小説『ハーフ 【完結】』
作者:高岡みなみ(うつろぐ)

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 翌朝、聡美が目を覚ますと、コーヒーの香ばしい香りがたっていた。聡美はぼんやりとした頭で「玲子」と呼びそうになったが、何とか思い止まる事ができた。枕元の目覚まし時計を引き寄せ時間を確かめると、九時を回っていた。キッチンでは、Tシャツに単パンの奈津美が朝食の準備をしていた。
 聡美は力の入らない躰を無理やり起こし
「おはよう」
と、眠そうな声で言った。
「もうすぐできるよ、起きて、起きて」
 聡美は奈津美の声に促されるようにベッドから抜け出して、キッチンへのそのそと歩いていった。
「奈津美、あんたは元気だね」
 聡美はコーヒーメーカーからマグカップにコーヒーを半分ほど注ぎ、煙草に火を点けた。喉が少しいがらっぽい。寝不足で目が腫れている感じがする。奈津美は、
「相変わらず寝起きが悪いね」
と、憎まれ口を叩いていた。聡美は(改めて言われなくてもそんな事は自分で分かっている)と、思ったが口にはしなかった。言葉にするのも億劫だった。

 奈津美の準備した朝食を食べ終わった頃、聡美はようやく目が覚めてきた。奈津美はもうすぐに帰ると言う。何でも午後から友人が来るとの事である。聡美は買い物のついでに送って行く事にした。いつもの坂道をゆっくりと下っていく。すでに陽は高く生ぬるい空気が肌にまとわりついてくる。
 坂を下りきったところで、奈津美は、
「ねえ、お母さんたちはこの事は知ってるの」
と、訊いた。聡美は心の中で(そんなはずないじゃん)と思いながら
「ううん。知らないはず」
と、柔らかく答えた。
「そのうち、ばれるんじゃない」
「そうね、ばれるかも知れない」
 聡美は真っ白に輝いている雲を見上げながら、わざと素っ気ない顔で言った。
 奈津美は半ばあきれて、
「のんきね。自分のやってる事わかってんの。もう回りを巻き込んでるんだからね。私もそうだけど玲子さんにはそうとう迷惑かけてると思うよ」
と、言った。聡美は(そんな事は分かっている。でも、どうしたらいいのか分からないのだから仕方がない)と思った。そして
「そうね。でもばれたら、それはその時考えるわ。今はもう少し考えたいし」
「あまり時間ないかも知れないよ」
「うん。分かってる」
 奈津美は「じゃあ、また、電話するね」と言い残して、改札を抜けていった。

 聡美はひとりアパートに戻るといろいろな事が気にかかった。特に両親の事を思うと気持ちが沈んでしまう。(きっとわかってくれる)という信じたかったが、普通に考えれば、それはあり得ない事だ分かっている。大きなショックを受けるに違いない。別に誰かに迷惑をかけている訳ではないが、分かって貰えそうにない。なんと言っても自分自身がまだよく自分の事を分かっていない。単に違和感と言ってしまえばそれまでだが、そんな一言ではすまされない気がする。
 奈津美はそんな兄をどのように見たのだろう。 結局、奈津美には何の説明もできなかったように思う。別にそれは今日である必要はないが、できる限り早くきちんと説明をしたい。

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