小説『ハーフ 【完結】』
作者:高岡みなみ(うつろぐ)

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 十月に入った頃、高橋から今度金曜日は空いているか訊かれた。特に予定が入っていた訳ではないので、素直に「はい空いてます」と答えた。(もしかしてまた食事の誘い?)と淡い期待と寄せていると、会わせたい人がいるとのことだった。

 金曜の夕方、東京駅に銀の鈴で待ち合わせであったが高橋と聡美がつくとすでに相手は待っていた。すらっとしたやせ形の女性で40前くらいだろうか?地味な出で立ちでこちらに手を振った。
「初めまして。レオナです」
「初めまして。今井です」と、互いに挨拶を交わしたが(レオナって名前だよね。こういう時って普通苗字なんじゃないかな?)とぼんやり考えていると、レオナは、八重洲の地下街のどこか適当な落ち着いたところで話しましょう。と、先を歩いて行った。
 メイン通りから一本脇に入った多国籍料理の店にしようと言うことになり、とりあえずビールから始まった。いくつか料理を選んでから、レオナは
「それにしてもタカがこんなかわいいお嬢さん連れてくるとはねぇ」
と、感心したように言った。どうやら「タカ」と呼ばれているらしい。
「で、今井さんはなんて呼んだらいいのかしらね」と聡美の方に向かっていった。意味が分からず戸惑っているとレオナは丁重に解説してくれた。
「性同一性障害であってもゲイであっても社会的には弱い立場なのよ。自分を守るために、自分自身を隠す必要がある場合がおおいのね。ネットでハンドルネームで呼び合うのと同じかな。よほど親しくなって信頼できるようになるまでは、ハンドルネームで呼び合うべきね。あなたも何か考えておいた方がいいわよ。あなたがやろうとしていることは、おそらく社会的には認めにくいことだろうし、当事者間のトラブルも結構多いから、個人情報はできるだけ出さないことね。中には恐喝まがいに発展したこともあるし」
 レオナはそこまで話すと、ビールに口をつけた。
 聡美は単純な気持ちで訊いてみた。
「レオナさんはどうしてそんなに詳しいんですか?」
「あれ?タカ言ってないの?」とタカに振ると、高橋は
「レオナさんも聡美さんと同じなんだよ」と応えた。
「そうなの、セクシャルマイノリティの集まりで二回ほど会ったかな」
「セクシャルマイノリティってなんですか?」と聡美が訊くと
「セクシャルマイノリティの略なんだけど、一般的にはレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーを指すことが多いのね。私たちはトランスジェンダーってこと」
 聡美ははっとして高橋を見た。高橋も少し驚いた様子で
「あれ、聡美さんしらなかったの?僕ゲイなんだけど・・・」
と、少し照れたような表情で言った。(聞いてないよー。少しいいなぁ、って想っていたのに・・)。聡美の初めての淡い恋心はあっけなく終わったことを知った。
 そんなことを気につくはずもないレオナは続けた。
「そもそも、セクシャルマイノリティの中でもトランスジェンダーはちょっと異質なのね。ゲイの人とかは言わなきゃ分からないけど私たちは見た目で分かっちゃう。だから特に用心深くなるのかな。」
レオナはビールに口をつけて続けた。
「性ってどう思う?」と訊いてきた。「男性、女性ですか?」聡美は思ったことを単純に答えた
「大きく考えて三つあるのよ。社会的な性、躰の性、心の性。これらが現実と食い違うときに凄い葛藤があるのね。今の今井さんの状態を見て思うのはまず心の葛藤を専門家に見てもらうべきじゃないかなってこと。そして躰の性をどうしたいのか。これは自分にしか分からない。人の考えに流されちゃダメ。その上で社会的な性をどうするか決めた方がいいんじゃないかしら」
 聡美は、今までもやもやとしたいた疑問が整理された気がした。しかし、解決はしてない。レオナの言っていることは一般論なのだ。私が自分と向き合うしかない。

 聡美はレオナからメールアドレスをもらうことができた。もちろんフリーメールのアドレスだった。

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