小説『ハーフ 【完結】』
作者:高岡みなみ(うつろぐ)

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 聡が苦しみから開放されたように見えたのは、大学三年の始めだった。急激な変化が聡におきた。玲子の献身的な思いが報われたのではなく、彼自身が変貌していった。聡は、彼自身を聡美と名乗った。
 玲子は混乱した。自分の無力さが聡をこんな異常な考え方にしてしまった。もっと、しっかりと聡の苦しみを受け止めてあげれば、聡は「聡」のままでいたのではないかと、思うと、玲子はいたたまれない気持ちでいっぱいになった。
 聡は玲子と共有している時間が長くなるにつれ、玲子を通して自分自身が見えてくるようになっていた。玲子は、聡自分でも意識していないような聡の変化までも、鏡のように、聡自身に示した。聡には、玲子を通してみる自分自身は、どこか冷たい物を感じていた。
 傲慢で自己中心的でそのくせ自分だけでは何もできない。聡にはそんな自分が見えた。玲子はとてもよくしてくれる。しかし、玲子はこんな心の貧しい自分に拘束されなければ、大きく羽ばたけるに違いない。玲子を自分から開放する事がもっともよい方法なのだろう。また、自分自身も傲慢で冷たい自分から開放されなければ、飛躍できない。
 聡は玲子を失いたくはなかったし、玲子が自分を愛してくれている事は分かっていた。互いに傷つかず、互いに失わず、そして、互いに成長するには、男性ではない聡と、女性ではない玲子の付き合いがもっともよい関係なのではないかと、考えるようになった。聡は、性愛が自分を苦しめ、犠牲愛が玲子を縛っていると、思った。聡は玲子と、人として、互いに成長しあえるような関係になりたかった。そして、聡は男性というものを捨てようと思った。
 聡が玲子に「これからは聡美として生きていこうと思う」と、言った時、玲子は冷静を装っていた。玲子は(今、私が反論したり、泣き崩れたりしたら、せっかく聡が出した結論を壊してしまう)と思い、聡に従う事にした。しかし、いずれにせよ、玲子にとっては、聡を失う事には変わりはなかった。嫌われたのなら諦めもつくかも知れないが、互いがより成長するために、なぜ、聡は聡美になる必要があるのか分からなかった。玲子は、聡を信じて、聡美が聡を私に返してくれる日を待っていようと、思った。
 玲子はどんな原因であれ、聡とは喧嘩別れはしたくなかった。聡が何と言おうと、目の前にいる聡美は玲子にとっては聡であり、いつか自分のところに戻ってくると信じていた。玲子は、今でも、ずっと聡を思い続けていた。玲子にとって聡がいない生活は考えられなかった。
 聡は玲子の気持ちは理解していた。しかし、盲目的に愛されているという事に、耐えられなくなってくる自分の気持ちを自分の中に見つけていた。聡は玲子の人間性には、深い尊敬の気持ちを持っていたが、男性として見られる事にしだいに重圧を感じていた。
 うまくやり過ごせば、過ごせない事はないかも知れない。しかし、たとえ小さなプレッシャーでも「いつ終わるとも知れない」と言う思いが聡を動かしてしまった。
 聡は女性になりたいと思った訳ではないが、男性以外になりたいと考えると、それは女性しか残っていなかった。粗野で自己中心的な考えしかできない自分は、男性を捨て、繊細でしなやかな女性に憧れた。
 
  *
 
 女性である事を始めると、日常の生活で支障が出た。ある程度は覚悟していたが、その煩雑さは予想をはるかに越えていた。
 身の回りや考え方、生活習慣の大部分を変える事になる。洋服、雑貨、本など必要な物は数限りなくあった。生まれつきの女性が二十年かけてきた手にいれてきた物を、聡美は何一つ持っていなかった。
 聡美として振る舞う時、雑貨や本は気楽に買えるが洋服などはなかなか手が伸びなかった。お金がかかるという理由もあるが、店員にいろいろ聞かれるのがつらかった。外見はまだまだ男性その物であった。一度、洋服の買い物でとてもいやな思いをし、それ以来、玲子と一緒にしか洋服は買えなかった。それに何よりも、洋服に対する好みすらはっきりとした物がなかった。玲子はそんな聡にも根気よくつき合い、助言をした。

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