、ここを襲った連中が待ち伏せてたらたまんないしなぁ」
「め、滅相もないッ! 小生もそろそろ立場が軍部にバレるタイミングですので、ええ、もう。沈丁花がいたらこちらも殺されます、はい……」
 高齢者の必死ぶりがひしひしと伝わってくる。
「茜さんよぉ、いががする?」
「わたし、人殺しはヤだあなァ。咲チャンもそういうのヤでしょ?」
「言わずもがな」
 たった今、ジジイを一人滅殺したばかりだが。
「あ、は……良かった。じゃ、すぐに――」

 ブチッ──!

 棍棒で生肉をブン殴るような音がして、サンをものすごい喪失感が襲った。空中を彼女の右手が舞い、視界を一瞬だけ横切ってゴトリと地面に落ちた。
「あァァァ、ぐぅぅ……!」
 右手が手首から綺麗に離脱してしまった彼女は、衝撃が痛覚を凌駕して叫べない。その場にペタリと座り込んで、切断面を呆け顔でじっと見つめる。
「よしよーし、そのままお静かに。怪我した途端に豚みたいに泣く大人は大嫌いだからね」
 咲は血で汚れた自分の手刀を死体の白衣で拭いながら、サンの右手を拾った。
「ま、待って……ねえ、今、<人殺しは嫌い>って言ったのに……」
 陳情するサンから大粒の涙がこぼれる。

 ──────ズンッ!

 拾われた金属の右手がサンの左胸を刺し貫く。
「あのさぁ……こんな手ぇしたヤツ『人』とはみなさんでしょ」
 そう言って咲はサンの涙をそっと拭ってやった。彼女の口元から血が吹き出し、ゆっくりと仰向きに倒れる。
「みんな……ふふっ、皆死ねばいい。ア、アンタ達が……生きていける『世界』なんて……ッ、ドコにもありは……しない……死ねッ、死ねッ、死んでしまえぇぇぇ! ハハハハハハハハッ――」

 ──────グシャ!

 サンの顔面が踏みつけられ、車に轢かれた果物みたいに砕け散った。
「言わずもがな」
 咲は独り言のように呟いて、汚れた靴を脱ぎ捨てた。そして、この状況を見せたかったかのように、まだ生き残っていた監視カメラの方をキッと睨んだ。


※鋼製弾芯弾=ボディアーマー強化繊維部分の弱点である鋭く尖った刃物による貫通と、セラミック・プレートの弱点である打撃による破断という二つの効果をもたらす、対人用に改良された非常に貫通力の高い弾丸。

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