小説『考えろよ。[完結]』
作者:回収屋()

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 [考える蒼神と考えない咲]
 
 白々と夜が明けはじめ暁が海の静寂を制する時分、大破した船着場に二人は立っていた。
「…………」
「…………」
 息子を失った父親と、その息子の命を奪った(?)少女。波の音もほとんどしない時が止まったような空間で、両名は無言でしばらく佇んでいた。そして、その様子を遠くの方から見守る傍観者達。
「ちょっと……どうなってんのアノ二人?」
「ん〜〜、眠い」
 エンプレスと柏木茜が物陰から覗いている。文字通りの地球規模の大事件を経て、大勢の人間が死んだ。運良く朝日を目にすることのできた生存者達も、人生を大きく狂わされた。その根本要因となった青年と全ての展開を制圧した少女が、同じ方向を見て物思いに浸っている。
「ところで、アンタはこれからどうする?」
 エンプレスの背後からプリエステスが声をかけてきた。
「とりあえず防衛本庁に出頭する。判断を仰いだ上で今後の身の振り方を考える」
「そう……じゃあ、スノー・ドロップは解散みたいね」
「外国の軍部が介入した時点でPFRSの撤退は避けられない。できればまだSPやってたいけど、支配人(オーナー)は亡くなったって聞いたし……ここにいる義理はないわ」
 エンプレスがやり切れない面持ちで静かに呟いた。魅月氏はP4の水槽にもたれかかり果てていたところを発見された。フリージアの姿は無く、彼女が使っていたブレードが魅月氏の両手に添えられていたらしい。
「蒼神博士は支配人(オーナー)を疑い、支配人(オーナー)はダリア准将を疑い、准将は軍部を疑い、政府は他所の国と密約を交わして自国を核で攻撃する……悲しい話だな」
 エンペラーがそう言って歩み寄る。
「<信頼はしても信用はするな>ってね」
 寝袋にくるまった茜が眠たい目をこすって呟いた。
「じゃあ、オマエはどうなんだ? 相方を信用していないのか?」
「うん、一度もしたことない」
「それでよくいっしょに行動できるな」
「大人はさあ、他人様を利用しないと生きてけないんだよね」
「……そうかい」
 認めたくない本質を突かれたような気がして、エンペラーは顔を背けた。

 サワサワ……サワサワ……

「咲さん。ボクは内務庁に出向き、事の真相を洗いざらい供述するつもりです」
「へぇ」

 スリスリ……スリスリ……

「場合によっては、元職員として反逆罪に問われるかもしれません」
「ふぅ〜〜ん」

 ムニムニ……ムニムニ……

「……さ、咲さんはこれからどうするんですか?」
「はぁああ」

 ナデナデ……ナデナデ……

「あ、あの〜〜……咲さん?」
「む?」
「その……ど、どうしてさっきからボクのお尻を撫でるんです?」
「ケツを撫でるのに理由がいるのかいッ!?」
 急いでオマワリさんッ!
「あのさァ、アイツってもう少し普通のコミュニケーションとれないの?」
 実験動物でも観察するかのような目をしたエンプレスが、茜に問う。
「結構な進歩だよォ。わたしと初めて会った頃なんて、人間の言葉自体喋れなかったぐらいだし」
「何よそれ……?」
 全てが在り得ない夜を終え、なんとか6度目の大絶滅は回避した。しかし、回避を実現させた張本人は、やはり素性が知れないままだった。
「蒼神博士、すまんが少々外してくれ」
 神妙な顔つきをしたダリア准将が彼の背後から声をかけてきた。
「あ、はい」
 懲りずに続行しようとする咲のチカン行為もストップ。
(何だろう……?)
 ものすごく気になる。
「博士、我々はこちらへ」
 空気を察してか、エンプレスが蒼神博士の腕を引いた。仕方がないので博士は二人を残して船着場から離れる。
「さて、汐華咲」
「おのれぇぇぇぇぇ! 余計なマネをッ!」
「……おい」
「博士の尻を撫でまわして、仕事の疲れを癒そうとしていたのに……シクシク(涙)」
 チカンが泣いた。
「チンパンジーにワープロと一冊の短編小説を与え、適当にワープロのキーを叩かせ、短編小説と一字一句同じ内容が打ちこまれた。それぐらいの確率だ」
「何が?」
「オマエのような人類が発生する確率だ」
「そりゃスゴイ」
 咲は特に興味を示すことなく鼻で笑った。
「ワタシは永きに渡って人類を管理・観察する立場にあったが、オマエのような生体を一度も確認していなかった……オマエは一体何だ?」
「さあ、何だろねえ」
 やはり、リアクションは無い。
「2年前、貴様が何をしたか覚えているか?」
「さあ」
「完全武装させた選りすぐりの傭兵部隊『19名(ナインティーン)』を、貴様は皆殺しにした。素手でな。20人目の左脚と右目を奪ったところで貴様は逃走し、姿を消した。ワタシの脇を駆け抜けてな」
「人違いじゃない?」
 咲はあさっての方向に顔を向け、ヤル気のなさそうな声で呟く。
「……そうか。ふんッ、かもしれんな」
 准将は何かを察してか、それ以上の追究はやめた。ただ、心残りが一つだけ。
(サンとムーンはワタシや防衛本庁を裏切っていた。ならば、ダレの指図で神の設計図(バイタルズ)を奪取しようとした? 事の全容を把握する第三者が存在するのか?)
 彼女の目つきが強ばる。結局、神の設計図(バイタルズ)に入れ知恵をし、私欲が望むまま自壊を促した張本人――アンスリューム博士は生死不明。唯一の危険思想者は姿を消した。
「茜さん、答えて欲しいんですが」
 真相に近づけない外野の蒼神博士が、寝袋にくるまって仮眠をとっているヤツに聞く。
「はぁい、何ざましょ?」
「『エリジアム』とは何ですか?」
 蒼神博士が小さな声で独り言のように問う。
「知らな〜〜い、わかんな〜〜い、本日わたしは体業でぇ〜〜す」
 ……たいぎょう?
「他国の神話に登場する理想郷の名ですわ。神々に愛された善良有徳な人々が死後に住むという、西の果ての海中にある地。雨も雪も嵐も無く、一年中西風が吹き、果物が年に3度実る極楽と言われております」
 デスが静かに言及する。今、このタイミングで考えるような事ではなかったが、彼はここ1週間であまりに多くの疑問を抱え、在り得ない事象を目の前にしてきた。科学者としては好奇心と謎をほっとけなかった。
「茜さん達はこれからどうするんですか?」
 咲と茜の言うボディガードの仕事は完了した。彼女等がただの一般市民でないことは明らかであったが、最早、いっしょに行動する理由は無くなった。別れだ。
「んんん〜〜……」
 茜は腕組みし、首を傾げて何だか考えてる。
「ねぇ――ッ、咲チャ――――ッン! これからどうするぅぅぅぅぅ!?」
 大声で相棒を呼んだ。同時に、水平線から出来立ての朝日がわずかに顔を出し、咲の全身を日光が差し貫いた。

