小説『ハーフ 【完結】』
作者:高岡みなみ(うつろぐ)

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 ビールからワインに変わった頃、玲子は
「夏休みはどうやって過ごすの」
と、訊いた。
「この間でも言ったけど、予備校の雑用係のバイトと、後は、これからどうすか、真剣に考えないと、自分に自信が持てないから、夏休み中にいろいろ考えないと……」
「いろいろって?」
「これまで、はっきりしないままこんなふうにしてきたけど、本当は、自分はどうしたのか、とか、将来何になりたいかとか、そんな事をもうちょっと具体的に考えようかなって思ってるの」
「こんなふうって、外見上の事とか聡美って名乗ってる事とかの事?」
「それもあるけど、人とのかかわり方というか、自分の拠り所というか……」
 聡美は少し考えながら言葉をつないだ。
「自分がどんなふうなのかもよく分かってないんだ。だから、自分はどういう人間かも知りたいと思うの」
「外見上の事というより、内面的な事ね」
「うん、どちらかと言えばそうなるね。ただ、男が持っているいやらしさはとても嫌な感じがするんだけど、かといって、女性になりたいとも思ってないのかも知れない。よく分かんないんだけどね……。自分が男性である事を嫌だと思ったら、後は女性しかいないのかなあ。変なふうに取られると困るんだけど、女装趣味やニューハーフとは違うような気がする。女装趣味やニューハーフって言っても、それはその人個人の考え方とか趣味だから、誰もそれをおかしいとは言えないし、私もおかしいとは思わない。というか、それはそれでいいと思うの。でも、今の私自身をその枠の中に入れようとすると入らない」
「精神的に男性でもあり、女性でもあるの?」
「少し前までは、男性でも女性でもない、って感じてたかな。女の子っぽい格好をしているのは、その方がきれいだから……だと思ってたのよ。でもね・・・今はすこし違ってて元々私は女性なんじゃないかって思えるのよ」
「何か、分かったような分からないような話ね」
「実は、私も分かったような分からないような気がしてるんだ」
 聡美は、笑いながら言った。

 翌朝も、とても暑かった。やけに蝉の鳴き声が耳についた。
 玲子は
「私、もうすぐ帰っちゃうけど、なんかあったら、携帯に電話してね」
と、言った。聡美は、
「うん、ありがとう。そうする」
と、心の底から感謝をこめて言った。
 聡美には、自分を分かろうとしている人がいる事が、とても心強かった。しかし、反面(きちんと自分の事を言えるようにしなくちゃいけない)とも思った。聡美は(私は行っちゃいけない所に向かっているのだろうか?)と、不安も感じていた。

 聡美は、奈津美も玲子も帰省してしまうと、東京で一人で生きているという孤独感でいっぱいになってきた。アルバイトを再開すれば、新しい人間関係もできるだろう。その関係が自分にとってよい物である事を願うだけだった。いろんな人がいる。嫌な事もいっぱいあるだろう事は容易に想像できた。それらを含めて受け止めなくては、いつまでも、これまでの小さな自分の枠の中でだけで、生きている事に違いはないだろう。
 寝る前に、アルバイト再会初日に着て行く洋服を出したり、鞄の中身を確認し、そして(明日は、絶対に遅刻できない)と、肝に命じた。

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