小説『ハーフ 【完結】』
作者:高岡みなみ(うつろぐ)

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 翌日の朝も玲子は五号館前のベンチで座り本を読んでいた。
「あれ、玲子、今日って講義はないんじゃないの?」
「暇だったから」
と、玲子は少しはにかむような表情をした。聡美が返事に窮していると、玲子は
「実は寝てない」
と、笑いながら言った。
「何やってたの。ゲームでしょ」
「あたり。今はまってるのがあるのよ」
「大学なんか来ないで、寝てればいいじゃない」
「でもさ、朝寝ると夕方まで起きないじゃん。そうすると生活のリズムが狂うし、それならもう寝ないでいた方がいいかなって思った訳よ」
「頭が痛くなっても知らないわよ」
 玲子は時々何の前触れもなく、こんな無茶をする。玲子に言わせれば「計算してやっている」と、言うが、聡美にはどうしても理解できなかった。
「いやいや、それが本当にのめり込んじゃうのよ。聡美、今日おいでよ。一緒にやろう」
「昨日徹夜しておいて何言ってるの。そんな事より寝なさい」
 聡美は、「じゃあ、また」と、言って、玲子と別れたが、(玲子の本当の徹夜の理由は何だろう)と、心に引っかかった。玲子は一見ちゃらんぽらんに過ごしているようでも、とても繊細な神経の持ち主である事は、聡美が一番よく知っている。玲子と聡美は、多感な高校生活の多くの時間を共有してきた。聡美は玲子の徹夜の理由は私の事かも知れないと思った。それを「ゲームをしていた」と言ったのは、玲子の聡美に対する思いやりではないだろうか、と聡美は思った。聡美は玲子に「私の事でしょ」と、確かめるべきなのだろうが、それを避けてしまった。聡美には「また玲子に甘えてしまった」と、少し心に引っかかる物があった。
 聡美が大きく変わってしまったにもかかわらず、玲子は高校の頃からあまり変わる事なく、聡美に接している。玲子には高校の頃から聡と言う男性に好意を持っていた。玲子は聡が受験すると言っていたこの大学を「何が何でも同じ大学に行く」と宣言して、懸命に受験勉強をした。法学部と文学部という学部の違いこそあれ、合格した事は玲子にとっては上出来だった。玲子は聡が決めたアパートのすぐ近くに小綺麗なマンションを借り、大学生活を始めると、二人のままごとのような生活が始まった。互いの部屋を互いが行き来していた。肉じゃがのじゃがいもが溶けてなくなったと言っては笑い、同じビデオを見ては一緒に泣いた。また、試験が近くなると、はげましあって勉強をした。玲子は聡をじっと一途に見つめて暮らしていた。聡が何を考えているのか、当人にも分からないような事まで玲子は考え、悩み、苦しんだ。
 しかし、玲子は、いつでも努めて明るく振る舞い、聡をやさしく抱きつづけた。そして、聡が得体の知れない苦しみに落ちていったのは大学二年の秋の頃からだった。玲子にはその苦しみとは何であるかは分からないけれど、とても苦しんでいる事は分かった。いくら頑張ってみても、取り除いてやる事のできない苦しみは、玲子も苦しめた。玲子は毎日、聡に何をしてあげられるかを考えていた。聡が時折見せる玲子へのやさしささえ、玲子には痛々しく思えた。

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