小説『考えろよ。[完結]』
作者:回収屋()

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 [船上の激戦と静かなる監視]

「外道がッ」
 グシャ……
 憤怒の表情でエンペラーは外したサングラスを握り潰す。そして、彼の両脇では……
「ありゃま」
 咲と茜が瞠目する。凶弾に倒れたハズのエージェント両名がムクリと起き上がった。
「防弾スーツかね?」
 しかし、胸元からは血が滲み出ていてYシャツを赤黒く染めている。
 ──ダッ!
 タワーとプリエステスは左右に別れて弧を描くように疾走し、一瞬時間をおいてエンペラーが跳び上がり、宙を舞う。これに対してシスターの前に神父が滑り込み、飛び掛って来るエンペラーを迎撃。9ミリ弾が彼の二の腕をかすめるが、着地と同時に拳銃を蹴り飛ばされる。
「こりゃま」
 シャッ――
 袖の中から手の平サイズの予備銃(バックアップ)が滑り出し、エンペラーの額を狙った。が、彼のアクションに気を取られた神父の側頭部に、プリエステスが銃口をゴリッと押しあてる。シスターの背後をとったタワーは彼女を羽交い絞めにする。が──

「せいやあァァァァァァァァ────────ッッッ!」

「うおッ!?」
 ブオッ──!
 羽交い絞めにされたまま上半身を8の字を描くようにしてブンブン振り回し、タワーの拘束を力任せに引き剥がしてしまう。
「そしてぇぇぇぇぇ!」
 無理矢理引き剥がされ空中に投げ出されたタワーの胸ぐらをガッチリつかみ、巴投げの要領で投げる…………神父めがけて。
「逝けやあああああああッ!」
 と、シスター。
「来いやあああああああッ!」
 と、神父。
 二人の息はピッタリだ。

 ドガッ……

 神父にタワーが丸ごと命中。
「ゴメンねッ!」
 シスターは気を取りなおして構え直す。倒れてピクピクしてるパートナーはほったらかしで。
「どうあっても邪魔する気?」
「神様は見てますからッ!」
 ダンッ!
 カナリ低い姿勢でプリエステスがタックル――速いッ!
「マジっスか!?」
 タックルを仕掛けた彼女の背を蹴ってエンペラーがまたもや宙に舞い、シスターの顔面めがけて突き刺すような蹴りを放つ。これを素早く回避するが、わずかに崩した体勢のスキをついてプリエステスのタックルがクリーンヒット。
「だあァァァァァァァッ!」
 まともに食らって背中を地面に擦り付けながらブッ倒れる。
「イタイっ! イタイっ! 背中がイタアツイ! アツアツっ! かゆいうま!」
 とにかく大変だ。
「このガキめッ」
 プリエステスがマウントポジションをとった。
「コレを見なさい」
 彼女はシスターを見下ろしながら、自分の胸元をガバッとはだけさせる。9ミリ弾の直撃による生々しい出血……その弾痕めがけて自分の指を突っ込んだ。
 グシュグシュ……
「おいおい……」
 シスターの頬に血の滴が垂れてきて赤黒く汚す。何の苦痛も感じてないような表情……やがて傷口から。
 コトンッ
 弾丸が素手で摘出された。
「我々は『強化人間(ブースト・ヒューマン)』よ」
「ほわっつ?」
 シスターに難しいカタカナは通じません。頭がパカリと割れました。脳には?恋せよ乙女?と書かれていました。意味は不明。
「特殊な投薬処理で運動能力と免疫機能を人工的に高めた人間よ」
「なるほど、なるほど……わかりませんッ!」
「…………」
 ガッ──!
 少々イラつき気味に咲の頬を拳で打った。
「やりやがったなッ」
 シスターの口元が歪んだ。
 グイッ!
「うッ!?」
「こんな展開どーよ?」
 ネクタイをつかまれて強引に引き寄せられ、お互いの顔面が肉迫する。
 ガブっ!
「あぐッ!?」
 プリエステスが苦悶の声を上げ上半身を大きく仰け反らせた。
「せいやっ!」
 怯んだところに腰を突き上げて敵を引き剥がす。
「クソガキがァ……」
 鼻から大量出血。噛みつかれた。
「野蛮人だーっ、野蛮人が出たぞォォォ!」
 ほったらかしになってた神父が遠くの方から野次をとばす。
「神を冒涜する子羊には、ちょっと天罰がすごかったりするよ★」
 シスター、本気。

「この二人は何者?」
 PDAのモニターを見つめながら白衣の女が呟く。モニターには客船のメインデッキで発生している攻防の様子が、監視衛星を通じて送信されていた。
 グゥオオオオオオオオオオオン……
 エレベーターが重苦しく唸ってゆっくりと降りていく。海中を垂直にはしった巨大なシャフトを移動して、海底に建造されたP4施設に到着した。
「……ふぅ」
 ドアが開いてその先に見える光景に、彼女は俯きかげんで溜め息をついた。検査設備が整った巨大空間。その中央は海底の一部がむき出しになっいて、重厚な強化ガラスで囲まれている。その隔離された海底の一部は砂と岩石が混じり合い、白衣姿の職員が十数名立っていた。ただ……何か様子がおかしい。特に何か調査しているワケでもなくその場にジッと立って、時折ビクリと体をうねらしている。言葉を発することは無く目も虚ろ。そして、彼等に囲まれるようにして砂地に突き刺さっているのは――『人型』。半透明の人の造形に人間を構成する組織がぎっしりと詰まったモノ。
「経過報告を」
 白衣の女はインカムをつけてボソッと呟く。
<ある程度の脱水症状は見られますが、脈拍・血圧とも正常。ロボットを使った血液検査でも、ウイルス・寄生動物・異常タンパク質・毒物等はいずれも確認されませんでした。人体としては至って問題ありません>
「目新しい成果は無しか」
<はい。ただし、脳波パターンに通常にはない徴候が見られます>
「どういうこと?」
<扁桃と海馬の間の神経ネットワークが同時に活性化し、異常な数値を示しています>
「それは……『恐怖』を感じている?」
<おそらく>
「原因は?」
<今のところ不明です。ただ、神の設計図(バイタルズ)から一定の『信号』が送られて、大脳辺縁系が受信しているようです>
「脳をハッキング?」
<かもしれません>
(くそっ……)
 彼女は悔しそうに下唇を噛み踵を返してエレベーターに。中には5、6歳くらいの男の子が一人……いつの間にか佇んでいた。
「蒼神博士の拉致失敗を想定しヘリの準備を」
<宜しいのですか? 支配人(オーナー)が許可するとは思えませんが>
「許可は必要ありません」
<衛星による監視は軍部も行っていますが>
「結構よ」
 白衣の女と少年を乗せたエレベーターはゆっくりと上昇していった。


※海馬=大脳辺縁系の一部。特徴的な層構造を持ち、脳の記憶や空間学習能力に関わる器官。

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