小説『考えろよ。[完結]』
作者:回収屋()

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 [ナースと女医]

<速報です。昨今懸念されていた政府直轄の国営企業、通称『PFRS(パフリス)』で発生したとされるバイオハザードについて、PFRS側は「事故が起きたという事実は無い。職員による誤報である」と変わらず事故を否定。政府は来週にもPFRSの幹部立ち会いのもと公式調査を実施すると発表。今回の調査では……>

 テレビが昼のニュースを放送している。蒼神博士はリビングのソファに来客者二名を座らせると、冷茶を一杯出してやった。
「一つ聞いていいですか?」
「はい、どうぞ」
「その格好は何ですか?」
 ものすごく切実な質問をしてみた。
「看護婦です」
「女医です」
 呼称についてはどうでもいい。
「……どうしてそんな格好を?」
「趣味です」
「右に同じ」
 ダメだコイツ等。
「これ、社員証です」
 そう言ってナースが顔写真付きのカードを一枚取り出して見せた。
「イレギュラー調査課エージェント・『汐華咲(しおばな さき)』さん?」
「はい、今年で18歳になりました。つまり、ポルノ解禁ッ!」
 ポルノ解禁はどうでもいいが未成年がこんな仕事してていいのか?
「こちらもどーぞ」
 女医も社員証を手渡した。
「イレギュラー調査課エージェント・『柏木茜(かしわぎ あかね)』さん?」
「はい、咲チャンとコンビを組んでる19歳。コスチュームは手作りですッ!」
 そう言ってニッコリ微笑んでいる始末。
「すみません、ちょっと確認しておきたいんですが……メールには<信頼のおけるベテランを派遣します>と、返信があったんですけど」
「そうは見えないと?」
「ええ、まあ……」
「はい、確かに。嘘メールですから」
 ぎゃあああああああああああああああああッ!
「それって詐欺じゃないですかッ!」
「申し訳ない! あたし等どうしても仕事が欲しくて!」
「上司のPCで海外のエロサイト観てたら、偶然、蒼神さんのメールが届きましてェ。これはチャンスとばかりに……あはははははははッ☆」
 決して笑い事ではない。
「ちょっと電話してきます」
「待ってくださ────ッい!」
 おふッ!?
 席を外そうとする蒼神めがけて看護婦と女医がタックルしてきた。
「嘘ついた事は謝りますッ! あたし達はデスクワークとサヨナラして外に出たかっただけなんですッ! この支配からの卒業なんですッ!」
 言ってるコトは全く理解できないがどうも面倒な話になってきた。
「もしかして御二人は新人?」
「いえ、入社して2年近くになります。けど、調査の仕事はこれが初めてです」
「はい?」
「エージェントのライセンスは持ってるんですが、補欠なんです」
「そーなんです。ギリギリなんですゥ」
 えらいコトになってきた。しかし、今ここで追い返そうとすれば「大声出して人を呼びます」と言わんばかりのツラだ。黙認するしかない。
「そ、それでは改めまして……蒼神槐です。宜しく御願いします」
 彼はそう言ってテーブルの上に書類の束を広げた。一番上には証明写真の貼られた履歴書が。
「なんとッ、この顔で23歳!? てっきりあたし等とタメぐらいかと!」
「身長は? 体重は? 血液型は?」

