小説『ハーフ 【完結】』
作者:高岡みなみ(うつろぐ)

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 帰りに休憩がてらコーヒースタンドに向かう途中、玲子に「今終わった」と電話を入れると「じゃ、会おうか?」という話になった。
 玲子の講義が終わるのを待って大学の近く喫茶店で待ち合わせた。
 玲子は、開口一番「どうだった?」と訊くので、聡美はありのままを可能な限り冷静に答えた。
 玲子は
「そっかー。疑いありってことね。いつ頃はっきりするものなんだろうね」
と、言った。
「今度持って行く自分史とかを参考にしたりカウンセリングをしながら判断するんじゃないかな。正直よく分からない」
「でもさぁ、聡美はその間も脱毛や女性ホルモンを続けるんでしょ」
「うん、そのつもりでいる」
「もしもよ、違っていたらどうするの?」
 聡美は、少し考えてから
「正直わからないなぁ。今の私の気持ちというか感情というか…そういうものが性同一性障害以外から来ているのだとしたらしら別の病気なのかも知れないとは思うけどね」
と、答えた。
 別の病気の可能性だって否定はできない。しかし、自分にはそんな自覚はないし、そんな指摘を受けたこともない。精神疾患を抱え込むとはどういうことなんだろう。多くの人は自分は健全な精神でいると信じているんだろうが、その根拠はどこあるんだろう。
「前にさぁ」と玲子が聡美の思いを振り払うように声をかけてきた。「レオナさんって人が言ってた心の性についてはもう医者に判断を任せるしかない訳じゃない。残りの二つはどうするの?」
 そうこれも考えなくてはいけないことだ避けて通れるわけではない。どうすれば社会的な性を得られるのか? とりあえずは外見は玲子のおかげで何とかなっている。後は公式な文書である。銀行口座名はもちろん免許証、その他諸々を思うと名を変えるしか手はないような気がする。そして、できれば性別変更まで行わないと、名と性別があわないというねじれが起きてしまう。
 身体の性ももっと深く自分を見つめなくてはいけないだろう。今の躰で満足なのか?いや、決してそんなことはない。今は女性ホルモンをいれて(少しでも胸が大きくなればいいなぁ)くらいにしか思っていないが、本当に私はそれで満足できるのか? 今日、診察時に訊かれた「不術を望むか?」と言う問いに「はい」答えたのは自分なりの今の正直な気持ちだ。普通の女性が普通の女性の身体でいたいというのはよくないことなのだろうか?
 仮に手術をしたとしても、躰の内部まで変わるわけではない。元々存在しない臓器を作り出すことなどできないのだ。聡美は染色体XX、XYの違いまでも越えたいと感じることが増えてきている自分に気づいていた。そう、普通になりたいのだ。

しばらく考え込んでいた聡美を玲子はじっと待っていた。
「ねぇ、玲子」と聡美は口を開いた。
「いっぱいいろんなことを考えた。レオナさんの言ってくれたことは的を射ているし、今日の先生の話もいっぱい問題を提起してくれた。それで思うんだけど、普通の女性でいるということってこんなに大変な思いをしなくちゃいけないのはなぜなんだろう。私は単純に女性である、と言うことだけなんだけどね」

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