小説『ハーフ 【完結】』
作者:高岡みなみ(うつろぐ)

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 聡美にとって初めて頑張った前期試験は、少しの反省とちょっとした達成感と大きな疲労で終わった。季節はすっかり真夏になっていた。聡美が試験期間中に棚上げにしていた自分の課題に取り組む時が来た。自分も含めて自分の周囲の人たちにとっても重要な事柄だった。試験期間中に奈津美が電話で言っていた事は、聡美にとっても、奈津子や両親や玲子にとっても重要な事だ。聡美はこの夏休みの間に何らかの結論を出したかった。それがどのような物になるかは想像もできなかった。自分が納得するためにも、何か拠り所になる物が欲しかった。

 玲子の部屋での打ち上げの日は結局そのまま泊まってしまった。いい加減酔いも回ってくると、寝不足と疲れから、二人してそのまま雑魚寝してしまった。しかも翌日は十時過ぎになってやっと目を覚ました。腫れた瞼が何とか見られるようになったのは昼過ぎだった。硬い床で寝たせいか躰の節々が痛んだ。ささやかな宴の後始末をして、自分の部屋に帰るともう夕方に近かった。その日はもう何もする気になれなかった。ぼんやりとテレビを見て十二時前にはベッドにもぐり込んで泥のように眠った。
 翌朝は八時前に目が覚めた。やけにすっきりとした目覚めだった。ベランダに出ると朝顔が少ししおれている。昨日一日一滴の水も与えられず炎天下のベランダで耐えていたのだ。聡美は「ごめんね」と声をかけながら、たっぷりと水を与えた。
 シリアルにミルクをかけただけの簡単な食事を済ませると、やりたい事が次々に頭に湧いてきた。掃除、洗濯、部屋の模様替えなどなど。試験期間中に後回しにしてきた事を全てやってしまいたかった。
 明後日からのアルバイトは9時から5時までとなっているが、これまでの経験上帰りはすこし遅くなりそうな気がした。
 差し当たり今日は掃除と洗濯で一日は潰れそうだ。取り合えずシーツとタオルケットの洗濯から始める。ベランダはあまり大きくないのでシーツとタオルケットを干してしまうと他の物が干せなくなる。部屋を整理して掃除機をかけ、浴室とトイレを磨き上げた。間に冷凍パスタの昼食をはさんで冷蔵庫の整理と流し回りの油汚れと格闘した。決して広いとは言えない1DKでも真剣に掃除すれば結構な時間がかかってしまう。キッチンの床を磨いていると顎から汗がぽたぽたと滴り落ちる。着ていたTシャツも汗で肌に貼り付いてくる。やたら喉が渇いて作り置きの麦茶をがぶがぶと飲んでしまうが、すぐにそれが汗となって出てくる。全開にした窓からはゆっくりとした渇いた真夏の風が流れてきた。
 四時を過ぎる頃になるとようやく一区切り付いた。シーツもすっかり渇き太陽の匂いがする。洗濯の第二弾の開始である。窓をすべて閉め、エアコンをかけてから、バスマットや今日一日着ていた物を洗濯機に放り込んで聡美はシャワーを浴びた。

 聡美はやっとさっぱりとした気分になれた。部屋の中が少し明るくなったような気がする。散らかったままの机や埃の浮いた床は見ているだけでげんなりする物だ。それがやっと自分の気に入るような姿になった。もっとも、まだまだ不満な点はあった。無機質なスチールの本棚は木製の物に替えたいし、カーテンだって気に入らない。テーブルももう少し華やいだ物にしたい。しかし、お金がかかる事でもあるし差し迫って必要な事でもないからゆっくりと揃えていけばいい。
 聡美は久しぶりに買い出しに出かけた。この二週間ほどは、レトルトか冷凍かコンビニ弁当という食生活だった。玲子ではないが、自分で食べる物くらい自分で調理したかった。そのためにも冷蔵庫の中身をある程度まともな物にしておきたかった。夕暮れが近づいてきたスーパーは主婦で混雑していた。かごの中を覗くとその家の夕食が想像できて楽しい。明らかにカレーを作るかご、出来合いのお惣菜が幾つか入れてあるかご、刺し身とカボチャのかご。聡美はあらかじめメモしておいた物を自分のかごに放り込んだ。じゃがいもやタマネギといった定番の野菜や肉、朝食用のシリアルとヨーグルトとミルク、玲子のアパートで見た何種類かのスパイス。玲子のように「豚バラの角煮」とまではいかなくとも、せめて肉じゃが程度は上手に作ってみたい。レジ横に並べてある料理番組のテキストもかごに入れた。
 両手にスーパーの袋を下げてアパートに戻った頃には日が落ちていた。今日は良く動いたせいか両腕と腰が痛い。聡美は買った物を冷蔵庫に収めると缶ビールを開けた。

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