「知らああああああああああああああああああ──────────ッッッん!!」

 これでもかと胸を張って声を大にする。声はPFRS中に響き渡り、朝日の恩恵を受ける全てを震わせた。
そんな汐華咲をカナリ遠くの方で静かに見ていた吉田さんが――

「……………………………………………………………………………………考えろよ」

 ツッコんだ。
                      (完)


       ―――――――――――― <CAST> ――――――――――――

               【声の出演(作者の脳内補正)】

              ●汐華咲・・・・・・・・<平野綾>

              ●柏木茜・・・・・・・・<釘宮理恵>

              ●蒼神槐・・・・・・・・<浪川大輔>

              ●エンプレス・・・・・・<緒方恵美>

              ●アンスリューム博士・・<松谷彼哉>

              ●ダリア准将・・・・・・<三石琴乃>

              ●コンダクター・・・・・<若本規夫>

              ●魅月紫苑・・・・・・・<銀河万丈>

              ●フリージア・・・・・・<川上とも子>

              ●杜若室長・・・・・・・<松本保典>

              ●サン・・・・・・・・・<渡辺久美子>

              ●ムーン・・・・・・・・<二又一成>

              ●エンペラー・・・・・・<石塚運昇>

              ●プリエステス・・・・・<玉川紗己子>

              ●タワー・・・・・・・・<関智一>

              ●フール・・・・・・・・<矢尾一樹>

              ●ラヴァーズ・・・・・・<優希比呂>

              ●ハイエロファント・・・<宮村優子>

              ●スター・・・・・・・・<西原久美子>

              ●デビル・・・・・・・・<伊倉一恵>

              ●デス・・・・・・・・・<富沢美智恵>

              ●ファゴット・・・・・・<山寺宏一>

              ●ビオラ・・・・・・・・<高野麗>

              ●コントラ・・・・・・・<高山みなみ>

              ●ハープ・・・・・・・・<林原めぐみ>

              ●ホルン・・・・・・・・<飛田展男>

              ●防衛本庁長官・・・・・<島田敏>

              ●棕櫚・・・・・・・・・<南央美>

              ●吉田さん・・・・・・・<???>

              【監督】・・・・・・・・回収屋

              【脚本】・・・・・・・・回収屋

              【演出】・・・・・・・・回収屋

              【原案】・・・・・・・・回収屋

              【提供】・・・・・・・・この作品を読んでくださった皆様

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「神の設計図(バイタルズ)は回収できたか?」
 海上にクルーザーが一隻。男が一人乗っていて、衛星電話を手に取って話している。
<残念ながら、失敗です>
 女の声が返ってくる。
「失敗? 信頼できるプロを使ったと聞いていたが」
<はい。『サン』と『ムーン』の経歴に関しては、以前に御紹介した通りです。嘘はありません>
「では、原因は何だ?」
<今のところは不明です。彼等の体内に埋め込んであるマイクロ・ブラックボックスを回収でき次第、事の詳細を御報告致します>
「政府や防衛本庁には勘付かれていないか?」
<その点は問題ありません。二人には必要最低限の情報しか与えていませんでしたし、ダリア准将の手で拘束される前に絶命したようですので。それと、P4のメインサーバーを遠隔制御し、自爆シーケンスを無効にしました。こちらの関与を臭わせる痕跡は完璧に消去してあります>
「いいだろう。次の計画はこちらで用意する。その時まで待機していろ」
<決行のタイミングは?>
「4ヶ月後だ」
<了解致しました。御待ちしております>
 ザザッ――
 男は電話を切ると、ついさっき水平線から昇った朝日を仰ぎ見た。

               【考えろよ。】・第2部へと続く……

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