小説『考えろよ。[完結]』
作者:回収屋()

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 [秘密協定と裸エプロン(♂)] 
         
「ドコのダレですか!? これは立派な犯罪ですよ!」
「ひどいッ! あたし達がやったとッ!?」
「見知らぬ女性が部屋に侵入して、自分を縛ってバスタブに入った……とでも?」
 博士は被害女性をビシッと指差して問う。とにかく、まず助けてやれよ。
「んーッ! んーッ!」
 声を出せない被害女性Aさんがバスタブの中でバタバタしはじめた。
「むッ、こりゃイカン! 寒くて震えとる!」
 夏場です。
「じゃあ、バスタブを熱湯で満たさなきゃ!」
 死んじゃいます。
「もういいです」
 博士は二人をバスルームからつまみ出す。
「大丈夫ですか?」
 バスタブの中の女性がやっと救助される。猿轡を取ってやると開口一番に――
「どういうつもりですか、蒼神博士?」
「……はい?」
 いきなり自分の名を呼ばれパンツ一枚男は固まった。
「私一人を人質にとったくらいで、PFRSが取引に応じるとでも思いましたか?」
「――ッ!?」
 迂闊だった。『PFRS(パフリス)』の名が出た以上、この女は客船のクルーでも客でもない。
「君は……ダレだ?」
「『スノー・ドロップ』のエージェント・エンプレスです」
 女はキッと博士を睨みつけて名乗った。
(バカな……この船を占拠したのか!?)
 いや、そんなハズはない。追及の矢面に立たされているPFRSが、大勢の民間人を前にして秘密工作などありえない。
「『フリージア』の襲撃が失敗した後も、本部はアナタの動向を衛星で監視していました」
「それは支配人(オーナー)の指示ですか?」
「ええ、そうです。本部が最も危惧したのは、博士が実情を正しく理解せず間違った情報をマスコミに垂れ流す事」
「ボクは上級職員として神の設計図(バイタルズ)のプロジェクトに携わっていました。何が正しくて何が間違っているかは把握しています」
「博士が何を把握しているかは問題ではありません。支配人(オーナー)がなさる事に間違いなどないのですから」
「なら、どうして彼はフリージアをよこしたんですか? 明らかに口封じじゃないですか」
「本来の目的は『殺害』ではありませんでした」
「え……?」
「監視衛星の映像は軍部に中継されており、軍部からの命令は『拉致』でした」
「なら、フリージアの件は……支配人(オーナー)の独断?」
「ええ、そうです」
 エンプレスの表情が申し訳なさそうに曇った。何かおかしい。最大の出資者である軍部の指示を無視してもPFRSには何の得もない。
「そういえば、アナタは一人でこの船に?」
「いいえ、私は……」

 バンッ──!

 会話を中断させようとバスルームのドアが勢い良く開く。
「博士ェェェェェェェェ! 朝シャンしたああああああい!」
 御風呂セットを脇に抱えた咲と茜が元気に乱入し、有無を言わさぬ強引な空気を噴出させている。
「え、あの、まずはこの女性を……」
「脱ぐよ、叫ぶよ、訴えて勝つよ」
「はい、出ます」
 パンツ一枚男は足早に退室。
「――──さて」
 咲の口から冷ややかな声が。そして、蛇口が目一杯にひねられた。
「うぶッ!?」
 大量の冷水がエンプレスの顔面を打つ。
「ど〜〜よォ?」
 とても楽しそうな咲の笑顔。その脇では茜が小躍りしながら脱衣中。
「拷問のつもり?」
「拷問?」
「こんなことで私から情報を引き出せると思うなッ」
「情報?」
「とぼけるなッ!」
 冷水を浴びながら抗議の声を上げる。
「咲チャ〜ン、このオ姉サンってわたし達の社会的立場を勘違いしてるみたい」
「むッ、そりゃイカン。では自己紹介だ。あたし等は調査会社の社員。つまり、民間企業のサラリーマンだ。24時間働けますかって? 無理だバカヤロー!」
「調査会社? 蒼神博士に雇われたシークレット・サービス?」
「違うッ! あたし等は傭兵でもスパイでも何ちゃらエンジェルでもねぇ! 納税に苦しむ国民様だッ!」

 ドボドボドボ……(水位上昇中)

「身分証は?」
「見てちょうだいッ!」
 そう言って社員証をズイッと突き出した。
「……イレギュラー?」
 泥棒を見るような目で社員証と咲の顔を交互に観察する。
「これにより民間企業の栄えある社員であることは証明された! あたしこそが汐華咲、18歳! 座右の銘は<アンチ・萌え>!」
「で、わたしが相方の柏木茜、19歳! 健康診断でひっかかる度に枕を涙で濡らすメタボリック! いやッほォォォォォォォォォォォ♪」
 朝からブチギレてる少女はブラ(Fカップ)を振り回す。
「アナタ達……本当に民間人?」
「そうよ、ミンミンでカンカンよ」

 ドボドボドボ……(水位上昇中)

「数時間前に殴り合いしといて今更なんだけど、自己紹介よろしく」
「フザけるなッ! 人を誘拐しておきながらッ!」
「おいおいおい、人様のクライアントを拉致ろうとしたプロの不審者が、この状況で上から目線かね? どー思うよ?」

 シャアアアアアアアアァァァァァァァァ――──

 すぐ傍でシャワーを浴びる茜。ウエストのお肉がプルプルと愉快に震えてる。
「今日からああァァァァ〜〜♪ 炭水化物ダイエットォォォォ〜〜♪」
「やかましい」
 パコンッ
 近くにあった桶を投げる。当たる。アホが倒れる。

 ドボドボドボ……(水位は胸元まで上昇)

