小説『ハーフ 【完結】』
作者:高岡みなみ(うつろぐ)

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 翌日の夕方、玲子と一号館前でばったりあった。
「なんか久しぶりだよね」
「そう?今週二回目なんだけど」
「だって聡美バイトが忙しくてなかなか会えないじゃない」
 確かに後期に入ってからは授業に出ているかバイトに行っているかという日々が続いている。しかもバイトは夜遅くなることもしばしばあった。ゆっくりと話しをしたくても、ゆっくりできないのが現状なのだ。
「今日はバイトの日じゃないよね」
と、玲子は訊いた。
「うん、久しぶりにゆっくりできる日よ」
「じゃ、久しぶりにお酒なんてどう?」
 玲子にしては珍しいことを言う。玲子は飲めないわけではないが決して強いとも言えない。
聡美は
「うん、私はいいけど、あなた大丈夫なの?」
と、いぶかしげに言った。
「まぁ、たまにはいいんじゃない?」

 渋谷駅から少し離れると色んな店が建ち並んでいる。居酒屋、回転寿司、クラブ、キャバクラありとあらゆるものがここにはある感じする。
「ねぇ、聡美。この間、ゼミの先輩に教えてもらったお店があるんだけどいかない?」
「あんまり高級な店は無理よ」
「それは私も同じだって。どちらかというと若いサラリーマン向けの洋風居酒屋みたいなところなの」
 聡美は半ば強引にその店に連れて行った。玲子言わせると「渋谷のど真ん中女二人でふらふらしていてろくなことはない」だそうだ。ちょっとうるさいのが気にはなったが、店の雰囲気はとてもよかった。

とりあえずのカシスオレンジが運ばれてきた。
「じゃ、乾杯」とグラスをあわせて、お通しに箸をつけた。
「玲子、いい店知ってるじゃん」
「少し時間帯が遅くなるとサラリーマンのたまり場になるけど、オヤジどもじゃないから、まぁ、我慢できる」
 オヤジどもとはおそらく四十代から五十代のサラリーマンを指すのだろう。父親のイメージとダブるのかも知れない。確かに聡美にとってもあまり近づきたくない世代である。聡美にとっても、いいイメージはない。
 ひとしきりテレビの話しや大学の話しで盛り上がっていると、玲子は「実はねぇ」と切り出した。
「つきあってほしいって言う人が出てきちゃってどうしようか考え中なのよ」
 聡美は少なからず驚いたが悪い話しではない。問題は相手がどういう人かだ。
「それって同級生?」
「一個上」
「じゃぁ就活中なんじゃないの」
「うん」
「どういう人?」
 玲子が言うには、同じゼミの先輩で時々ゼミの帰りにみんなでお茶をする程度だったらしい。それが夏休み開けに突然の告白を受け、かなり驚いたらしい。一度二人だけでお茶をして、その流れで飲みに行ったらしい。帰りが遅くなりそのまま泊まってきたという。
「何それ。相手のことあまりよく分かってなくてして来ちゃったの?あきれた。大丈夫なんでしょうね。病気とか」
「うん、それは平気。紳士的に道具を使ったし」
「道具を部屋に置きっぱなしにしてるってことはほかの女の子ともそういう関係にあるんじゃないの?」
「うーん。わかんない」
 玲子は少し酔いがまわってきたようだ。一気に話したかと思えばセンテンスが短くなったりと両極端だ。
「でね、聡美はどう思う?」
 聡美はその彼が誠意を持って玲子と接していることを望むしかない。聡美は
「玲子次第だと思うよ。でも、難しいこともあるかもね」
「何?」
「彼は就活中なんでしょ。どこで働くかなんて分からない。でも、玲子はたぶん実家に帰ってお父さんの手伝いをする訳じゃない。一年半後は遠恋かも知れないけどそれでもいいの?」
「まぁ、それも考えたんだけど、なるようにしかならない」
 聡美は玲子の真意を測りかねていた。そんないい加減なき持ちを引きずって半年を過ごせるほど玲子は強くはないと思った。聡美に最後の恋愛は友情に変わってしまう不完全燃焼しているのだろう。
 玲子は、何杯目か覚えていないほどのお酒を飲んで、支離滅裂な恋愛論を延々と繰り返した。

 聡美もさすがに酔いが回ってきたが、ぼんやりした頭で脱毛と女性ホルモンをはじめたことを伝えた。
「えーー!」と玲子は声を張り上げた。酔っているせいもあるのだろうが、周りが振り向くほど大きなリアクションだった。
「聡美。ずいぶん思い切ったね」
「まぁね」
「で、どうなの?脱毛とかって」
「正直痛い。でもね、すごくきれいになってうれしいよ」
「二度と生えないんだよ」
「さんざん聞きました。で、さんざん悩んで決めたこと。仕方ないわよ」
 そう仕方がないのだ。これ以外の道はないのだと聡美は思った。
 玲子はグラスをカラカラ隣らしながら言った。
「女性ホルモンってさぁ、私も調べたけど、意外と簡単に買えちゃうだね。ホント以外だったわ。」
「うん」
「で、どうなるかも調べたけど、本当にいいの?元に戻れないのよ。後になって『やっぱり女性とエッチしたい』とか思っても遅いんだよ」
「うん」
「なんか人ごとっぽいなぁ」
「そう聞こえるかも知れないわね。自分でもすごく悩んだし、考えた。でも、考えるようなことじゃないのね。どう感じているかが重要なのよ」

 かなり早い時間に店には入ったはずだが、店を出たのは十時を過ぎていた。立っているのがやっとの玲子をこのまま電車に乗せるわけにも行かず、聡美のアパートまでタクシーで帰った。
 とりあえず部屋に帰り、エアコンをかけ、二人して、水をたっぷりと飲んだ。あまりお酒に強くない玲子は完全に寝る体制に入っている。
「ほら、玲子。顔落として、シャワー先に使って。パジャマや下着は新しいの出すから」と玲子を無理矢理脱がせてバスルームへ押し込んだ。狭いワンルームに予備の布団を敷き、いつでも玲子を年貸せる準備ができた頃、玲子が出てきた。
「聡美。ありがと」
 入れ替わりに聡美がシャワーを使って出てくると、てっきり撃沈したかと思っていた玲子は意外にも冷蔵庫から麦茶を飲んでいた。
「生き返るわ」
 聡美が髪を乾かす間、玲子はタバコを吹かし「なんだかふわふわする」と言った・
「あれだけ飲んだんだからね」

 玲子があそこまで酔ったのをみたの久しぶりだった。玲子はベッドに聡美は布団に潜り込んで、しばらくしたら、玲子のすすり泣く声がした。
 「さとし、ねぇ、さとし、かえってきて」と言った。
「ねぇ私を抱いてみて。何もしなくていいから、抱いているだけでいいから・・・」
聡美は狭いベッドに写り、いわれるがまま玲子を抱き寄せた。玲子が何を想っているのか容易に想像することはできたが、性的興奮はなく、ただ背中に腕を回してやるしかできなかった。

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