さやは俺を見て、微笑っていた。
「そんなに笑うなって。俺、真剣に考え事してたんだからさぁ」
「真剣に考えて・・・・・・、肩震わせて、笑ってたわけ?」
「・・・・・・悪かったな、変な人で。けど、おまえだって人の後ずっとつけてるなんて、悪趣味だぜ? さや」
微笑っていたさやが、ちょっとびっくりしたように、俺を見た。
何か考えるように少し瞳をふせて、そして、改めて俺を見上げてから、
「高橋くんから、名前、呼び捨てにされるとは、思わなかったな・・・・・・」
って、つぶやいた。
・・・・・・そっか、俺ってこいつと話すんの、初めてだったんだっけ。
夢の中でそう呼んでたから、つい・・・・・・。
「あ・・・・・・、ごめ・・・・」
そう言いかけた時、さやが笑って言った。
「高橋くんって、おもしろいねぇ・・・・」
―――!!
人が謝ろうとしてるの、遮っといて、おもしろいっていうのは、なんなんだよっ!! ずうずうしいヤツだなっ。
ずうずうしいといえば、おまえのピアノだよっ!
朝っぱらから弾いてくれるおかげで、俺は1週間、変な夢見続けて、わけわかんないっていうのに・・・・・・。
思ってることが、思わず口をついて出てしまった。
「おまえさぁ、あのピアノ・・・・・・」
ハッとして、口を閉じたけど、もうすでにさやの耳に入ってしまったようだ。
「ピアノがどうかしたの?」
・・・・・・ずるいよな。そんな風に大きな瞳して聞かれると、やめてくれなんて、言いたい文句も言えないよな。そうだろ?
仕方ないんで、
「あのピアノ、いつも弾いてるヤツ・・・・・・、なんて曲?」
口から出まかせ、ボソッと言ってみた。
思いがけず、さやはとっても嬉しそうに、
「パッヘルベルのカノン」
と、言った。
「パッ・・・・・・?」
「パッ・ヘ・ル・ベ・ル、のカノン」
ふ―ん。面倒くさい曲名なんだな。
「きれいな曲でしょ?」
きれいな曲?・・・・・・なんだ。
へぇ、よく聴いてないからわかんないけどサ。
「好きだよ、あの曲」
「ホントッ!?」
さやが大声出したんで、びっくりしたけど、それよりも、自分が言った言葉に、もっとびっくりしていた。
「は・・・・、早く行かないと、課外 始まっちゃうぜ」
俺はごまかすように、そう言って走り出した。
そして、走りながら、自分の言った言葉を思い返した。
・・・・・・好き? よく聴いたことのない曲を・・・・・・?
なんだか、わけのわからない何かが始まっているような、そんな気分に襲われていた。