小説『ハーフ 【完結】』
作者:高岡みなみ(うつろぐ)

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 玲子が「そろそろ髪を切りに行こうよ」と言い始めたのは6月になる間際だった。最後に美容院に行ったのはかれこれ4ヶ月近くになる。肩甲骨が隠れるくらいまで髪伸びていた。
 玲子は
「一応今度の土曜日にカットの予約を取ってあるから行ってみるだけでも行こ」
と、二つ先の駅前の美容院を指定したと続けた。
「当然スカートはいてくるのよ。すこし離れれば、誰にも会わないし、うまくいかなくても別の美容院にすればいいだけだしさ」
「今度の土曜日って明後日だよね」
「そうよ。10時半。今井聡美でとってあるからね。駅前に10時15分くらいに待ち合わせでいいでしょ?」

 当日聡美は妙に落ち着かなかった。玲子のことだから、何を考えているのか分からない。髪は一度切ると失敗したとき、さらに切るしか直せない。流されているような感じはするがいいんだろうか?
 聡美は手持ちの服の中から綿のスカートにゆったりとしたカットソーを選んでいくことにした。

 聡美が指定された駅の改札を出ようとすると玲子が待っていた。
「ごめん、玲子。待たせた?」
「全然平気、5分も待ってないわよ。・・・じゃぁ、出陣といきますか」

 美容室に入ると、妙に元気な「いらっしゃいませ〜」という声が飛び交った。(回転寿司じゃないんだから、朝っぱらから元気いっぱいに言われてもねぇ)と聡美は思いながらも、聡美について入った。
 受付では
「今井様ですね」
と確認された。
 聡美が
「はい」
と言うと、アンケートと称して紙を渡された。どこでこの店を知ったか、今回はどうしたいか、指定のスタイリストはいるか等々結構細かく書かされた。「どのような髪型にしたいか」の欄を書きあぐねていると、玲子がテーブルの上のヘアカタログから「これなんてどう?」口を挟んできた。ふと見ると明らかに女性の髪型でかなりフェミニンな感じのするものだった。
 長さはその聡美に近くボリュームを抑えた女性らしい髪型だった。
「ね、ね、いいと思わない」
と考える余裕もなく美容師に「この娘なんだけどこんな感じでお願いします」をさっさと決めてしまった。
 そもそも、私を女性と認識してカットしてくれるだろうかという不安がある。
 一度切っておいてうまく行けばそのままここに来ればいいしダメなら変えればいい。
 鏡の前に座ったとき出された雑誌は女性誌だった。聡美は一応手に取ってみたが、鏡越しに玲子の様子をうかがっていた。玲子は時々こちらを見る程度で後は雑誌を眺めていた。
 聡美は約40分鏡に向かって、徐々に変わっていく自分自身を眺めていた。出来上がりはカタログとはすこし違う印象だったが、十分に満足のいくものだった。髪型が変わると言うことはこんなにも気分が変わることなのかと驚いてた。そして、女性が、美容院にこだわる理由が分かる気がした。そして、その気持ちが分かる自分自身にも驚いていた。さらっとした指通りと思っていた以上の軽さにすこし戸惑いを感じながら・・・。

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