小説『ハーフ 【完結】』
作者:高岡みなみ(うつろぐ)

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 聡美は今度こそ玲子に電話した。意外なことに玲子はすでに父親と揉めたことを知っていた。奈津実から聞いたらしい。奈津実らしい心遣いだ。
 玲子は「夕方に行くよ」と言ってくれた。聡美は(甘えることになるのかなぁ)と思いながらもありがたく申し出を受け入れた。
 割れてしまった鏡とカップの代わりを買いにスーパーによって、遅い昼食を取った。昼食の後ゆっくりとお茶を飲みながら昨夜のことを思い出していた。父親の一言一言が鮮明に思い出される。これからどうすればいいのだろう。これまでの私はなんだったのだろう。色んな思いが浮かんでは流れていく。

 玲子は4時頃に来てくれた。
「聡美、その痣・・・それに髪どうしたの?」
 聡美は昨夜の顛末を事細かに話した。玲子はタバコを何本か灰にしながら静かに聞いていた。すべてを話し終えてたら、聡美は涙が自然とこぼれ落ちてきた。
玲子は「肉親の壁は高いよね」とだけ言った。

「それでね」と、聡美は続けた。「昨日の夜からずーっと考え続けたんだけど・・・ううん、もっと早くから考えはじめるべきことだったんだけど、社会的にみて、女性の姿で居続けるってことは性転換手術をしたこととイコールなのよ。まずそこに気づいてなかった」
「うん、それはそうかも知れないわね」
「そして、性別を変えるということって過去を捨てなきゃいけないんじゃないかって思ったのよ。たとえば同級生に会うから変な噂を立てられて家族まで巻き込んで苦しめてしまう。もし、仕事で私が男性だと分かったら、きっと仕事はしづらくなってしまう。中途半端に過去を残しておけば、いつばれるかという不安とつきあい続けることになってしまう。それって最悪のような気がするの」
「うん、それで・・」と、玲子は先を促した。
「これから先は、今までの人間関係は断ち切るしか道はないように思うの。それは、親、妹、親戚、友人とかね」
「ちょっと待ってよ。そんなことできるの?今まで一人で生きてきた訳じゃないのよ。人との関わりの中で生きてきたんじゃない?」
「それはそうなんだけど、私が生きていくためには人生をリセットするしかないように思うの。もちろんこれから新たな人間関係を作らなくちゃいけないから大変よ。でも、ほかに方法はあるのかしら」
 玲子はちょっと考えてから言った。
「もう戻れないんだよね」
 聡美は小さく、しかし、はっきりと
「うん」
と、言った。

 玲子は二時間ほどで帰って行った。聡美は玲子に「これからもずっと友達でいてね」とメールした。しかし、玲子からの返信はなかった。

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