小説『考えろよ。[完結]』
作者:回収屋()

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 [不確定要素の存在感と最終段階]
 
「ひッ――!」
 モニターに映る汐華咲の顔を見た少佐(コンダクター)が、小さな悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。
「今度は何や……?」
 ハープが彼の様子を訝る。
「………ぁぁ…………ぁ……だッ……!」
 言葉が紡げていない。喉に異物でも詰まったかのように顔色が悪くなり、息づかいがおかしくなっている。

「『例外物体(ナインティーン)』、やはり生きて……クソがああああああああああああああああッッッ!」

「────ッ!?」
 少佐(コンダクター)の突然の狼狽ぶりに一同はただただ瞠目するだけ。
「……撤収する」
 彼は俯き加減で小さく呟いた。
「な、何でや!?」
「准将はこの?事実?をまだ知らん。オレはこんな海のド真中で死にたくはない。そういうことだ」
「ちょ、ちょい待ちいやッ! いくら相手に『柏木茜(クィーン)』がいるゆうても、カメラで立ち位置も装備も分かっとるンやで。掃滅型が総出で包囲すりゃ勝てるって」
「喧しいッ! 柏木茜がどうしようと知ったことではないッ、問題はもう一人の方だッ!」
 そう言って少佐(コンダクター)はヘルニア患者みたいになんとか立ち上がる。
「何をゆうとるンやッ!? 任務放棄で准将に股間潰されるでッ!」
「ああ、かまわんよッ! 生きてココから出られるんなら熨斗つけてくれてやるッ!」
 激昂する彼を焚きつけるのは、あまりに分かりやすい?恐怖?だった。
 バンッ――!
 左脚を引きずり気味に、オペレータールームを子供みたいに跳び出していった。
「……どないすンねん?」
 残された掃滅型のメンバーは司令官を失って戸惑っていた。
 

「コイツは……どういうことだ?」
 ダリア准将が立ち尽くしている。開いたままになっていたプライヴェート・ラボのドアに気づいて入ってみれば、そこはまるで抽象画の世界だった。
「ようこそ、准将。もっとも、招待した覚えはありませんが」
「アンスリューム……貴様ッ!」
 何事にも動じそうにない准将が、明らかに焦燥の色を見せていた。ラボの中でその威容をさらけ出す神の設計図(バイタルズ)……ただし、そのサイズは二回りほど巨大化しており、天井に頭頂部をこすりつけている。何よりも准将の注意を引いたのは――
「コレは地球の切なる要望です」
 アンスリューム博士が高揚感に頬を薄く赤らめている。神の設計図(バイタルズ)の?中身?をジッと見つめながら陶酔していた。

 ゴボッ……ゴボッゴボッ…………

 まるで大量のゼリーの中で蠢く幼虫みたいに、『彼』は目を閉じて静かに胎動している。
「息子を生贄に選ぶとはな。何が起きるか知っていてやったのか?」
「ええ、もちろん。槐がPFRSを去ってすぐ、私はコンタクトに成功しました。そして、15万年もの永い年月を経て、人類の遺伝情報を集積してきた事実を知りました」
「ちッ、やはり貴様か。神の設計図(バイタルズ)に余計な入れ知恵をしおって」
「槐は人間としての社会的経験値こそ浅いですが、科学者としてのポテンシャルは素晴らしい。彼と私の血を受け継いだ棕櫚なら、必ず願いに応えられるッ!」
「なるほど……蒼神は貴様がスカウトしてPFRSに配属させたと聞いていたが、公私混同も甚だしいな」
「全てはこの地球を創り変えるためです」
「創り変える?」
「支配人(オーナー)・魅月が説いた惑星自壊説の本懐は、決して世界の終焉を意味しているワケではありません。大絶滅の実行には十分な下準備が必要となる。今回は人類という生体兵器を創造することによって、効率良く進められました。そして今夜、第二のカンブリア爆発が発生し、あらゆる生態サークルが新生されるのですッ!」
「とことんイカレおったな、メス豚が」
「ええ、支配人(オーナー)にも言われました」
「で、魅月(ヤツ)は?」
「私の進むべき道を邪魔しようとしたので、准将の部下共々排除しました。実に素晴らしいですよ、棕櫚のゲノムを取り込んだ新生・神の設計図(バイタルズ)の驚異は」
「案の定か。こんな事なら金庫などに仕舞っておくべきではなかった」
「最早、アナタの膂力をもってしても地球の望みは阻めない。ついに私は……私は惑星と同じ道を歩む手段を得たのですッ! 素晴らしいッ、肉体の芯が疼いて仕方がありませんッ!」
 彼女の脳は既にアドレナリンで溺れかけていた。
「ああ、そうかい。中二科学者がッ、勝手に股ぐら濡らしてろ」
 ゴンッ――
 刹那。アンスリューム博士の顎先を准将のデコピンが弾く。
 ドサッ……
「15万年管理してやってこれか。人類はどこまでもクソだな」
 准将は気絶して床に倒れ伏す彼女をほったらかしにし、膨張して棕櫚と融合をはたしてしまった神の設計図(バイタルズ)を睨みつけた。
(全世界の人間を救うため一人を犠牲にする……か)
 液体糊みたいにふやけた神の設計図(バイタルズ)に両手を突っ込み、中身を取り出す。そして、彼女はほんの一瞬だけ、自分の中からあらゆる道徳観念を消し去った。
「早速、そうさせてもらおう」
 准将の二の腕が歪に隆起し、筋肉が軋み、両手につかんだ棕櫚の首を……
 ──ゴキッ!
 へし折った。
「…………」
 彼女の手に死が残った。実にあっけなくアンスリューム博士の狂気の沙汰は潰えた。
<こちら掃滅型・ハープ。准将、聞こえる?>
 インカムから届く部下の声。
「どうした? 防衛本庁から何か通達があったか?」
<いや、それどころやないで……少佐(コンダクター)が任務放棄でどっか行ってもうた>
「何? どういうことだ?」
<分からへん。シェルターにいる連中をカメラで監視中に、悲鳴上げて一人で逃げてもうたンや>
「連中?」
<情報にない部外者が二名。内一人はおそらく『視界の女王(クィーン・オブ・ビュー)』やで>
「やはり『柏木茜』か。ファゴットめ、面倒な仕事を残してくれたな」
<排除するか?>
「当然だ。偵察型と連携して包囲し、まとめてブチ殺せッ!」
<それはええけど、少佐(コンダクター)の屁タレぶりは尋常やなかったで。何かうち等が知らされてない情報を持ってたンちゃうか?>
「……モニターの録画映像をこっちに送れ」
<了解や>
 准将はPDAを取り出して、受信したデータを読み込む。そして、確認した。

