小説『ハーフ 【完結】』
作者:高岡みなみ(うつろぐ)

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 玲子と話をするのがずいぶんと久しぶりの事のように思えた。高橋から借り受けたパソコンを机の上に出して、マニュアルなる物を読んでいた時に玲子から電話があった。
 高橋からパソコンを借りた事を話すと
「凄いね。ラッキーじゃん」
と、本当に嬉しそうに言った。
「でもさあ、何だかちょっと気味が悪いような気もするんだ」
「えー、どうして。だって使わないって言ったんでしょ」
「それはそうなんだけど、普通に考えて、まだ三日くらいしか来ていないようなアルバイトにそんな高価な物を貸すかしら。悪いなあという気持ち半分と変な人っていう気持ちが半分ね。それに、私に期待してるなんて言うのよ。たった三日でそんな事を言うかなあ」
「まあ期待してるっていうのは誰にでも言ってるんじゃないの。パソコンを貸してくれちゃうのはよく分かんないけど。まあ、素直に借りておけばいいんじゃないの。いまさら返せないんだし」
「そうよね。返せないよね。でも、これってバイト代より高いかも知れないよ。何だかプレッシャーだな。暗に仕事をいっぱいこなせって言われてる気がしちゃうよ」
 聡美は冷蔵庫からビールを出し、プシュっという音とともに開けた。玲子は
「あ、ビール開けた。いいなあ。こっちは親がいるからそんな事できないもんね」
と、言った。
「それにしても、高橋さんって何考えているんだか分からない所があるのよ。いつも笑ってるんだけど、それが営業スマイルなんだよね。何だか笑顔を顔に貼り付けてあるみたいにして話しかけてくるのよ」
「ふうん、そうなんだ。でも、努力してるんじゃないの」
「努力?」
「うん、コミュニケーションを取ろうとして頑張ってるんじゃないかしら」
「そう言われるとそうかもしれないという気もするけど、私みたいなバイトにご機嫌取るような事するかしら」
「その高橋さんだっけ。いくつくらいなの?」
「多分三十過ぎだと思う。若くもないけど年でもない。同棲暦あり」
「なに、その同棲暦ありって。今はシングルって事なの?」
「そうか、別れたんだよね。で、今は独身って事ね。結構、聡美に気があったりして」
と、玲子はからかうように言った。
「はは、冗談よ」
「えー、冗談でもやめて。それだけは勘弁してよ。無理やりでもパソコン返そうかな」
 聡美は、「もう冗談きついんだから」と言いながら、煙草に火を点けた。
「それより玲子の方はどんな感じなの」
 聡美はビールの缶に口を付けて言った。
「こっちは結構大変みたい。お父さんは私には直接言わないけど、やっぱり売上が相当落ちてるみたいね。何人か辞めた人もいるいるしね」
「不況なんだ」
「そう、うちぐらいの規模だときついわ。何だか今年は身につまされて実感しちゃった」
「へえ、そうなんだ。でも玲子は卒業したらうちの会社にはいるんでしょ」
「それが、最近親の言う事がちょっと変わってきたのよ。別の会社も考えろってお父さんが言うのよ。要するにリスクの分散ってやつね」

 聡美は玲子からの電話を切ると、もうパソコンの電源を切ってしまった。根本的にあまり好きではないのかもしれない。どうにも、面倒なだけでおもしろく感じなかった。しょせん何かの道具なのだ。それ自体がおもしろい訳ではない。聡美はベッドの脇に木の小さな折り畳み式のテーブルを動かすと、そこに灰皿と飲みかけの缶ビールを置いた。スタンドを点けて蛍光灯を消し、FMをかけた。聡美は何だか明日も高橋に会うのが面倒な気がした。アルバイトの仕事その物は嫌ではなかったが、高橋の事を考えるのが面倒だった。

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