小説『ハーフ 【完結】』
作者:高岡みなみ(うつろぐ)

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 女性装といってもこれまでと変わることなど何もなく、外見がユニセックスなものからスカートに変わっただけである。大学に行かないときなどは近所に出歩いていたので自分自身の違和感はない。しかし、過去の自分を知っている人から見ると大きな変化である。かつてのクラスメートからは宇宙人に会ったかのような表情で上から下まで眺め回された。とはいうものの大学という大勢がいる空間でやたら出会うものでもない。ほとんどの場合、無関心である。
 聡美が一番気を遣ったのはトイレである。もしトイレでクラスメートに遭遇でもしたらやっかいなことになりかねない。面倒だけど、はじめのうちはキャンパスの中でももっとも端の学生会館のトイレを使用することにした。もし、クラスメートにも「女性でいいよ」と言われるようになったらそのときには普通にトイレは使わせてもらおう。
 聡美の中では女性装でいられることの心の軽さを感じることができた。それまでのことを思い返すと、思い鎧を身にまとっていたのではないか思えるほどだ。いつも何かにおびえ、心を閉ざしていたような気さえする。

 しかし、これから先のことを思うと気が滅入るのも事実である。女性装をするということは、世の中から見れば性転換手術をしたのと同じ意味を持つ。人は裸で生きているわけではない。仕草や言葉使いも含めて社会的に女性として生きていけるのか。これまではユニセックスな服装であったから「男性」と認識されてもそれほどの問題は起きなかった。しかしこれからは違うのだ。
 その中でも、特に声の問題がある。男性から女性に移行して半年以上経つ。その間に声を高く保ちイントネーションや言い回しは注意してきた。はじめのうちは声が裏返ったりしていたが、それも徐々に安定してきた。決して高くはないがちょっとハスキーな女声くらいにはなってきたように思う。パソコンに自分の声をとり再生しては、また声をとる、を何回も何回も繰り返して手にしてきた声である。本格的に女性装をはじめる前は、コーヒースタンドで一言二言話すだけで済んだが、この声が本当に学内で受け入れらるのだろうかという不安はあった。
 様々な場所で長く話さなくてはいけないのである。

 そして切羽詰まった問題もあった。夏休みが始まるまでにアルバイトを決めておきたかった。「フルタイムで女性装をはじめる」と決めた以上、女性としてバイトにつきたかった。生協で履歴書を買い、フルメイクして証明写真を撮り、書き始めたまではいいのだけどやはり氏名欄、性別欄に抵抗があった。
 「今井聡」「男」で作っても写真は異なる。かといって「今井聡美」「女」では嘘を書くことになる。そして今ではバイト料とはいえ銀行振り込みも多いだろう。悩みに悩んだ末「今井聡美」「女」とし、その他欄に「本名:今井聡」といれた。
 何か言われたときはそのとき説明すればよい、今悩んでも仕方がない。
 また、女性として踏み出すための大きな試金石でもある。バイトすら応募できないようなら、これから先、生きていくことなどとうていできないのだ。
 こんな時こそ玲子に相談したい、しかし聡美はじっと我慢し自分だけで答えを導き出そうとしていた。頼ってはいけない。玲子を自分の人生に巻き込んではいけないという思いがあった。
 そして、以前から目をつけていた予備校のアルバイトに応募した。

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