「PFRSは軍部からの出資を受ける国営企業。つまり、私は政府の執行権を委ねられた役人よ。蒼神博士を強制送還するよう命令を受けた。これは法に則った正当な行為だ」
「はいはい、そーかい。ただねえ、御役人様には理解できない苦労が巷には溢れとりましてね。きっちり仕事こなさないと依頼料がパア」
「現金ならPFRSが賠償してくれる」
「……って言ってるけど、どうするよ?」

 シャアアアアアアアアァァァァァァァァ――──

「悪の秘密組織みたいなトコから現金収入得たくな〜〜い! モーレツに反対ッ! 児童ポルノ賛成ッ!」
 社会的にマズイ発言を垂れ流しながら、全裸少女が拳を振り上げる。
「……ってなワケ。うちは信用と信頼で経営を維持しとるんで」
「蒼神博士はPFRSの機密情報を盗み出し、非人道的な実験をしているなどとマスコミに公表した。そんな彼に加担するのか?」
「ん〜〜、親指は痛むかね?」
 咲は話を逸らしビニール袋を取り出した。中には人間の手の指。
「……ソレがどうした?」
「いやぁスゴイよねぇ。根元からフッ飛ばされたのに大した処置もせず出血が止まってるし。他の連中も胸に撃ち込まれたのに致命傷にもならん」
「だから?」
「?非人道的な実験?とやらはホントに無かったのかねえ」
「…………」

 ドボドボドボ……(水位は首まで上昇中)

 バンッ──!
 オープン・ザ・ドア。
「博士ェェェェェェェェ!」
 ドアの前に姿は無し。リビングにも無し。寝室も同様。キッチンに……居た。
「冷蔵庫の野菜室をパンツ一枚でゴソゴソしているそこの人ッ!」
「な、何でしょう……?」
「『強化人間(ブースト・ヒューマン)』とは何ぞや?」
「え? あ……は、はい。『強化人間(ブースト・ヒューマン)』とは、人工的に作成した酵素で遺伝子疾患の遺伝子配列を修復してあり、病気にかからず外部からの物理的ダメージも、驚異的なスピードで回復する機能を有した者です」
「なるほど、よく分からん」
 不敵に微笑みながら言うセリフではない。
「それはそうと、あの女性はPFRS本部に常駐するSPですよ。どうしてバスタブの中に?」
「おおっと、イカンイカンっ! 水を出しっ放しだ!」
 バタンッ──!
 そう言ってまたもやバスルームへ。
「ヘイっ、ユー!」
 シャンプーハットを装着した茜が妙なポーズで指差してくる。
「どけいッ」
 なんとなく邪魔だったんでシャンプーハットを奪って捨てる。
「目がッ! 目があああああああああああッッッ!」
 期待通りシャンプーが目に入って、悶絶。
「ちょっとさあ、取引といかない?」
 威圧的な瞳でバスタブの中の被害者を見下ろす。

 ドボドボドボ……(水位は口元まで上昇)

「取引だと?」
 ──ザバンッ!
 エンプレスの髪が鷲掴みにされ、顔面が冷水めがけて荒々しく突っ込まれた。いち……に……さん……し……ご。
「……ぶはッ! げふッ、げふッ!」
 不意に呼吸をやめさせられ彼女の顔はクシャクシャだ。
「まずは話を聞きなさいよ、役人様」
「や、やかましい! こんなマネをして――」  
 ──ザバンッ!
 いち……に……さん……し……ご……ろく。
「……ぐへッ! げふッ、げふッ!」
 容赦無しだ。
「いいから聞け」
「ぅ…………」
 髪を掴む手に尋常ならざる力がこもっている。咲の顔面が超至近距離まで近づき、エンプレスの視界を占める。
「あたし等はさあ、あくまで調査会社の社員でいたいワケよ。だから、アンタから博士に色々しゃべられると困るんだよねえ。昨晩のコトとかさあ」
「それで……?」
 SPとしての忍耐が萎縮する。
「PFRS本部まで無事に博士を送り届けるのが仕事。もちろんアンタには同行してもらうから、その間は口裏を合わせて欲しいワケよ」
「やはりな……博士をダシにPFRS本部に侵入するのが目的か。一体何者だ? 何の用があるの?」
「用? 茜ぇ、何か用事ある?」
「別にィ、特になァい」
 今はムダ毛の処理中みたいですのでモザイクをください。
「同行はする。博士を連行するのが当初の任務だからな。だが、貴様等のような危険人物と取引などしない!」
「へえ、ならさあ……」  
 不意に咲がエンプレスの耳元に口を近づけ、ソッと囁いた。その囁きでエンプレスの興奮が急に治まっていく。
「……いいだろう」
「よろしい、よろしい」
 取引が成立した。

 バタンッ──
「博士、風呂空いたよ……って、うおッ!」
「はい?」
 料理をする音が聞こえる。キッチンには蒼神博士が立っている。トランクス一枚で上からエプロン着用してるもんだから、正面から見るぶんには裸エプロン。
「うほッ★」
 咲がいけない声を出す。
 バタンッ!
 バスルームへ再度突入。
「茜、大変ッ! 23歳の美青年がキッチンで裸エプロンにッ!」
「まあ、なんて卑猥なッ! 早速録画ねッ!」
 バタバタバタッ――
 二匹のケダモノは縛られたままのエンプレスを残し、バスルームを飛び出していく。
(くそッ……)
 たかだか十数分で終わる任務のハズだった。
(……どうする?)
 任務の性質上、PFRSからの救援は期待できない。となれば、本部への潜入作戦に同行して自力で帰還するしかない。先程の取引内容が頭の中をよぎる。彼女はスーツの所々からジョロジョロと水を垂らし、立ち上がった。

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