小説『誓言』
作者:水屋(月の森に住まう鴉)

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「おめでとうございます。女の子ですよ」

 
 閉じた襖の前に正座して、固く両手を握りしめていた僕は、中から出てきた産婆さんに言われてはっと顔を上げた。

 生まれた……とうとう生まれたんだ。

 お湯の入った桶を持った人や、白い布を山ほど抱えた人が、僕のすぐ隣を慌ただしく行き来するけど、僕はしばらくその場から動くことが出来なかった。

 足がすくんでしまっていた。

 これから僕の肩に乗りかかる責任の重さは、想像もつかないほどに大きなものだ。

 だって人一人の命だ。失えば二度と取り返しのつかないもの。



 僕たちの結婚は早すぎるものだった。17歳という若さで愛する女の子に妊娠という結果をもたらした僕を、誰もが非難した。

 学校はどうするのか、お金はどうするのか、自分ではどうすることも出来ないくせに子どもなんか作って―――

 確かにそうだと僕は思った。僕はまだ高校生だ。親の脛を囓って生活している。

 そんな僕が奥さんと子どもをどうやって守れるのか。僕はどれほど無責任な行いをしてしまったのか。

 僕が僕自身を責める言葉が次々と頭の中に響いた。

 

 それでも僕は。

 

 僕は、大好きな彼女から子どもができたと聞いた瞬間、心の底からそれを喜んだんだ。

 僕は心の中で神様に感謝した。この世にいるかどうかすら分からない神様。今までほんとは一度も信じたことの無かった神様に、子どもができたことを、そしてそれを心から喜ぶことが出来る自分がいたことに心から感謝した。

 彼女だって喜んでいた。これからの不安よりも、今、自分のお腹の中に子どもがいるというそれだけを心から。

 それでも周りの目は冷たく、僕たちの両親ですら子どもが宿ったことを喜びはしなかった。

 僕たちはこんなに冷ややかな世の中に、自分たちの大切な子どもを生み出していいのか。

 僕たちの挫けそうな心が、子どもの命を奪う寸前までいったとき、たった一人だけ僕らの味方がいてくれた。僕の祖母だ。

 祖母は、一人静かに涙を流す僕の彼女に一言「おめでとう」と言ってくれた。

 この言葉がどれだけ僕らを救ったか。

「子どもを両親だけで育てにゃならんという法がどこにある。これだけの大人がいて、どうして子ども一人育てられないことがあろうね。簡単に殺すなんて言ってはならん」

 これを聞いて僕は決心したんだ。自分のつまらない矜持なんて捨てる。子どもを守るためなら親父に土下座してでも許して貰う。高校に行きながらしっかり働いて、絶対に二人を守ってみせる。世間の冷たい風にさらしたりしない。

 僕は固く心を決めて、今日のこの日を待っていた。ただ早く君に会いたくて。



 襖を開けて部屋に入ると、中には目を閉じて横たわる彼女と、白い着物に包まれた小さな女の子がいた。

 彼女は予定日よりも早く陣痛が来て、すぐに破水したため病院まで間に合わず、近所に住む祖母の知り合いの産婆さんに来てもらって自宅で出産したのだ。

 僕は側に寄って彼女の手を握り微笑みかけた後、まだ目も開けない幼い我が子の頬にそっと触れた。

 柔らかいその感触に僕はまた身が竦んでしまいそうだった。でも、小さな手に触れたとき、僕の手を力強く握りかえしてきた我が子に、僕は心を込めて語りかけた。



「僕は必ず君を守るよ。君がいれば僕は無敵だ。僕はきっと君を幸せにするよ」



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