「ちィィィィィィィィィィィ――――――――――――――――――迂闊ッ!!」

 准将の記憶中枢が警報を鳴らした。モニターに映るその顔を目にした彼女は、鬼の如き形相で呻き、有らん限りの力をもってPDAを床に叩きつけた。
(何故だッ……どうして忘れていたッ!?)
 ほんの数時間前、ヘリポートで出くわした時、絶対に思い出すべきだったのに。自分の中でいつの間にか記憶のストッパーをかけていた。
<准将? だ、大丈夫か……?>
「さっきの命令は撤回だ。生き残っている沈丁花のメンバー全員に撤収の指示を出せ」
<な、何でや?>
「貴様等が生きてココから脱出するためだ。他に理由など無い」
 准将が少佐(コンダクター)と似たような事を言い出した。
<あ、え……けど……>
「愚図るなバカ者がッ!」
<りょ、了解やッ!>
 准将はカチカチと歯を噛み鳴らしながら、自分の額を人差し指で忙しそうにトントンと叩く。そして、インカムをオンにした。
「切るなよ、長官」
<やはりかけてきたか、恥知らずめッ!>
「いいか、良く聞け。ワタシは神の設計図(バイタルズ)を──」
<そっちこそ良く聞けッ! 同盟国との協定に基づき、軍事力の一部を拝借することとなった。オマエがアレを使って最後の審判を起こす前に、PFRSを世界から消してやるッ!>
「なら話は早い。目標へ攻撃するタイミングはワタシが伝える。まずは有象無象の退避を終えてからだ」
<……何だと? どういうつもりだ?>
「神の設計図(バイタルズ)が存在した痕跡と情報全てを消去する。放射線強化弾(ERB)を搭載した戦闘機の準備をさせろ。アンスリュームのメス豚とどんな契約を交わしたかは知らんが、長官も証拠隠滅が上手になったな」
<アンスリューム博士だと? ちょっと待て……私は確かに潜伏させていたサンとムーンにアレの回収命令を出したが、彼女を計画に組み込んだ覚えはないぞ>
「何だと……?」
 話が噛み合わなくなってきた。確かにアンスリューム博士がサンとムーンの二人と結託していたとすれば、回収された神の設計図(バイタルズ)がラボで博士の暴挙にさらされていたのは妙だ。すぐにでも退路を確保して本土に向かうハズ。
「長官、ちょっと待っていろ」
 そう言って准将は目を細め、ついさっき自らの手で殺した棕櫚の遺骸にそっと手を添えた。
(ゲノムに異常無し、電気信号確認、潜行開始・カウント5、4、3、2、1……)

