小説『ハーフ 【完結】』
作者:高岡みなみ(うつろぐ)

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 試験期間も後一日になった時、奈津美から電話があった。奈津美の電話はいつも唐突に始まる。
「お兄ちゃん、今年の夏休みってどうするの」
「どうするって言われても、どうしようもないじゃん」
「昨日、お母さんから電話があったよ。最近のお兄ちゃんはどうしているかって私に訊かれて、答えようもなったよ」
「何て答えたの」
「そんなに会ってないから分からないけど、どうしてって私から訊きなおしたら、どうも、誰かからお兄ちゃんの事を聞いたみたいだよ」
「ふうん。どう聞いたのかしら」
「なんだかのんきなリアクションね」
 別にのんきでいる訳ではないが、他に言いようがなかった。
「どんなふうに聞いたかは良く分からないけど、あまりいい話じゃないみたいね」
「まあそうだろうね。いい話の訳がないもんね。でも、どこから聞いたのかしら?」
「そんな事より、もしお母さんから電話があったらどう答えるつもりなの」
 今の自分の心境をそのまま答えたとしても、理解してもらえないだろう。しかし、いつかは通らなくてはならない事でもある。聡美には何をどういう順番で話せば分かってもらえるのかが分からなかった。聡美は、
「そうね。どうしようかな」
と、曖昧に答えた。
「お母さんにあまりショックを与えないようにしてね。それとお父さん、怒り心頭だからね」
 聡美は「うん」と、答えはしたが、どのように言ってもきっとショックに違いないと思った。
これまでも、両親から連絡が来たらどうしようかと、考えた事があった。そしていつも、その時は、本当の事を言うしかないと思った。どのような言い方をするかは、その時の雰囲気によって違うだろうな、と思っていた。しかし、どのような言い方をしてもショックを受けるだろう。
 聡美には、今後のビジョンが全く見えていなかったから、「これからどうするの?」と聞かれても、なにも答えられない。聡美はこの事を大きな負い目に感じていた。普通の大学生なら、どこに就職するかはまだ決めていなくも、何の問題もないだろう。しかし、聡美は、就職する以前に社会に受け入れてもらえるかどうか、分からなかった。常識的には、普通の会社には就職できないだろう。聡美は誰かに説明する以前に、聡美自身もこれからどうしていいか分からない。

 聡美はノートやテキストは開いていたがその内容は見えていなかった。奈津美の声が頭の中でずっと残っていた。(明日の試験に集中できないなあ)と、思いながら煙草に火を点けると、同時に、電話がなった。電話と取ると、「あっ、通じた」と、玲子の声がした。
「さっき電話中だったから」
と、玲子が明るく言った。
「ねえ聡美。明日で、試験終わりでしょう。打ち上げをしない」
 聡美の頭の中はまだもやもやとした不安でいっぱいだったが、それを気づかれるのが何となく癪に思えて、できるだけ明るく
「うん。いいね、いいね。どこにする」
と、答えた。
「何か乗りが良すぎない?何かあったの?」
 聡美は「ううん。別に何もないよ」と、答えたがその声はきっとうわずっているに違いない。
「じゃあ、その何かあった話は明日聞くね。で、場所なんだけど、どこにする?」と、玲子は(聡美に何かあった)という前提で話を続けた。
「そうねえ、大学の回りの店だと学生がうじゃうじゃいそうで嫌だな」
「じゃあ、私の部屋でいい?」
「いいよ。何時頃行けばいい」
「私の方は午前中で終わるから、午後からならいつでもいいよ」
「こっちは、二時半に終わるからそれから行くね」
 電話を切ってから、聡美は玲子の鋭さに(まいったなあ。私ってそんなに単純なのかなあ)と、少しがっかりした。そして、(さあ、試験勉強しよう)とマーカーを手にした。

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