小説『考えろよ。[完結]』
作者:回収屋()

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 [強襲者と迎撃者]

「こちらチーム・α、到着した」
<了解。行動に移れ>
 ヘリから現れた内の一人がインカムで応対し、他の三人に目配せする。四人とも真っ黒なスーツにサングラス。しっかり磨かれた革靴に地味なネクタイ。男性二人に女性二人のチーム。ヘリはすぐに離陸し、スキンヘッドの男が上着の内ポケットから携帯端末(PDA)を取り出した。
「博士の部屋は?」
「4階の410号室よ」
「俺とプリエステスで部屋に向かう。タワーは東口を、エンプレスは西口をおさえろ」
「了解」
「さっさと済ませて帰ろうぜ」
「同感ね」
 指示を受けた来訪者達が散開しようとしたその時。

「えいめ〜〜ん★」

 ――――ッ!?
 彼等の死角から彼等意外の声がした。四人が振り向いたその先……ヘリポートの隅っこに佇む影が一つ。右手を真っ直ぐ真横に伸ばしてしゃがむ不吉な人影。
「……ダレだ?」
「神の下僕」
 薄雲が裂けて淡い月光が降り注ぎ、その姿を称える。
 汐華咲がそこにいた。

「う……んんん……?」
 不意に差し込んできた月明かりに目を射られ、ソファに横たわる蒼神博士がゴシゴシと目をこする。
「……ん?」
 彼はムクリと上半身をもたげ、半開きの目で辺りをキョロキョロ見回して――パタッ。
 再眠。

「我々はPFRS本部より派遣された者だ。危害を加えるつもりはない」
「PFRS? ほほぅ、あたしのクライアントの『敵』ってワケね」
 シスターの眼光が不敵に輝く。
「もう一度聞く。貴様はダレだ?」
 チームリーダーと思われるスキンヘッドの中年男が、毅然として立ち塞がる。
「神に仕えし敬虔なる尼僧に対し攻撃的意志を察知ッ! 主は御許しになりませんよッ!」
 会話になっていない。
「エンプレス、拘束しろ」
「いいの? 相手はマヌケな民間人のようだけど」
「構わん。本部には俺から話す」
「はいはい、了解」
 額にバンダナを巻いたブルネットの女が、咲に歩み寄り肩をつかんだ。
「さあ、来なさい」
「断じてイヤです」
「痛くされたいのかい?」
「罪深き者よ、悔い改めなさい」
 ドゴッ!
「――――ッ!?」
 人間の体に何か硬い物体がぶつかるような音がして、『エンプレス』と呼ばれた女の体が宙にブワッと浮き上がり、そのまま地面に叩きつけられた。
「……どうなっている?」
 一瞬、他の三名が息を止めて固まる。シスターが生脚ムキ出しにして中段蹴りを放ったから。
「タワー、手伝ってやれ。ただし、銃は使うな」
「ああ、分かってる」
 今度は『タワー』と呼ばれたロングヘアで長身の男が歩み寄って行く。その間にも一撃を食らったエージェント・エンプレスがムクッと起き上がる。
「調子はどうだ?」
「やかましいッ」
 エージェント・タワーの揶揄を振り払い、目標めがけて正拳突きを放つ。シスターは右手でソレを払いのけ、矢継ぎ早に繰り出された頭部への回し蹴りをしゃがんで避け、その姿勢から水面蹴りを放ち相手をまた転がす。
「このガキがッ」
 転がる仲間の脇を通り過ぎ、タワーが素早く咲との間合いをつめると、下段から中段へとつながる連続蹴りを繰り出し咲の両手を防御に使わせ、一瞬の硬直時間をついて跳び込み気味のパンチを突き出した。
 ゴッ!
「ど〜〜よ?」
 シスターの高々と上げられた膝がパンチを受け止める。タコみたいに柔軟なボディだ。
 そして、反撃。
 ドゴッ──!
「くっ……」
 防御に使った脚をそのままの高度で素早く伸ばし、つま先に力をこめて相手の喉に突き込んだ。タワーは2、3歩退いたが、バカにするようなシスターの仕草にイラついて無造作に飛びかかる。シスター、反転。体をストンッと落とすようにして地に両手を着き、絶妙のタイミングでカンガルーキック!
「おぐッ!?」
 まともに命中して彼も転倒。
「行くぞ」
 今度はスキンヘッドの男と、ドレッドロックスの『プリエステス』と呼ばれた女性エージェントが動く。
「来いよ来いよ来いよ来いよッ!」
 挑発しつつシスターは回れ右。そして、ダッシュ!
 踵を返した彼女の背をエージェント二人が追う。走っていくその先にはプール。もちろん――ダイブ。
 バッシャアアアアアアアアア────────ッッッ!
 派手に飛沫を上げて沈む、沈む、沈む……ブクブク。

