小説『ハーフ 【完結】』
作者:高岡みなみ(うつろぐ)

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 玲子はなんのことだか分からないという顔をして
「何か買うの?
と、訊いた。
「ううん、実はね。言いにくいんだけど、口周りの脱毛をしようかと思っているのよ」
「それって髭のこと?」
「うん。そう」
「えー、今でも目立たないけどね」
「それはそうなんだけど、これでも苦労してるのよ。バイトで遅くなるじゃない。そんな時はトイレの個室で剃ってたりしてたのよ。あんまり想像してほしくないんだけどね」
「そんなことをしてたんだ」
「やっぱり顔って一番目につくでしょ。そこに青々と髭が生えてたら引くでしょ」
 玲子は思っていた以上に意外そうな表情だった。
「そんな苦労もあるんだね」
と、しみじみと言った。そんな玲子をみていた聡美の方が、やっぱり苦労だったんだと妙に納得した。
「でもさぁ」と、玲子は言った。
「聡美の苦労は分かったけど、脇の下とかよくやってるレーザー脱毛でしょ。お金かかるでしょ」
「それはある程度調べているんだ。あまりエステとかには行く気がしてないのよ。ちょっと怖いし。いろいろ調べたら渋谷に一カ所十五万で永久保証って言う皮膚科があってそこにしようかなって思ってる」
 玲子は真面目な顔で考え込んでしまった。そしてしばらくの沈黙の後
「永久脱毛なんだよね。その後、生えてこないんだよ。いいの?」
と、言った。
 聡美も言葉を選びながら
「前に元々私は女性に生まれるべきだったって言う話しをしたじゃん。その延長線上の話しなのよ。もっと言うと口周りの脱毛はその始まりに過ぎないの。服装はずいぶんかわったわ。バイトしているときもレディスしか着ていなかったし」
 玲子は、確かに聡美の着こなしが自然になったことは感じていた。聡美はさらに続けた。
「始まりだってことはこれから先も同じようなことを続けようと思ってることなの」
 聡美には聡美なりの想いがあった。いくら外見を装っても所詮中身を変えなければ意味はないのだ。その中身は躰を意味するのではないか。もちろん所作振る舞い言葉使い考え方も中身に入るだろうがそれは個性の範囲で収まるものが多い気がしていた。

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