 ワイワイ、ガヤガヤ……

 二人は履歴書の写真を指差し笑って肘ついて。文句言って寝転がって屁ぇこいたりで相談中。
(……これでいいんだろうか?)
 宜しくない汗が蒼神の顔面より吹き出す。なんだかもうヤケクソまで秒読みだ。
「んッ! よし、決定ッ!」
「な、何がですか……?」
「本日より『童顔ニート』と呼びます」
 ニックネームが出来た。
「い、いや……そんなことよりですね、ええっと……そうだ、テレビを」
 仕事の話が微塵も進みそうにないんで、彼はPCをテレビにつなぎモニターを見るよう促した。
「職歴に記されてある通り、ボクは『PFRS』本部の元職員です。PFRSで現在起きているバイオハザードについては御存知ですよね?」
「知らんッ! あたしは基本的に深夜アニメしか観ないッ!」
 ナースがやたら偉そうに胸を張って返答する。
「コレって確か……海の上にある如何わしい施設で、マスコミにボコボコにされてる秘密組織だよ」
 微妙にズレてはいるが女医の方はまだ常識があった。
「ボクは1週間前、PFRSに対して法廷で証言するハズでした。あそこで何が起きているのか一部始終を世間に公表するつもりだった。しかし、挫折しました」
「さぁてぇ、な〜〜にがあるかなぁ?」
 ガチャ──
 クライアントが真剣に話し始めた途端ナースはキッチンめがけて這い出して、冷蔵庫のドアを勝手に開けたりしてる。
「ボクは一介の科学者に過ぎません。軍部とも繋がりのあるPFRSと本気で渡り合うには、武力も必要であると悟りました。だから、御二人には護衛としてPFRS本部まで一緒に来て欲しいんです」
 モニターに映る海上の巨大建造物。テロップには『PFRS本部施設』の文字が。蒼神博士は真剣な表情でモニターをビシッと指差した。
「おお、肉だッ! しかも国産牛肉だッ! あたしの勝利だあああああああッ!」
 何に勝ったかは知らんが、冷蔵庫に上半身を突っ込んでナースが喚いている。
「ええっとですねェ、まずはコレに数字を書いて欲しいワケでして、はい」
 女医が紙切れを一枚取り出し博士の前に差し出した。紙切れには『給与明細書』と書いてあった。手書きで。
「……ギャラですか?」
「いかにも」
「いや、でも……成功報酬は調査が完了し、必要経費が明確になってから請求書が送られてくるとサイトに……」
「え〜〜っと、うちの上司はこの件もちろん知らないワケで、バレると解雇。で、博士と仲良く契約。現金直接プリ〜〜ズ★」
 要するに詐欺だ。
「不勉強で申し訳ないんですが、こういう調査一連の相場って幾らほど?」
「相場? んんッ? ねえ、咲チャーン!」

 トントントントン、グツグツ、ジュワァァァ……

 キッチンの方から手際の良い音が聞こえてくる。
「何じゃい!?」
「わたし達の仕事って幾らぐらいもらえるのかなァ?」
「こりゃ! 子供がお金の話なんてするもんじゃありませんッ! それよりこっち来て手伝いなさいッ! 今日のランチはステーキだぞッ!」
 今からでも遅くない、通報しよう……博士は心底そう思った。

<今回派遣される調査班には情報機関の関係者が含まれているとの報道もあり、極秘裏に開発されたBC兵器による事故の可能性も視野に入れているのでは、との声もあります。PFRSのオーナー・『魅月紫苑(みつき しおん)』氏が昨日行いました記者会見の模様をご覧ください>
 攻撃的で鋭い目つきをした顔色の悪い男性がモニターに現れる。50代前半くらいだろうか、徹夜明けの営業マンみたいにスーツをヨレヨレにしている。
<皆さん御存知の通り、PFRSの本分は新薬開発と軍用兵器のコンサルタントであります。マスコミの間で流布されている正体不明のウイルス漏洩や、軍部の陰謀説などは事実無根です。PFRSは創立から20年程の若い企業のため社会的に至らない箇所もあるかもしれませんが、国民の皆様に貢献できるよう日々努力しております>
<先日の元職員による告訴撤回に関してはどう御考えですか?>
<企業が大きくなれば必然的に賛同者と反対者の区別が生まれます。己の無知蒙昧を棚に上げ、企業を批判する輩はいつの世にも後を絶ちません。今回はその愚かな輩が自分の過ちに気付いたという次第です。もちろん法廷に立った場合、我々は徹底抗戦する準備ができています。正しい者は決して逃げ隠れしない>
 記者達の質問に答える中年男性は自信に満ちている。
「この男がPFRS本部における元上司です」
 蒼神博士は溜め息まじりに呟いた。
「フムフム。つまり、この不健康そうなオヤジが敵のボスか。モグモグ」
 テーブルにはステーキ定食が二人前。家主の同意は無視。
「『敵』って……ボクはただPFRSの隠蔽体質を糾したいだけです。直接的な交戦なんて考えてません」
 というより、この二人に一流SPのような働きを期待しても仕方ない。PFRSのバックには軍部がいる。物理的交戦となれば特殊部隊の一個大隊くらいは必要になるだろう。
<今回の告訴内容についてお聞きしても?>
 記者の一人が核心に迫る質問をした。
<告訴の内容については彼女に詳細を説明してもらいます>
 カメラが移動して魅月氏の隣に座る白衣姿の女性を撮る。

 ブウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――──ッッッ!

 冷茶を飲んでいた蒼神博士が盛大に吹いた。噴射の反動で仰け反った。虹が出来た。
「こりゃあああああッ! 食事中に行儀の悪い子だねえ!」
 ナースがプリプリ怒ってる。
<告訴の件に関しましては原告側との和解が成立しております。本件は軍内部の情報が扱われているため明言は避けますが、今後は軍部の広報より随時皆様に御報告があると思われます>
 房状の後れ髪が特徴的な黒髪のポニーテールで、フォックスタイプの赤縁眼鏡をかけている。テロップには『PFRS上級職員・34歳』と出ており、名前は何故か伏せられていた。
<軍部の機密事項に該当するということですか?>
<そうです>
<責任者はどなたですか?>
<私からは御答えできません>
 名無しの美女は記者の質問を突っぱねる。蒼神博士はやりきれない表情でテレビの電源をオフにした。
「ボクのIDは当然もう使えません。PFRS本部に潜入するワケですから、政府施設への不法アクセスの罪で逮捕されます。それを踏まえた上で判断していただきます……同行できますか?」
 正直なところこの二人には来て欲しくない。手違いとはいえ、こんな未成年の女の子に犯罪の共謀者という履歴を加えたくない。だから彼はトドメに言及した。
「1週間前、ボクはPFRSが送り込んできたヒットマンに襲撃されました。武装した刑事達がたくさん殺されました。ボクはこうして運良く難を逃れましたが、次も上手く回避できるという保障はありません。それでも一緒に来てもらえますか?」
 誇張しているつもりはない。事実をありのまま真剣に述べた。
「えッ……人が死んでんの? ええっと、それはちょっと……ねぇ?」
「アハハッ……補欠の初仕事にしてはハードかも」
 二人は微妙に気まずい空気を漂わせ目を見合わせている。
「どうされますか?」
 彼は矢継ぎ早に追い立てる。
「え? あ、ああ……ちょっとごめんなさい。事務所に戻って上司と相談してみます」
「そ、そうだよね……契約書類とかも持ってきてないし。アハッ、アハハハ(汗)」
 両調査員は引きつった笑顔で立ち上がり玄関の方へと後退して行く。
「あの〜〜、上司に経過報告を入れなきゃならないんですけど、明日はどちらに?」
 半開きにした玄関戸からナースが顔だけ出している。
「東部ベイエリアの港に行きます。ソコから客船に乗りこみます。周囲に一般人が多ければ、先方もあからさまな行動には出られないでしょうし」
「そうですか……じゃあ、また!」
 バタンッ!
 ――――帰った。
「さて……と」
 蒼神博士はもう一度テレビの電源を入れモニターを見つめた。記者会見のニュースはまだ続いているが、オーナー・魅月氏と白衣の女性の姿は無く、広報の人間がつまらない言い訳で凌いでいる。
「結局、ボクだけか……」
 孤独な戦いへと前進する決意をかためた。

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