 ―――――― 『林檎拾い(テンペスト)』展開 ――――――

 彼女の脳が演算装置となって機動する。手に触れている遺骸がどうしてこの世に存在するのか、その原因を知覚する。
「これは『複製(ダミー)』……それと……クソッ! 本物は既に海に流れ出たかッ!」
<おい、分かるように説明しろ>
「要するに、バカがまとめて全員騙されたんだよ。軍部もPFRSもお互いの猜疑心で目隠しされて、冷静に客観視できていなかった。神の設計図(バイタルズ)はもう目的の遺伝情報を摂取し、外界に出てしまっている」
<では、サンとムーンが本物を回収して逃げたのかッ!?>
「いや、全てはアンスリュームの独断行為だろう。一児の母親が下らん狂気に惑わされて、神の設計図(バイタルズ)を私物化しおった」
<な、なら、どうやって回収する気だッ!? サルベージする時間など無いぞッ!>
 無能な上司が必死に喚く。あまりの渾沌ぶりにどうにも考えがまとまらないというのに……
「アンスリューム博士ェェェェェ!」
 更なる不確定要素がやってくる始末だ。
「喧しいいいいいいいわァァァァァァァ――――――――!」
「ぎゃあああああああああああああああ――――――――!」
 ラボに突入するなり、険しい顔したダリア准将と鉢合わせになって、蒼神博士とエンプレスが共に絶叫した。
「う、動かないでッ!」
 エンプレスがサブマシンガンを構えて威嚇する。
「あ、アンスリューム博士……そんなッ!」
 倒れている彼女に夫が駆け寄った。
「ガタガタ騒ぐなッ! 世界を自壊の巻き添えから救う手段を考え中だッ!」
 准将は銀髪のオールバックをクシャクシャにしながら、小刻みにウロウロしている。
「この人殺しッ! 仲間の仇を討たせてもらうッ!」
「シェルターで死んでいる連中のことなら無関係だ。ワタシの実行部隊が到着する前に、サンとムーンが手を下した」
「だとしても、あの内通者は軍部の差し金でしょうがッ! それとも、自分の部下が暴走して勝手にやったことって言いたいのッ!?」
「監督不行き届きは認めよう。しかし、一番の原因……この一連の事態を引き起こした要因は、お互いの下らん猜疑心にある。蒼神は魅月を疑い、魅月は軍部を疑い、軍部はワタシを疑い、そして、ワタシは……そこで気絶している小娘をもっと疑っておけばよかったのだ」
 蒼神博士に抱きかかえられたアンスリューム博士を指差す。
「ふっ、その通りね」
「アンスリューム博士ッ……よ、よかった」
 妻の無事を確認して夫が安堵の溜め息を漏らす。
「アンスリューム、貴様……人間らしい心を持ち合わせていないのか? 息子の肉人形まで用意しおって」
「准将、アナタには言われたくありませんね。神の設計図(バイタルズ)からアナタの過去については色々と聞いています」
「えッ……あ、アレって……?」
 すぐ側に首をあらぬ方向に曲げて倒れている息子を発見し、蒼神博士が混乱する。
「神の設計図(バイタルズ)が軍部に狙われていると知って、手を拱いているワケにもいきません。棕櫚には昨日、厳かに?摂取?されてもらいました」
「躊躇の無い母親だな。恐れ入る。エラーの生じた14名の職員を放置し、自分の達成欲を優先するとは……はっ!」
 准将が苦笑いを見せる。
「昨日って……じゃあ、ボクが今日会った棕櫚は……?」
 蒼神博士が倒れている息子と准将の顔を交互に見る。どうにも事態が把握できなくて少し涙目だ。
「やれやれだ。長官、話は聞いていたか?」
<ああ、しっかり聞こえていた。こうなれば、責任の所在を追及している場合ではない。戦闘機の準備を急がせた方がいいようだな>
「宜しく頼む」
 そう言って准将はインカムを切った。
「一体何が……?」
 蒼神博士は死に絶えた複製(ダミー)の息子を抱きかかえ、疲労の色が濃くなった准将を仰ぎ見た。エンプレスはダレに銃口を向けておけばいいのか分からず、ハラハラしている。
「大いに関係があるのか、あるいは全くの無関係なのかは知らんが……蒼神、貴様についてきた二人組の事をどれだけ認知している?」
「……え?」
 この期に及んでまさか、軍部の将校から問題児達のことを質問されるとは。
「え、あ……彼女等は……その、何だかスゴイんです」
 確かにスゴイかもしれないが、大人の回答としてはいかがなものか。
「結構。それが分っていれば十分」
 それだけ言い残して、准将はラボを後にしようと踵を返す。
「准将、アナタはもう何もできない。アレは海底で今夜のグランドフィナーレを準備しています。思う存分悔しがってくださいなッ!」
 アンスリューム博士が微笑んだ。夫も聞いたことのない声で。准将は言い返すことなく走り去った。

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