「んん……むぅぅ……?」
 茜がベッドの上でゴロゴロと寝返りをうつ。シーツに巻かれて春巻き状になる。体が締め付けられて苦しい。特に腹部が苦しい。
「うぅぅ……うぅぅ……ふヒぃぃぃ……」
 脂汗が全身から抽出されて、天然油で揚げ春巻きが出来そうだ。
 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ
 彼女は渾然とした意識の中で、心臓の鼓動の高まりをハッキリと感じていた。月明かりは茜の顔面にも降り注がれ、不吉な空気の発生を伝えようとしている。
「……………………ぁ」
 ガバッ──!
 起きた。
「エロォォォォォォォォ――――──い!」
 トテトテトテ……
 意味不明な寝言を口走りゆっくりと歩き出した。
 ゴソゴソゴソ……
 収納スペースから旅行用の特大スーツケースを引っ張り出す。
「あ〜〜う〜〜、眠ぅぅぅい……」
 どう見ても寝惚けた状態。彼女はスーツケースを引きずりながら客室から姿を消した。

 ブクブク……ブクブク……
 プールを囲む夜間遊泳用のライトがつけられ、飛び込み現場を照らし出す。
「どうするエンペラー? 手をこまねいているヒマはないよ」
「仕方ない、行くぞ」
 スキンヘッドの中年男……エージェント・『エンペラー』は仲間に手で合図し、プールサイドから離れていく。が、エンプレスはオートマチックを抜いてプールの水面に銃口を向けた。
「よせ、エンプレス」
「どうして?」
「余計な痕跡を残すな」
「あんなフザけたガキにやられたまま引き下がれるかッ!」
「冷静になれ、バカ者。サイレンサーもつけずに発砲する気か?」
「…………っ、分かった」
 パシュッ!
「なッ――!?」
 エンプレスがプールの水面から視線を逸らしたその瞬間、彼女の親指が千切れ飛んだ。
「くぅぅあァァァ!」
 拳銃が地面に転がり、垂れ落ちる血が赤黒い華をつくる。
「何だッ!?」
 数秒遅れて他の三人が事態の異常に気づき、一斉に拳銃を抜いた。
「何時だと思ってんのよォ……」
 遠くの方に放置されたデッキチェアに人影が。目をゴシゴシしながら文句をたれる神父様、柏木茜その人。手にはサイレンサー付きのオートマチックが握られていた。
「プールに沈んだガキの仲間か?」
「え〜〜とね……わたしは柏木茜ッ! 19歳のO型ッ! 趣味は年下の男の子にエッチな質問してドキドキさせることッ!」
 注目された途端に眠気が吹き飛んだらしく、無駄にハイテンション。
 で――
 ズルズルズル……ズルズルズル……
 ドコにあったかは知らんが、神父は地引網を引っ張り出してきてプールへ投げた。
「…………」
「…………」
 予想外の展開にエージェント達は沈黙。3、2、1、ズ〜〜リズ〜〜リ……手繰り寄せられた網にかかっていたのはもちろん、ズブ濡れのシスター。
 ビチビチッ、ビチビチッ!
 跳ねてる。活きが良い。
「連中を海へ投げ込め」
 エンペラーの合図でタワーとプリエステスが拳銃を片手ににじり寄る。
「はい、ストップ!」
 網の中から這い出たシスターが両手を高々と上げた。
「…………?」
 タワーとプリエステスの両名が思わず足を止める。
「あたし等は仕事の都合上、不審者を船の中に入れたくない。で、そっちはうちのクライアントに用がある。このジレンマを打開するには……さあ神父様ッ! 言っておやりッ!」
「モザイクは人類の立派な文化だコノヤロー!」
 ズブっ……
 シスターの指が凶器となって神父のデリケートゾーンを直撃。
「おォォォふゥゥゥ〜〜(泣)」
 悶絶。
「1対1で来な。勝者は船の中へ、敗者は去る」
 シスターがものすごく真剣な眼差しで言う。
「貴様等が約束を守る保障は?」
「特には無い」
「……いいだろう」
 エンペラーは拳銃をホルスターに戻し、サングラスを外して一歩前に出た。
「二人とも下がれ」
「……了解」
 場の空気を察知してタワーとプリエステスが退く。
「茜、分かってるね?」
「はいは〜〜い。正々堂々だぁ〜〜い好き☆」
 パシュッ! パシュッ!
「――――ッ!?」
 タワーとプリエステスが銃弾を食らって続けざまに倒れ伏す。
「貴様等ッ!?」
「?特には無い?って言ったでしょうが、この阿呆ッ」
 咲はズイっと一歩前に出て右手を突き出すと、人差し指でチョイチョイっと挑発した。

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